12章 首都 ラングラン・サヴォイア(前編) 01
「ふふっ、ケイイチロウ様は本当にもう……。出会ってからずっと、わたくしのことを捕らえて離しませんわね」
銀髪のゴージャス美女吸血鬼が、俺の肩にしなだれかかりながら訳の分からないことを言う。
いつも思うのだが、ただの業務報告なのにソファに一緒に座って話を聞くのはおかしいんじゃないだろうか。まあアシネー支部長はもとからこういう感じだったから、これがこの人の普通なのかもしれないが……。
「魔王軍四天王については物証がないので話だけになりますが……」
「教会の聖女様が証人になっているのですから疑いようもありませんわ。それにしても四天王から重要な情報を聞いた上に、一人を討伐してしまうとは。もしかしたらケイイチロウ様が『勇者』なのかも知れませんわね」
俺の胸に指で円を描くのはやめてもらっていいでしょうか支部長。
「ええと、その『勇者』というのは何なのでしょうか?四天王も口にしていましたが」
「『魔王』を倒すのは『勇者』と伝承で決まってますの。『魔王』現れる時『勇者』もまた現れ、仲間とともに『魔王』を挫く、これが常に繰り返されているとか。『勇者』は時が来たら王家が指名するとも、ある日突然に神の啓示を受けた者が現れるとも言われています」
「はあ」
またいきなりゲーム的な話が出てきたものである。もっとも魔王軍の幹部である四天王が口に出すくらいだから、『魔王』関連の話としては常識なのかもしれない。
正直自分にとって一番の問題は、その『勇者』とやらに俺が関係するのかどうかという点だが……関係あろうがなかろうが、結局は『魔王』と戦うことは避けられないだろう。四天王を倒してしまったのだし。
「『凍土の民』の話は、アシネー支部長は御存じだったのですか?」
「そうですわね……、少しは聞いたことがありますわ」
「彼らが迫害されて北へ……凍土へ追いやられたという歴史は知られているのですか?」
「なにぶんこの国が生まれる前の話ですからね。王家になら記録があるかもしれませんが、一般的には『凍土の民』の存在すら知られていないでしょうね」
「なるほど……」
歴史に限らず、被害者側は覚えていても加害者側は忘れてしまうなどということはよくあることである。特に歴史的な事跡の場合、闘争の結果として負けた側が被害者として歴史を書き残す……ということもあるに違いない。バルバネラは被害者として教えられていたようだが、実際どうだったかなどはすでに歴史の闇の中であろう。
「貴方の今回の報告はすぐに公爵に伝えますわ。王家の方にも遠からず伝わるでしょうから、それまでは『魔王』のお話はこちらで預からせてくださいませ。それより今大切なのは――」
そう言って、アシネー支部長は大きく開いた胸元のその豊満な肉の谷間から、一通の手紙を取り出した。いやどう見ても貴族の正式な通知っぽく見えるんですが、そんなところに入れておいていいんでしょうか……と突っ込むとセクハラになるので口にはしない。
「王家から正式な召喚状が届きましたわ。どうぞ御覧になって」
「お預かりします」
俺はまだぬくもりが残っているその封筒の封を解き、中身を読む。
長々とした定型文は貴族のお約束なのだろう。その後に、恩賞を与えるから期日までに城に参上せよという内容が、かなり回りくどい言葉で書かれていた。期日は約2週間後だ。
俺がその旨を伝えると、支部長はもう一通の手紙を取り出し俺に渡した。
「ではこちらもお持ちくださいませ。ハンター3段位の登録に関する書類になります。審査を受ける際、こちらを首都の協会本部に提出してくださいな。先方にはすでにケイイチロウ様の話は伝わっておりますので、いつでも出発していただいて結構ですわ」
「審査にはどのくらいの時間がかかるのでしょうか?」
「通例ですと、協会本部での模擬戦に1日、狩場での実地審査に3日ほどかかりますわね」
「分かりました。審査に一週間を見て、城に行く前に終わらせます」
「それで構いませんわ。ケイイチロウ様なら必ず3段位に認められるでしょう。それと本部へはサーシリアをお連れください。彼女には本部でやっていただきたいことがあるものですから。それに首都にも詳しいはずですから、案内役としても役に立つと思いますわ」
「分かりました。一日準備の日として、明後日の朝に出発をいたします」
「ええ、良い報告をお待ちしております。それと……」
そこでアシネー支部長は俺の腕を掴み、美しすぎる顔を近づけて言った。
「首都には美しい女性が多くいらっしゃると思いますが、くれぐれもお気をつけになってくださいませ。よ・ろ・し・い・で・す・ね?ケイイチロウ様」
その日の夜、家でネイミリアとサーシリア嬢に、2日後の朝に首都ラングラン・サヴォイアに向けて出発する旨を伝えた。
サーシリア嬢はすでに副支部長から指示を受けているらしくすぐに準備に入った。
問題はネイミリアである。
「どうして私が行ってはいけないんですか師匠!?」
「いやだから、支部長に頼まれたんだよ。1段以上のハンターが同時に首都に行くのは避けてくれって」
「うう、私もラングランに行きたいです。まだ見たこともないんですよ……」
「お土産をいっぱい買ってくるから。それにこの『厄災』が終わったら自由に行けるようになるだろうし。それに今回は観光ってわけでもないから。あとアビスの世話も頼みたいし」
「そんなこと言って、師匠はサーシリアさんと2人で行きたいだけなんじゃないですか?」
「いやなんでそんな話になるの?彼女も仕事で行くだけだよ。俺だってネイミリアと一緒に行きたい気持ちはあるけど、いまロンネスクの守りを薄くするわけにもいかないだろ?」
そう言うと、ネイミリアはムスッとしたまま俺を横目で睨んだ。
「本当ですか?」
「うん?」
「本当に私と一緒に行きたいって思ってますか?」
「思ってるよ」
「じゃあ『厄災』関係が解決したら、私を首都に連れて行ってください」
「ああ一緒に行こう。その時はネイミリアが満足するまで遊ぼうか」
そう言うと、渋々といった面持ちでネイミリア頷いた。
「分かりました、今回は師匠の言う通りにします。それと、お土産は魔法の書でお願いします。いっぱい買ってきてください」
「了解した。できるだけ多く買ってこよう」
さすがにそれで満足したのか、ネイミリアの表情が緩んだ。いや、ちょっと緩みすぎじゃない?
「ふふふっ、首都の魔法の書、楽しみですっ」
うん、魔法マニア少女ちょっとチョロすぎませんかね。師としてはかなり心配になるんですが……。
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