14章 勇者パーティ(前編) 10

初日は5階層まではどうにか到達できた。


本来なら「難なく到達」のはずが「どうにか到達」になったのは、やはり新規加入の3人が途中でバテてしまったからである。


いや、2~3等級ならば問題なく撃破するボナハ青年一行の腕そのものは決して悪くはなかった。


4等級のオークキングなども3人でかかればかなり余裕があり、さすがに勇者の協力者として派遣されてきただけのことはある。ハンターなら1~2級クラスの実力はあるだろう。


ただまあ、キラキラ美少女軍団の圧倒的殲滅せんめつ力の前には遠くかすんでしまうのも確かで……オークキングを無音で処刑するラトラやエイミ、バジリスクの頭を一撃で粉砕するリナシャや一刀両断するカレンナル、オーガの上位種を魔法一撃で四散させるネイミリアやソリーンの姿を見て、3人とも目を丸くするしかないようだった。


6階層へ続く階段の前でいつもの通り幕営をし、車座になって皆で夕食を取った。食事を共にするのはメンバーの協調性を高めるには最適の方法である。


さすがにいきなりドラゴンの肉は新入りの3人には刺激が強いので、オークの肉がメインの食事となった。


「いやいや、お嬢様方はそれがしの想像以上にお強い方ばかりですなあ!一見可憐な少女でありながら、モンスターをまるで意に介さない戦いぶり、これが勇者一行のお力かと目を見張りましたぞ」


食事がひと段落するとボナハ青年が饒舌じょうぜつに語り始めた。よく見るとスキットルのようなものを片手に持っている。もしかして……いや、赤くなってる顔を見れば間違いなく酒だな。


「特にエイミ殿の技の冴え、リナシャ殿の勇敢さ、このボナハ、どちらも心底感服いたしました。魔王討伐のあかつきには、ぜひとも我が領地に来ていただきたいものですなあ」


ボナハ青年はダンジョン攻略中、なぜかエイミとリナシャにだけ声をかけていた。単に好みなのだろうと考えていたが、こうやって集まってみて理由が分かった。キラキラ美少女パーティの中で2人だけが人族なのだ。


貴族には人族以外を下に見る者が少なくないと言うが、彼もその例に漏れないということか。ちなみにアシネー支部長は吸血鬼だが、吸血鬼は古来人間より上位の存在と見なされているらしい。


「いかがですかなエイミ殿、貴方が望むのであれば最上位の武官として召し抱えることをお約束いたしますよ。もちろんそれ以上を望まれるのであれば、それがしの横の席をお約束いたしましょう」


気付いたら人材の引き抜きを始めてるボナハ青年。お付きのホルツ夫妻が済まなそうな顔で俺を見ている。大丈夫、そのお気持ちは受け取っておきますよ。


しかし「それがしの横の席」って、「妻」にするって言ってるんだよな。エイミもそれに気付いてはいるだろうが、いつもの無表情を一分も崩さない。


「……評価いただき大変嬉しく思います。しかし私は女王陛下に仕える身、他領に移ることはございません」


「なんと、その若さで陛下の直属でいらっしゃるか。これはこれは、なおのこと欲しくなりますなあ。魔王討伐の功をもって陛下にお願いに上がることも考えましょうぞ。それならいかがかな?」


「……陛下の命のままに」


「うむうむ、なるほどこれは楽しみが増えた。さてそれではリナシャ殿はいかがかな?我が領の教会に働きかけて貴方を呼ぶことも可能であるのだが」


水を向けられたリナシャは、あろうことかラトラの猫耳をいじくりまわして遊んでいた。うらやま……ではなくて、どうも最初から話を聞いていなかったようだ。


「え、あ、ごめんなさいっ。ケルネインさん何か言いました?」


なんの悪気もなく聞き返すリナシャ。


大丈夫か……と思っていたが、ボナハ青年もさすがに聖女相手に怒ることもできないようだった。


「んむ……うむ。いや、リナシャ殿の戦いぶりに感銘を受けたので、我が領の教会に来てくれるとありがたいと思ったのですよ。貴方が望むなら、エイミ殿と共にそれがしを支えていただければと考えておりまして」


「は……えっ?……どういうことソリーン」


「ええっ、リナシャ分からないの?」


さすが近接戦闘型聖女リナシャ、貴族相手でも容赦なしの天然ぶりである。


ソリーンがリナシャに「領地の教会に来てもらいたいって……」とか「もしかしたら結婚も……」とか耳打ちする。聞いているうちにリナシャの眉がだんだん険しく寄ってくる。あ、これほっとくと爆弾発言するやつだ、と中間管理職の直感が叫ぶ。


「ボナハ殿、聖女リナシャは……」


「すみませんケルネインさん、お断りしますっ! そういうの特に興味がないのでっ」


俺の言葉を押しのけ宣言するリナシャ。その隣でソリーンが目を丸くし、カレンナルが顔を覆っている。


ちなみにお付きのマリアン女史はプッと吹き出して夫のキース氏に突っつかれていた。


肝心のボナハ青年はなにを言われたのか理解していない様子で、しばらくしてからようやく言葉を発した。


「なっ……いや、おお、リナシャ殿は欲がないと見える。さすが聖女と言われるお方ですなあ。しかしそれがしはこれでも教会とは強いつながりがございまして。色々と便宜を図ることも可能ですし、もう少しお考えになられてはいかがでしょうかねえ」


ボナハ青年が意味ありげな顔をしているのは、言下に「教会に圧力をかけることも可能だぞ」と言っているからであろう。


確か以前リナシャを利用して出世しようとしたクネノ大司教は、灰魔族を使役するトリスタン侯爵とのつながりをほのめかしていた。ケルネイン子爵がトリスタン侯爵派であることを考えれば、ボナハ青年が教会に圧をかけることもできなくはないのかもしれない。


ただまあ、天然系聖女リナシャにそんな『腹芸』が通じるはずもなく……


「考えても変わらないですよ? 教会を移るならソリーンと一緒にクスノキさんの領地に行くので。あっ、クスノキさんその時は絶対呼んでね!」


何言ってるのこの聖女様は。


ああ、さっきまで目も合わせようとしなかったボナハ青年が、血走った目でこちらを睨んでくる。


「きっ……貴殿はこのような無垢な聖女にまで手を出しているのかっ! なんたる卑劣漢、なんたる好色漢、貴殿こそ勇者の側にふさわしくない人間ではないかっ! このことは女王陛下に奏上申し上げ、即刻沙汰を下していただくからねえっ!」


……食事を共にすると協調性が高まるはずなんだがなあ。






翌日は、10階層へ続く階段の前までダンジョンを踏破した。


やはりボス部屋の7等級モンスターは再出現せず、前回より楽に進むことができた。


実は楽に進めたのは、ボナハ青年一行が戦闘に加わらなかったというのも大きかった。


正直彼らでは5~6等級のモンスターは荷が重く、戦闘に加わってもらっても余計な手間が増えるだけであった。


本来なら彼らにも経験を積ませなければならないのだが、申し訳ないが彼らがキラキラ少女たちと同じように成長する可能性はないと思われた。それは1~5階の戦いを見ていて確信があった。


事実、5~6等級を相手に戦うキラキラ少女たちを前に、彼らは愕然とした表情で固まっているだけであった。キース氏にそれとなく聞いてみたが、5等級以上のモンスターは見るのも初めてらしい。実力的には5等級なら3人で何とか戦えるであろうが、ボナハ青年にその気はなさそうであった。


その日の夕食後、俺のテントに来客があった。やってきたのはボナハ青年お付きの武官キース氏。


「お休みのところ申し訳ない。少しお話をしたいのだがよろしいか」


「ええ大丈夫です。いかがされました?」


俺が言うと、キース氏は腰を下ろし頭を下げた。


「わが主が失礼な態度をとって申し訳ない。貴殿ら一行の戦いを見て、我らが足手まといにしかならぬのがよく分かった。陛下が良い顔をなさらなかったのも得心がいったところだ」


「頭をお上げください。謝罪は必要ありませんが、今のお話は受け取っておきます。確かに彼女らは特別なところがあります。並の人間ではついていくのが難しいというのは私も感じているところです」


キース氏は頭を上げ、俺の顔をしげしげと見た。


「貴殿は妙な方だな。私と妻の間では、勇者殿より貴殿の方がはるかに強いと意見が一致しているところだ」


「それはまあ……今のところはそうかもしれませんね。しかし彼女らはこれからも伸びますから、その力は未知数ですよ」


「そうとも言えるが……。いや、今貴殿と話をしたいのはそのことではない。明日は10階層に下りるわけだが、そこに『厄災』の眷属がいるというのは本当か?」


「ええ、ほぼ間違いないでしょう。どのようなものがいるかまでは分かりませんが」


「そうであるならば、我らはここで待っていた方がよいと思うのだ。正直なところ行動を共にしても貴殿らの足枷あしかせにしかならないだろう。我が主も反対はしないと思う。どうだろうか?」


「……なるほど」


確かにこれはキース氏の言う通りではある。


10階層でどのようなイベントがあるか分からない以上、余計な心配は減らしておくにこしたことはない。問題はボナハ氏に企みがあるのではという点だが……ホルツ夫妻の態度を見る限り、少なくとも2人が何かに加担しているという雰囲気はない。


「わかりました。その方が色々と都合がいいかと思います。ところでこちらからもホルツ殿にお願いがあるのですが……」


いくつかの打ち合わせをした後「宮仕えは大変ですね」と言ったら、愚痴が止まらなくなったキース氏であった。

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