10章 エルフの里  06

その夜は、ネイナルさんの家で色々と話をした。


ユスリン女史やネイナルさんにどこまで情報を開示するかは悩んだが、ネイミリアを預かっている以上、義理は尽くす必要はあると考えた。


エルフの能力を考えれば、『厄災』に対抗するために彼らの力を借りることもあるかもしれない。


それにこの里はすでに『厄災』の眷属けんぞくに襲われたのだ。彼らは『厄災』の現状について知る資格も必要もあるだろう。


そんなわけで、自分の一部能力以外は、『厄災』の眷属達の話に至るまですべてを話すことにした。


話の場にはユスリン女史、ネイミリア、ネイナルさん以外にも各部門のリーダーをしているエルフが集められた。


なぜか集まったのは全員女性で、しかも部屋がそれほど広くないため、俺は布面積の少ない美女に囲まれ、かつてない程の胃の痛みを感じながら話をすることになった。


実は戦士団長のソリス氏も来ようとしていたのだが……ユスリン女史ににらまれて、なぜか「済まん!」と俺に謝って退散してしまった。


話をしている間はずっとネイミリアが隣にいて俺の腕を掴んでいたが、それが唯一の救いである。いや、美少女がくっついているのが救いというのもそれはそれで問題ではあるのだが。


「ふむ、今回のドラゴンが『邪龍の子』とは思わなかったが、それだけ『厄災』の眷属が現れているとなると、どうやら信じざるを得ないようだな」


ユスリン女史が隣でうなずく。その拍子に柔らかいものが当たるのだが、これは部屋の広さの関係上仕方がないので耐えることにする。


「そうですね。『闇の皇子』の軍勢も現れましたし。里長は見たことがあると聞きましたが?」


「ん?ああ、幼い頃にな。あれは酷い戦いだったと、ぼんやりとだが覚えているよ」


「しかし今のお話だと、その全部をケイイチロウさんは退けているんですね。すごくお強いのですね、とても頼もしいです」


ネイナルさんがうっとりとしたような表情で言う。ちなみに彼女は間にネイミリアを挟んでいるので大丈夫である。ナニがとは言わないが大丈夫である。


「私以外にも強い方が一緒でしたからね。私一人の力ではありません」


「そのように謙虚なところも私達エルフにとっては好印象なんですよ」


「はあ……、恐縮です」


ネイナルさんの言葉に、他の美女たちも頷いている。まあ日本的な謙譲の態度を理解していただけるのはありがたいものである。


「しかしエルフの秘術に特殊なスキルが必要かもしれんとはな。道理で四賢者以外誰も実現できなかったわけだ」


話題を変えつつユスリン女史が嘆息する。


『四賢者』とは古代にいた4人のエルフの大魔導師のことらしい。それぞれ活躍した時代は違うが、今ではエルフの秘術とされる『雷龍咆哮閃ほうこうせん』『炎龍焦天刃しょうてんじん』『水龍螺旋衝らせんしょう』『聖龍浄滅光じょうめつこう』『風龍獄旋風ごくせんぷう』『地龍絶魔鎧ぜつまがい』といった大魔法を駆使し、数々の『厄災』を退けたそうだ。


恐らく彼らも、『超能力』かそれに類する能力を持っていたのだろうと思う。ただ、各自がすべての秘術を使えたわけではないようなので、魔法については一部に特化した人たちであったのかもしれない。いずれにせよ絶大な魔力をも有していたはずで、彼らが当代きっての大魔術師であることに違いはない。


「なので私がエルフの秘術を教えることはできないのです。代わりにネイミリアにも教えた魔力圧縮や光属性などはお教えできますので、そちらでご勘弁ください」


「うむ、戦士団から聞いたネイミリアの活躍を聞く限り、それだけでも我らの力は大幅に上がりそうだな。よろしく頼む」


ユスリン女史がこちらに寄りかかるようにして頷く。あるものが過剰に当たるので本当に勘弁していただきたい。向こうが当ててくるのはセーフなのに、こちらが動いた途端アウトになることを知っているだけに、俺は石像のように固まらざるをえないのだ。


その後夜遅くまで話は続いたのだが、ネイミリアが「師匠はそろそろお休みの時間なので、ここまでにしてください」と言ってくれてお開きとなった。


ユスリン女史はじめエルフ美女軍団はそれぞれ立ち去る時に俺の方を意味ありげに見ていたのだが、何か失礼なことをしてしまったのだろうか。文化の違いはどうしても避け難いので、はっきりと言っていただけるとありがたいのだが……。






翌日は皆が復興に勤しむ中、戦士団や一部のリーダーを対象に魔法講座を行うことになった。


副支部長との約束を考えると時間は今日一日しかないので、朝から厳しい特訓を行う。


まずは光属性魔法からである。


ネイミリアが光属性を学んで開発した『聖焔槍せいえんそう』はアンデッド以外にも効果が高いため、これを覚えるだけでもかなり違うはずだ。


ただやはり、天才であるネイミリアのようにすぐに習得とはいかず、この日のうちに取得できたのは1/3ほどの人たちであった。しかしそれだけの人数が覚えれば、後は自分達だけで教え合えるだろう。


覚えた人たちにはネイミリアが『聖焔槍』を伝えていたので、これでかなりの戦力アップが期待できる。


後半は『魔力圧縮』を教えたが、こちらはコツを教えるとほとんどの人が精度の差はあれ習得することができた。


これが今まで伝えられてこなかったのが不思議だが、コロンブスの卵的な技術だったのかもしれない。


もっとも、楽に習得できたのはエルフの魔法適性が高いというのもあるだろう。


いずれにしろ、エルフの様子を見る限りこの二つのスキルは遅かれ早かれ誰かが気づくレベルのものだと分かった。この際、ロンネスクの騎士団などにもこの技術は伝えてしまおう。


なお、魔法の鍛錬故に各自魔力を激しく消耗するわけだが、そこでこの間身につけた『魔力譲渡』スキルが役に立った。魔力量を気にせず鍛錬できたことも今回大きかったように思う。


『魔力譲渡』をする度に男女問わず妙な声を出すのは少し困ったが……。


「すごい、四大属性魔法が五大属性魔法に変わってるわ。ネイミリアのように雷属性も覚えれば六大属性になるんですよね、ケイイチロウさん」


鍛錬が終わり解散となった後、ネイナルさんが頬を上気させてこちらへやってきた。


ちなみに彼女はネイミリアほどではないが魔法の才に優れ、光属性も真っ先に習得していた。


「ええそうですね。どうやら九大属性まであるようです。私が確認した限りは、ですが」


「そんなに!確認したということは、ケイイチロウさんはすべてお使いになれるということですよね?」


「そうなりますね。残りは氷と金、あと闇ですね」


「氷属性は知り合いの吸血鬼が使えるのだが、金属性と言うのは初耳だな」


耳聡くやってきたのはユスリン女史だ。そういえば、氷魔法を使う吸血鬼には俺にも心当たりがある。


「里長はもしかして協会の支部長をご存じなんですか?」


「うむ、腐れ縁だな。トゥメックがパーティを組んでいたことがあってな、この里にも何度か来たことがある。吸血鬼は、稀に水属性のかわりに氷属性を身につけて生まれることがあるんだそうだ」


「それは興味深いですね」


「しかしまさかあの『魔氷』アシネーが協会の支部長とはな。まあもともとそちら向きの人間ではあったか」


ユスリン女史が皮肉げに笑う。『魔氷』とは支部長の二つ名なのだろうか。遥か昔に失われた俺の心が疼く。


しかしまさか支部長と副支部長がパーティを組んでいたとは。それでファーストネームで呼んだりしていたのか。


俺がそんなことを考えていると、ネイナルさんが俺の腕を取った。


「そろそろ夕食の時間ですね。ケイイチロウさんのために腕に寄りをかけて作りますから、今日もいっぱい食べてくださいね」


「済みません、御馳走になります。ああそうだ、材料は自前のものがありますので、今日はそちらを使ってください」


「あら、お土産以外に手荷物をお持ちでしたか?」


しまった、腕に伝わる『ある感触』に気を取られて余計なことを言ってしまった。ジトっとした目で見上げるネイミリアの視線が刺さる。刺さるどころか貫通している気がする。


「師匠ってやっぱりそういう人なんですね」


「いや今のは油断してたんだ。他意はないんだ、他意は」


「おや、ケイイチロウ殿はもしかして空間魔法まで持っているのか。金属性の件もあるし、これは今夜も話を聞かないとならないようだな?」


ユスリン女史とネイナルさんに両脇を抑えられ、ネイミリアの冷たい視線に追い立てられながら、俺はネイナル家に連行されるのであった。





こうして初のエルフの里探訪は期限を迎え、俺とネイミリアはロンネスクに戻ることになった。


里の復興が手伝えないのは心苦しくはあるが、ユスリン女史もネイナルさんも大丈夫ですと強く言っていたので多分問題はないのだろう。


また訪れるようかなり強く言われたので、その時に大量のスイーツを土産にすることで許してもらうことにしよう。


そう言えば、ニルアの里について副支部長が出発前に言葉を濁していたのだが、里は別になにか変わったところはなかったように思う。彼は一体何を心配していたのだろうか?謎であるが、何もないのが一番だとそれなりに長い人生で学んでいるので、あえて追及はするまい。


ともあれ今回の一件で、戦士としても有力なエルフたちと友誼ゆうぎを結べたのは『厄災』に対抗するという意味でも非常に有意義であったと言える。


少し気になるのは、里からロンネスクまでの道中、ネイミリアがずっと不機嫌だったことだ。


ロンネスクに着いた頃にはおさまっていたので、反抗期ということはないだろうが……もしそうなら俺の胃がまた荒波に乗り出すことになるので、それだけはどうか違っていて欲しい。本当に。

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