10章 エルフの里 05
ダンジョンの出口を抜けニルアの里へと近づくと、焦げ臭いにおいが里の方から漂ってくるのが分かった。
木々の隙間から火の手が上がっている様子がうかがえる。
俺たちが里に走り入ると、遥か上空から地上に向かって火球を連射する『邪龍の子』が確認できた。
ブレスによって里は家々がいくつも破壊され、木々と共に燃え上がっている。
その炎の地獄の中で、多くのエルフが傷つき倒れ、力尽きている――ことはなく、家が燃えているだけで、あたりには人っ子一人いない。
周囲を見回っていたネイミリアが、首をかしげながら俺の方に近づいてきた。
「師匠っ、里の人が誰もいません!」
「里長に避難しておくようにお願いしたからね」
実はネイナルさんに「森のダンジョンができた」と聞いた瞬間、「あ、これエルフの里が敵に襲撃されるイベントだ」と直感したのである。
そんな直感を元にして里長を説得するのは正直どうかと思ったのだが、ダンジョンに入る前に一応話して見ると、なぜかすんなりと対応してくれるという話になったのだ。
「えっ?」
頭に「?」マークが浮かぶエルフ少女を尻目に、俺は『邪龍の子』を見上げた。
相変わらずブレスを吐いているが、魔法の射程にギリギリ入らないところにいるあたり学習能力があるようだ。
しかし残念、こちらにはインチキ能力があるんだよなあ。
俺は『瞬間移動』を発動、『邪龍の子』の正面に移動。
雷魔法出力大、念動力収束。
「ライトニング」
俺の手から放たれた怒れる龍がごとき雷光は『邪龍の子』を一舐めし、一撃のもとにその巨体を粉砕した。
「ブレッシングウォータースプラッシュ」
直後に自由落下を始めた俺は、眼下の燃え盛る里に向かって、生命魔法と神聖魔法をブレンドした大規模水魔法を発動。滝のような雨を降らせ一気に鎮火を図る。
レベルと『衝撃耐性』にものを言わせて着地するころには、里の火の手はかなり衰えていた。
そして目の前には、濡れネズミになったネイミリアが……。
「もうっ、師匠メチャクチャですっ。今消えたのは何なんですかっ!それにさっきのが本当の『雷龍咆哮閃』ですよねっ!それにこんな規模の水魔法、どう考えてもおかしいですっ!それと前もって里長にお願いしたってどういうことですかっ!?」
俺はインベントリからタオルを出して髪を拭いてやり、火魔法と風魔法を複合させたドライヤー魔法で服を乾かしてやりながら、ネイミリアを必死になだめるのであった。
その後避難してきた里の人たちが戻ってくると、里長の指示で早くも家の残骸の片付けなどが始まった。
不思議なのは、そんな彼らには悲壮感や絶望感がまったく感じられないことだ。むしろ魔法を使ってきびきびと片付けをする様子は、この手の作業にかなり手馴れているように見える。
ネイミリアと無事を喜びあっているネイナルさんに話を聞くと、モンスターの襲撃で家が破壊されることは(エルフの時間感覚では)珍しくはないらしく、復興も慣れたものであると言うことだった。
さすがに『
だが、それとは別に、周囲の人々の様子には違和感を持つことに気付いた。
それは、この里に入ってからずっと感じてきたことではあったが……
「ネイナルさん、男の人が随分と少ないように思えますが、狩りなどに出かけられているんですか?」
そう、やはり里に男性の姿があまり見えないのだ。思い出して見ると戦士団ですら半数以上が女性だった。
ネイナルさんはネイミリアを豊満な胸に抱きしめながら、ニコッと笑って答えた。
「エルフはもともと男の子の出生率が低いんですよ。それに狩りなどで前衛を務めて倒れる者も多く、どうしても男の数が少なくなってしまうんです」
「そうでしたか。危険と隣り合わせだと、そういうことも起こりうるんですね」
「おまけにエルフは長命な代わりに子どもがなかなか生まれなくてな。外の血を入れねば、種族としての存在も危ういところがあるのだ」
言葉を継いだのは里長のユスリン女史。やはりキャリアウーマン風の風貌と、エルフ独特の布面積の少ない服がミスマッチすぎる。
「クスノキ殿……いやここは親愛の念を込めてケイイチロウ殿と呼ぼうか。貴方のおかげで人に被害が出ずに済んだ。礼を言わせてほしい」
「いえ、それは初対面の私の言葉などを信じてくださった里長の判断の結果だと思います。まさかここまで完璧な対応をしてくださるとは……」
「ふふっ、まあそう謙遜しなくとも良い。私はこう見えて無駄に長生きしているのでね。人を見る目は誰よりもあると自負しているよ」
「えっ!?見た目通りじゃ……あっ!」
恐ろしいことを言いかけたネイミリアは、ユスリン女史に睨まれてネイナルさんの胸に逃げこんだ。
「ところで、先程ドラゴンを屠った魔法は『雷龍
「エルフの秘術というのは自分には分からないのですが、あれは雷魔法と……」
そこまで話をして気付いた。
ネイミリアがエルフの秘術だと言っている魔法はいくつかあるが、そのすべてが超能力を併用したものだったはずだ。もしやそれが秘術の秘密だったりはしないだろうか。
「ふむ、何か秘密があるようだな。空中に移動した業も含めて、いろいろと話を聞きたいものだ」
ユスリン女史の目つきが獲物を狙う肉食獣それに変わる。俺が目を逸らしていると、村に戻ってきて復興作業の手伝いをしていたソリス氏が近づいてきた。
「おおクスノキさん。アンタにはデカい借りができちまったようだな。後で酒を注がせてもらうぜ。それと里長、ちょっと不思議なことがあるんですが」
「ソリスか。どうした?」
「ええ、家は結構燃えちまってるんですが、里の木が全然燃えてないんですよ。燃えてないと言うか、燃えたけどすぐ再生したみたいな感じになってるんです。ありがたいことですが、ちょっと変なんで」
「ふむ?」
そこで再び肉食獣の目を俺に向けるキャリアウーマン風エルフ。前世のトラウマが刺激されるからその目は本当にやめて欲しい。
「ええとですね、火を消そうとして水魔法を使ったんですが、木が燃えてなくなると問題がありそうだったので、試しに生命魔法と神聖魔法を混ぜてみたんです。上手くいったみたいで良かったですね」
「試しに」とは言ったがもちろん事前に実験済みである。「ブレッシングウォータースプラッシュ」とか名付けてみたが、要は植物の生命力を強化・回復させる農業系トンデモインチキ魔法である。
「ほう、貴方は神聖魔法まで使えるのか。それは聞きたいことが増えたようだな。私の家はまだ半分ほどは使えそうだし、今夜はそこでたっぷり話を聞かせてもらおうか。ふふ、夜ふかしなど久しぶりだな、楽しみだ」
舌なめずりすら始めそうなユスリン女史にたじろいでいると、ネイナルさんが助け舟を出してくれた。
「里長、ケイイチロウさんはネイミリアと私の客人です。幸い私の家は燃えていませんし、こちらに泊まってもらいますから。お話をするなら私の家にいらしてくださいね」
あれ、俺の呼び方が変わっているような……いや、多分ユスリン女史に合わせただけだな。
「ほう、ネイナルのその目つきは久しぶりに見るな。いいだろう、夜は邪魔させてもらおう。土産の甘味も無事なのはありがたいしな」
笑い合うネイナルさんとユスリン女史の間には、何か妙な雰囲気……殺気?いやこれは連帯感か?……なぜか相反する感情が同時に感じられる。
いつの間にか俺の腕に抱き着いていたネイミリアが、頬を膨らませながらそのやり取りを見ていた。
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