11章 魔王軍四天王  01

エルフの里から戻って2日目の午前、俺はゴージャス吸血鬼美女の支部長とともにロンネスク領主コーネリアス公爵の館を訪れていた。


執事である老紳士に案内された応接の間は、芸術品が整然と並べられた非常に豪華な部屋であった。


そこに飾られた絵画や陶器などはどことなく日本の『わびさび』を感じさせるものが多く、この部屋の主人が見た目の華美さよりも内面の深みを重視する人物であることを感じさせる。


俺が異世界芸術品に目を奪われていると部屋の扉が開き、エリートビジネスマン風キラキラ大貴族であるコーネリアス公爵が、執事と護衛2人、メイド1人を引きつれて部屋に入ってきた。


「よく来てくれたクスノキ卿。ほう、卿はそのような品にも興味がおありかな?」


俺が展示台の前で向き直り礼をしていると、公爵はそんなことを言った。褒賞の儀の時に比べるとかなり砕けた口調である。


「興味というほど理解があるわけではありませんが、私の故郷の芸術品に通ずるものがあるような気がいたしまして、少し見入っておりました」


「ほほう、どのようなところが通じると?」


「言葉にするのは難しいのですが……静かさや素朴さ、寂しさの中に美を見出す、そのような態度が作品に表われているところでしょうか」


『わびさび』なんて実際言葉にできるものではないんだが……しかし世界が違っても、そういった美意識は通じるものがあるに違いない。


その証拠に、俺のそのたどたどしい言葉を聞いて公爵は嬉しそうに笑った。


「くくっ、ふははっ、卿はなかなか面白いな。それを理解できるものは貴族でもそう多くはないのだよ。地味とか質素とか言うばかりでな。もっと早くこういった場を設けるべきだったな。そうだろうケンドリクス卿よ」


「ええ、彼にそのような素養があったとは、わたくしも存じませんでしたわ」


「ふふ、まあ2人とも掛けるがいい」


クッションの効いた高価そうな椅子に腰かけるとメイドさんがお茶を用意してくれる。


その用意が終わるのを待ち、公爵が口を開いた。


「さて、本来なら貴族同士ゆえ長々しい挨拶から入るところだが、そういったものは我らの間では無用としたい。今日話をしたいのは、クスノキ卿、貴殿の今後の在り方についてだ」


「私の在り方というと、ハンターを辞して仕官するといったお話でしょうか?」


「卿がそうしたいならこちらとしてもありがたいが、卿はその気はないであろう?」


公爵はニヤリと笑う。恐らく俺のことは十分以上に調べてこの場に臨んでいるのだろう。


「可能ならばハンターは続けたく思います。その上で、公爵閣下のお役に立てることがあるならば、全霊をもって尽力申し上げる所存です」


「くくっ、そう固くならずともよい。卿が周りの者を助けるため、その力を尽くしていることはよく分かっているつもりだ。ニールセン子爵領でのことにしても、この間の城門前での戦いにしてもな」


「恐縮です」


「ただ、ニールセン子爵令嬢2人との婚約の件は少し気になることではあるがな。騎士爵とはいえ卿は貴族に名を連ねる身。貴族同士の婚約ならば上を通してもらわぬと困ることもある」


「申し訳ございません。迂闊うかつでございました」


ああ、確かにこれは失敗である。貴族間の報連相はまだ自分には身についていない習慣だ。


偽装婚約だったから、という言い訳もないではないが……しかし子爵はトリスタン侯爵の前で正式に言ってしまったみたいだからなあ。


「あら、それはわたくしも初めて聞くお話ですわ。どういうことかしら、ケイイチロウ様?」


横を見ると、吸血鬼美女が血も凍るような眼差しで俺をにらんでいた。なんか部屋の気温が数度下がったような……まさか氷魔法とか使ってないですよね支部長?


「い、いえ、少し理由のあるお話でして、婚約と言ってもですね……」


俺がしどろもどろになっていると、公爵は俺と支部長を少し興味深そうに眺めながら言った。


「くくくっ、まあそう怒るなケンドリクス卿。その婚約は偽装なのだそうだ。ちょっとした面倒を避けるためのな。そうであろう、クスノキ卿?」


「そ、その通りでございます」


「偽装?それならまあいいのですけれど。ケイイチロウ様はすでにあちこちから狙われる身なのですから、そういったことを自覚をなさったほうがよろしいと思いますわ」


支部長が顔を近づけて怖いことを言う。


「その通りだぞクスノキ卿、『あちこち』から狙われているのは自覚しておくといい」


そう言いながら公爵が支部長に向かって意味ありげに笑いかけると、支部長はよそ見をして椅子に座り直した。


「さて、話を元に戻そう。私としては卿にはハンターを続けてもらいたい。無論卿自らが言ったように、ロンネスクの為に力を尽くしてもらえれば言うことはない。ただ、すでに8等級すら複数討伐をしてる卿が、今のままでいることは非常に難しかろう。当然王家も卿には目をつけているはずだ。それほど卿の能力と実績は突出している」


「は」


「実はすでに、卿に功績に関しては、ニールセン子爵と連名で恩賞願いを王家に提出した。受理されれば、卿が男爵位をたまわることも可能性としてなくはない。しかるに、卿は領主にほうじられることを願うか?」


「いえ、領主など私にはとても務まるものではございません。無論もとより望んでおりません」


「よかろう。その旨も王家には伝えておく。ただ、王家としても卿に何も与えぬという訳にはいかぬ。何らかの勲章、もしくは名誉爵位などが与えられるだろう。当然その際には首都ラングランにおもむいてもらうことになる」


「承知しました」


「そこでついでと言っては何ではあるが……ケンドリクス卿」


そこで公爵が支部長に発言権を渡す。


「はい。首都に赴いた際、ケイイチロウ様にはハンター3段位の認定を受けていただきたいのですわ。3段位以上は協会本部でしか認定できないことになっておりますの」


「3段位……分かりました、自分がそれに相当すると認められるのであれば、謹んでお受けします」


ハンターになって数か月で3段位とは驚きであるが、自分の持つインチキ能力を考えれば仕方ないのかもしれない。無論断るという選択肢はなしである。力を隠さない方向にシフトした以上、さっさと高い地位についてしまった方が余計なトラブルを避けられるはずだ。「あちこちから狙われている」という言にはそういう意味もあったのだろう。


俺が承諾の意を表すと、公爵は満足げに頷いた。


「うむ。王家からの招聘しょうへいは早くてもひと月は先になろう。それまでは今まで通り生活をしてもらいたい。卿は『厄災』となにやら縁があるように見受けられる。くれぐれも無理のないようにしてくれ。それとこれはあくまで領主としての依頼なのだが――」


その後俺は公爵からいくつかの依頼を受け、領主の館を後にした。


帰り道で、まだ少し不機嫌だった支部長に偽装婚約の件を黙っていたことを謝った。


いや、筋から言えば謝る必要はない気もするが、こういう時に行うべきは謝罪一択である。職場でも家庭でも、女性に逆らうなどということは決してしてはいけないのだ。


「そういったことも報告は欠かさないでくださいませ。ケイイチロウ様はもう一介のハンターではいられないのですから。それとこれからは、わたくしの事はアシネーと呼んでいただきたいのです。よろしいですわね?」


えっそれ関係ないですよね?などとは口が裂けても言ってはならないのである。

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