14章 勇者パーティ(前編) 11
最下層攻略の日。
俺たちは階段の前に集まり、10階層突入前の打ち合わせをしていた。
「それではボナハ殿、この場にて退路の確保をお願いいたします。ダンジョンは最奥部のボスを討伐すると崩壊を始めることが多いので非常に重要な役割となりますが、よろしいでしょうか?」
キース氏との事前の取り決めの通りの流れで、俺はボナハ青年の体面に傷をつけない形で待機を依頼する。
彼は「ふんっ」と言って横を向くと、渋々といった雰囲気を作り出して答えた。
「この場の長である卿がそう言うなら従おうではないか。だがあくまでこのダンジョンを出るまでだからねえ。君の素行を私は許すつもりはないと思いたまえよ」
「それで結構です。皆は準備の確認はできたか?」
「はいっ」
勇者パーティの6人は全員装備を持ち、食糧の入った
背嚢はこの場に置いていってもいいのだが、さすがにそこまでボナハ青年一行を信用するわけにもいかないだろう。
「では最下層に向けて出発。ボナハ殿、後は頼みます」
俺を先頭にして勇者パーティは10階層への階段を下りていった。
その階段はいかにも最下層へ続く道といった感じで、一段下りるごとに圧が増していく感じであった。『厄災』との対面が初となるラトラとエイミはかなり緊張が高まっているようだ。
階段を半分ほど下りたところで、ネイミリアが後ろから声をかけてきた。
「師匠、今回はどうして袋を背負っているんですか?結局この中の食糧は使ってませんけど」
説明するタイミングを測っていたのでちょうどいい質問だった。俺は足を止め振りむいた。
「ああ、皆も聞いて欲しいんだが、今回食糧を各自に持ってもらっているのは、不測の事態に対応するためだ」
「不測の事態?」
「前にも言ったが、この先何らかの罠がある可能性が高い。その時俺と別行動になるような場合に備えて、食糧を各自に持ってもらっているんだ」
「ご主人様、別行動というのは……?」
不安そうにラトラが言う。
「例えばこの先通路が二又になっていて、二手に分かれなければいけない場合とかだね。もしくはパーティが強制的に分断されるとか。とにかくそういう場合に備えて、俺がいなくても食べ物に困らないようにしてるんだ」
「クスノキ様と別行動はとても心細いのですが、そのようなことがあるのでしょうか?」
ソリーンの声も少し震えてるようだ。
「可能性の一つとしてあるという話だよ。で、もし分断された場合、俺がいる方は責任をもって連れ帰るから、俺と別れた方はすぐにこのダンジョンから脱出して協会の支部長に報告をして欲しい。絶対に探そうとか合流しようとか思わないこと」
「分かりました。でも分かれなければいいだけの話ですよね」
「そうなんだけどな」
ネイミリアに答えながらも、俺はこの予感が恐らく当たるだろうと半ば確信していた。順調に成長している勇者パーティに突如降りかかるトラブルとして『パーティ分断イベント』は王道の一つだろう。問題はそれがボス戦前なのか後なのか……こればかりは遭遇してみるまで分からない。
階段を下りきると、そこには巨大な扉が鎮座していた。
皆の準備を確認して扉を開ける。
そこは10階層という深部に相応しい広い空間だった。
広さは陸上競技場ほどはあるだろうか。もちろん周囲は遺跡風の石壁なのだが、柱が一本もないため建造物の中であるという感覚が薄い。
奥の方に何かが寝そべっているのが見えた。
四足動物型のモンスターのようだが、その毛皮は光をすべて吸収しているかのように黒い。
俺が一歩踏み出そうとすると『罠感知』スキルに反応。スキルを取得してから初めてのことである。
『魔力視』スキルと併用してスキャンすると、どうやら床に描かれた魔法陣と、入り口横にある水晶球が魔力的に接続されているようだ。
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転送装置
水晶球に触れると、対応した魔法陣上にある物体を指定された場所に転送する
指定場所:不明
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解析の結果からすると、『罠』というより『施設』と言ったほうが正しいようだ。
「転送装置」というところから、予想通りの展開が起きるのはほぼ確定だろう。
「その水晶には触らないでくれ。どうやら魔法陣の上にあるものをどこかに転送する施設のようだ」
俺が注意すると全員が水晶球に目を向ける。
「そのようなものが……大規模な魔道具、ということですか?」
エイミがそう聞いてくるということは、王家にもこういう施設はないということか。となればゲーム的なダンジョン専用施設なんだろう。
「どういう魔法が使われているんでしょうか。時間があれば調べたいですね!」
大ボス部屋で目をキラキラさせるネイミリア。水晶球にふらふらと近寄っていこうとしてラトラに止められている。
「さて、モンスター退治を始めよう。まず俺が近づいてどんな奴か調べる。次の指示があるまで皆はここで待機、ネイミリア、ソリーンで魔法の準備を。行動する場合、部屋の中心にある魔法陣には乗らないように注意すること」
「はいっ」
皆の顔に緊張と覚悟があらわれるのを確認して、俺はまだ伏せっている黒い獣型ボスの方に歩いていく。
もう少しで『解析』スキルの範囲……というところで、その漆黒の獣が上体を起こした。
禍々しく輝く朱の
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奈落の獣(半身)
スキル:
気配察知 縮地 暗視
隠密 俊足 瞬発力上昇
持久力上昇 反射神経上昇
剛力 剛体 再生
ドロップアイテム:
魔結晶11等級
奈落の獣の毛皮
奈落の獣の牙
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見た目でもしやとは思ったが、『奈落の獣』の名をここで見ることになるとは。
『(半身)』という表記がとても気になるところではあるが、今は討伐するのが先だろう。
スキル群を見た感じでは完全な物理属性スピード型、11等級は今の勇者パーティには荷が重いかもしれない。
「『奈落の獣』だ。『縮地』を使うから注意。俺が前で戦う。リナシャとカレンナルは守りを固めろ。ネイミリアとソリーンは遠距離から魔法。ラトラとエイミは隙を見て攻撃」
俺が指示すると同時に『奈落の獣』は跳ねるように飛び起きて低い姿勢を取った。
「師匠、魔法行きます! 雷閃衝!」
ネイミリアが叫び、同時に雷光が走る。
生物では回避不能なはずの雷魔法を、しかし漆黒の獣はひらりと飛び上がってかわした。
「セイクリッドランス!」
ソリーンの魔法の槍が3連続で飛来する。回避先まで読んでの攻撃だったが、それら全てを『縮地』を使ってかわす黒い獣。
オオオオオォォッ!
咆哮とともに黒い弾丸となった獣が疾駆する。その先にはネイミリアたち。
さすがに正面からの接近戦をさせるわけにはいかない。俺は『縮地』を使って前に回り込み、大剣を振って追い払う。
本来なら斬るつもりだったのだが、『奈落の獣』は想定以上に反応が速い。
獣の着地の瞬間を狙ってラトラとエイミが左右から斬りかかる。大きな影と二つ小さな影が交錯し、小さな影が跳ね返される。ラトラがダメージ、俺は生命魔法を行使しつつ、ラトラの身体をキャッチ。
「大丈夫か?」
「はい、ありがとうございますご主人様っ!」
ネイミリアとソリーンが再び魔法撃、しかし有効打にはならない。やはりまだ彼女らに11等級は早いか。
「見ていろ」
俺はラトラに言いおくと、『奈落の獣』に向かって一気に接近した。
大剣に付与魔法、赤熱した刃を縦横に振り回し黒い獣を追いかける。
俺の付与魔法の危険性に気付いているのか、獣は回避行動に専念する。魔法を使ってフェイントを仕掛けてもギリギリで反応して致命傷を避ける。なんとも面倒な相手だ。
獣の本能に従い、一分の揺らぎもなく戦う姿は美しささえ感じさせる。
しかし本能で戦っているのであれば――大剣を振り切った後、俺の身体が一瞬だけ流れる。
『奈落の獣』の闘争本能はその隙を見逃さなかった。いや、見逃せなかった。たとえそれが偽りの隙であっても。
獣の顎が俺の肩口をとらえ、牙が肉に突き刺さる。
だが同時に、俺の腕が重機のごときパワーで獣の巨躯を挟み込んだ。
罠だと気付いたか、暴れて逃れようとする『奈落の獣』。
俺はその巨体を強引にひねり、跳ね上げ、加速をつけて床に叩きつけた。レスリングで言う
衝撃とともに『奈落の獣』の巨体が床にのめり込む。
俺はその上に馬乗りになり、いまだ肩口に噛みつく顎ごと両腕で抱きこんで、獣の首を正面から締めあげる。
超高レベルの『不動』『剛力』『剛体』スキルが、獣が暴れることすら許さない。
あとは我慢比べだ。ほぼ一方的な我慢比べ。
その時、遠くで声がした。入口の方だ。
「それは転送の魔道具だと言ってるじゃないですかっ! 水晶には触らないでください!」
叫んでいるのはネイミリアか。
見ると誰かが……こちらをにやけた顔で見ているボナハ青年が、転送装置の水晶球に触れようとしていた。
「クスノキ卿、『奈落の獣』とともに立派に散りたまえよ。後は私が貴殿の任を引きつぐからねえっ!」
青年が触れると水晶球が輝く。一瞬遅れて俺の周囲も光に包まれる。俺と獣は魔法陣の上にいたらしい。
「クスノキ様っ!」
必死の形相で走ってくるのはエイミ。
「こちらへ来るな」――そう言う前に、俺と忍者少女を残して周囲の景色が一変した。
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