21章 聖地と聖女と  12

俺たちは霊廟れいびょうのダンジョンから出ると、ダンジョン内で見たことを大聖女様とホスロウ枢機卿に説明した。


「それでは、『けがれのきみ』は今首都にいる可能性が高いとおっしゃるのですね?」


「はい。ですので急ぎ首都に戻る必要があります。首都までは私の魔法で移動をいたしますので、了承いただければと思います」


俺が大聖女様にそう提案すると、枢機卿が割って入って来た。


「待たぬか。貴殿がここにいることの説明も聞いておらんのに、今の話を信じて指示に従えと言うのか。それはすぐには聞けぬ話であろう」


「枢機卿、私たちは彼がいなければ今頃はアンデッドに変えられてたであろう身です。ここはクスノキ卿の話を信じて首都に戻るべきでしょう」


「しかし大聖女様、私は部下の命を預かる者として、そう軽々しく判断するわけにはいかぬのです。しかも一介のハンターの言うことなど、どうしてすぐに信じられましょうか」


肩を怒らせて身体をますます四角にしながら、息荒く俺を睨みつける枢機卿。


この非常時に、と言いたいところだが、枢機卿の言うことも組織人としては間違ってはいない。


であれば、組織人が納得できるように説得すればいいだけだ。


「ホスロウ枢機卿、私はハンター協会においてはその実力と人格によって3段位を認められております。また女王陛下より数多あまたの功績を認められ、名誉男爵の位をいただいております。先の『魔王』討伐では勇者一行の教導も任され、討伐の成功に大きく貢献しております。なお、それに先だって『邪龍』討伐への貢献も認められ褒賞をいただいております。これらの事実から、私を、今回の件については信じるに値する人間だと判断いただけませんでしょうか」


「ぬ……、うぐぅ」


俺が畳みかけると、枢機卿はのどに何か詰まらせたような苦しい顔をする。


組織人だからこそ肩書きと実績は無視できない。しかも下手に出られたら、まあ普通の人間ならこれ以上はゴネないだろう。


「……仕方あるまい。だが戻ってから、貴殿がここに来た理由については必ず説明してもらうぞ」


「ええ、それはもちろん」


そう答えると、枢機卿は「ふんっ」と鼻息を鳴らして騎士団の方に歩いて行った。


「ん~! ん~っ!」


妙な声に振り返ると、ソリーンがリナシャの口を必死に押さえていた。


ああ、さすがに枢機卿相手に沸騰したらマズいですよリナシャさん。


俺はリナシャをなだめると、大聖女様に向き直った。


「では移動したいと思います。大聖女様もよろしいですね?」


「ええ、大丈夫ですが、移動というのはどうやって行うのでしょう? 魔法とおっしゃっていましたが」


「実際に体験していただいた方が早いでしょう。では行きます」


俺は転移魔法を発動。


巨大な魔法陣が地面に広がり、200人の聖堂騎士団も含めてすべてをその中に収める。


魔法陣の光が強く輝き、景色が一転した。






俺たちが転移したのは、首都を囲む城壁の外、街道から少し離れた場所であった。


さすがにこの人数をいきなり首都の中に転移させるわけにはいかない。


「なっ、一瞬で首都まで移動したというのか!? 私はなにか幻でも見ているのか!?」


枢機卿が声を上げ、騎士団の団員達もどよめいている。


「まさか本当に転移の魔法をお使いになるとは……。クスノキ様、貴方様は一体……いえ、今は首都の様子が先ですね」


大聖女様はさすがに立ち直りが早かった。義務感の強さもさすがである。


「クスノキ様、あれを……!」


ソリーンの指さす方を見ると、黒い雲のような瘴気しょうきが首都の上空を覆っているのが見えた。


その瘴気の雲を作り出しているのは、『例の館』付近から吹き上げている瘴気の柱。


そしてその瘴気の柱のそばには、見慣れた半骸骨の美青年が宙に浮いていた。


一度は封印されかけた『穢れの君』は完全に元の姿に戻り、両腕を広げて何かを召喚しようとしていた。


「クスノキさん、あれって前にロンネスクに出てきた奴じゃない!?」


リナシャの言う通り、上空に召喚されたのは十数体のドラゴンゾンビだった。


確か毒ブレス持ちだったはずだ。あの数が一斉に毒を吐いたら大惨事などというレベルでは済まないだろう。


「枢機卿、我々は先に行きます」


「なに!?」


さすがに今回は枢機卿の相手をしている余裕はない。


俺は転移魔法を発動。


大聖女様とリナシャたち3人と共に、『例の館』付近の建物の屋上へと転移する。


見上げると、口をひろげたドラゴンゾンビたちが、長い首を大きく反らせているところだった。


ブレスの予備動作だ。


「クスノキ様、あれは毒ブレスの――」


大聖女様が悲鳴に似た叫びをあげる。


いきなり危険地帯に移動させて申し訳ありませんね。でも大丈夫ですよ。


――神聖魔法、生命魔法、光属性魔法、同時発動、さらに念動力で圧縮


俺はここで、対アンデッド用に用意していたとっておきの魔法を放つことにした。


とっておきというか、あまりに強力すぎて使い道がなかっただけなのだが。


―― 圧縮した魔法を上空に転移


強烈な輝きを放つ青白い光球が、『穢れの君』の頭上に唐突に出現した。


アンデッドに特効を持つ3つの魔法を融合した『聖なる光』。


蒼白の光球は、一瞬の間をおいて爆発的にその輝きを増した。


瘴気の雲も、地上の街並みも、そして街道をうごめくアンデッドの群も、それらと戦っているクリステラ嬢や兵士たちも、言うまでもなく空中のドラゴンゾンビや『穢れの君』も、一切の区別なく光が白く塗りつぶしていく。


しかしその光に、不思議と目を射るまぶしさはない。生あるものを優しく包み込む、まさに『聖なる光』である。


だがこの光が慈愛を施すのは生者に対してだけだ。


死をまとうものに対しては無慈悲極まりない、永遠の無をもたらす冷たい光であった。


ヒキャアアアァァァッ!!


十数体のドラゴンゾンビは、毒ブレスのかわりに悲鳴を吐き出しながら消滅していった。


地上のアンデッド達もなすすべなく黒い霧になって消えていく。


『例の館』から上位ゾンビ・レヴナントが何人も飛び出して来ては、天を仰いで消滅していくのも見えた。


恐らく彼らは館に集まっていた「邪教徒」たちだろう。


次第に『聖なる光』が薄らいでいく。


街は戦いの跡を残してはいるものの、ほぼそのままで魔法の効果は受けていない。


地上の兵士たちも無事、というか彼らは恐らく傷が全てえているはずだ。


実はアンデッド全消滅+生き物全回復とかいうふざけた効果がある魔法だったりする。


「……クスノキ様、今の光はクスノキ様の魔法なのですか?」


少しばかり放心状態にあった大聖女様が、ようやく気を取り直したのか口を開いた。


「そうですね。アンデッドに効果の高い魔法を組み合わせました」


「組み合わせ……そのように簡単におっしゃいますが、あの輝きは経典にも記された『神祖しんその光』では……? もしやクスノキ様はアルテロン教をひらいた預言者マティナル様の生まれ変わりなのではありませんか?」


「いえ、それは絶対に違うと断言できます。今のはただの魔法ですので、騙されてはいけません」


「生まれ変わり」という言葉にはちょっとだけドキッとするが、前世はただの中間管理職のおじさんです。


名誉男爵という肩書きだけでも重いのに、その上『預言者の生まれ変わり』とか、間違ってもお断りである。


「しかしもしそうならクスノキ様が神託に現れなかったのも納得ができるのですが……」


「それは単に神託にする価値もないからでしょう。それよりまだ終わっていませんので、気を抜かないようお願いいたします」


そう言って横を見ると、なぜかすごくキラキラした目で俺を見る三人娘がいた。


「まさかマティナル様の生まれ変わりだったなんて……」


とかソリーンが言ってるんだが、さっききっぱりと否定したよね?


どうも今は俺の話を聞いてくれなさそうなので、諦めて俺は空を見上げた。


さて、首都を覆っていた黒い雲も晴れ、館から噴き出していた瘴気も止まったが、『穢れの君』はどうなっただろうか。


空中にいないところを見ると、落下したと考えるべきだろう。


俺は大聖女様たちを伴って地上に転移、『例の館』の方に歩いていく。


「ああ、やはり君だったか。いつもこちらの度肝を抜いてくれるね、本当に」


館の前で俺を迎えてくれたのは黒い鎧の戦士、クリステラ嬢だった。


少しあきれたような顔をしているが、頬を紅潮させているのは戦いの余韻が残っているからか。


「ちょっと危ないところに見えたのでとっておきの魔法を使ったんだ。ただあまり俺がやったとは――」


「ふふ、分かっているさ。君のその控え目な所もボクのお気に入りだからね」


「助かる。それより『穢れの君』はどうなった?」


「消滅したんじゃないのかい? あの魔法を受けて無事だとは到底思えないな」


「いや、『穢れの君』は俺じゃ倒せないんだ。最後はどうしても聖女様が封印しないとダメらしい」


「なるほど、それで大聖女様たちを連れてきているのか。そうだな、『穢れの君』がまだ存在するとすれば、やはり館の中じゃないのかい? あのまま下に落ちたと考えるのが普通だろう」


「確かに」


俺は頷いて、大聖女様たちに振り返った。


「大聖女様、館の中に『穢れの君』が落下したと思われます。これより踏み込みますのでご注意ください。中は恐らくダンジョン化していますので」


「わかりました。預言しゃ……クスノキ様に従います」


なにかヤバいことを口走ってませんかね。気のせいだと信じるにも限度があるんですが……。


ちょっとうっとり気味の大聖女様と違い、リナシャたちは武器を構えているので問題ないだろう。


勇者パーティとして活動して頼もしくなったものだ。


「すまないクスノキ、ボクもついていきたいが、まだ外を警戒する必要がありそうだ」


「『穢れの君』が中にいるとは限らないから当然だろう。こっちは大丈夫だ」


遅れてやってきたガストン老とクリステラ嬢に別れをつげ、俺たちは館の中に足を踏み入れた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る