21章 聖地と聖女と  13

館の中は案の定ダンジョン化が進行していた。


開け放しの玄関をくぐった途端、景色が一変したのだ。


「これは……このようなダンジョンがあるのですね」


大聖女様が驚きの声を漏らす。


目の前に広がるのは、ひび割れた大地が広がる無辺の荒野であった。


ところどころ地表に深い亀裂が入っており、そこから濃厚な瘴気しょうきが噴き出している。


天は重い雲でふたがされたように低く、『死の大地』と名付けたくなるようなロケーションである。


「とりあえず先に進みましょう」


声をかけ、俺が先頭となって歩き出す。


目標は分かりやすかった。


荒野のはるか向こうに、高密度の瘴気が竜巻のように渦巻いている場所があるのだ。


ところどころで瘴気が集まり高等級のアンデッドが現れるのだが、それらは大聖女様やソリーンの魔法で瞬殺される。


キラキラキャラらしく大聖女様も見る間に成長していくのがなんとも頼もしい。


さて、そんな感じでしばらく進んでいくと、瘴気が渦巻いて天に伸びている場所にたどり着く。


その黒い竜巻は直径が10メートルほどはあるだろうか。


さすがにそのまま近づいていける雰囲気ではない。


「セイクリッドエリア」


仕方ないので浄化魔法で吹き飛ばす。


……と簡単にやっているが、大聖女様はそれを見ただけで俺に祈りを捧げそうになっている。


さすがにリナシャたちは俺のインチキ能力を見慣れているのでそれほど驚いた様子はない……はずなんだがなぜか祈りのポーズを取っているんだよなあ。


どうもアルテロン教徒のツボ的ななにかに入ってしまったようだ。


気を取り直して前を向く。


瘴気が吹き飛んだ後の地面には、ぽつんと半骸骨の生首が残されていた。


どうやら瘴気の渦の中で回復を図っているところだったらしい。


「なななななんなのだ貴様ははははああぁぁ。ななななにゆえ瘴気みなぎる我をも容易に消滅させうる力を持っているのだあああぁぁぁ」


青年のほうの顔が半泣きになりながら叫んでいる。


まあこれは仕方ないだろう。恐らく復活したばかりで負けることなど今までなかったはずだ。


「大聖女様、リナシャ様、ソリーン様、封印をお願いします」


「はいっ、仰せのままに」


「仰せのままに」


反応が怖すぎるので、俺は後で『預言者』ではないと言い聞かせることを心に決める。


3人は俺の横に並ぶと、両腕を前に突き出した。


「シールインピュアリティ」


「おおおおおおのれえええええぇぇぇ……」


けがれのきみ(首だけ)』を光が包み、一瞬で圧縮、銀色の球がコロンと地面に転がった。


「今度は楽に封印できましたね。それだけ先程のクスノキ様の『神祖しんその光』で弱っていたのでしょう」


大聖女様がニッコリと微笑む。


「さすがクスノキ様です。もともと何かご縁があるとは思っていましたが、我らを導くお方だったのですね」


「クスノキさんが生まれ変わりなら、私ももう少し真面目に修行してもいいかな」


「私も神官騎士として励みますので、アルテロン教のさらなる奥意をご教授ください」


ソリーンとリナシャもカレンナルもニコニコしている。


ただ全員目がちょっと据わってる感じなんですが……。


これ、俺の話聞いてくれるんだろうか。


軽い恐怖を覚えつつ、俺は『穢れの君』が封印された銀球を拾いあげようとした。


しかし手でつかもうとしたその時、封印球がいきなり黒い霧へと変化して指の間をすり抜けていった。


霧がのぼる先には、黒い穴。


穴は霧をすべて吸い込むと、いつものようにすうっと虚空に消えた。


『厄災』討伐を示す、12等級の魔結晶を残して。







「なんと、『穢れの君』を封印ではなく、消滅させたというのですか」


テーブルの上の12等級の魔結晶を見つめながら、教皇猊下げいかは感嘆の言葉を漏らした。


ここはサヴォイア城の一室。


今俺は、大聖女様たちとともに、女王陛下に今回の一連の事件の報告をしていた。


その場にいるのはリュナシリアン女王陛下のほかにハリナルス教皇猊下、レイガノ本部長、ヘンドリクセン老である。


『王門八極』の二人、クリステラ嬢とガストン老は残敵がいないかどうかの確認に出張っている。


ローゼリス副本部長以下腕利きハンターたちもそれを手伝っているらしい。


「はい。大聖女様たちが一度封印し封印球に変化したのですが、すぐに消滅してしまいました。恐らく直前に受けたダメージが大きく、封印状態に耐えられなかったのではないでしょうか?」


と一応私見を述べておくが、もちろんこれは嘘だ。


例の『星の管理者』が、『ことわりの遣い』である『穢れの君』の力を吸収した、というのが真相である。


ちなみに『星の管理者』について俺が伝えたのは、今のところ女王陛下と公爵閣下のみだ。


もちろん二人からは口外を厳に禁じられている。


「なるほど、確かに封印球は長い年月をかけて消滅すると伝えられています。『穢れの君』が力を失っていたのであれば、すぐに消滅してもおかしくはないのでしょう」


教皇猊下は頷いて、大聖女メロウラ様たちのほうに向き直る。


「メロウラも、リナシャ、ソリーン、そしてカレンナルも大儀でした。聞けばかなりの危機に陥ることもあった様子。よく無事で戻りました。貴方たちには感謝と、そして神の祝福を」


「ありがとうございます猊下。この度我らが使命を全うできたのも、神のお導きとクスノキ様の助力のおかげと存じます。神と、そのお力の代行者たるクスノキ様に感謝を」


「そうですね、クスノキ様には私の方からも後程お礼をいたします。皆は今はゆっくりとお休みになってください」


今の一瞬で教皇猊下と大聖女様の間でアイコンタクトがあったようだが……多分俺が関係しているんだろうなあ。


きちんと話を聞いてくれるといいんだが……。


大聖女様たちが部屋を辞すと、女王陛下が口を開いた。


「おかげで首都の方の被害も最小限で済みそうな気配だ。私としても今回のクスノキ卿たちの方の働きは大いに評価せねばならん。無論教会やハンター協会の方も素晴らしい働きだったと聞いている。合わせて礼を言いたい」


「いや正直、ドラゴンゾンビが大量に出てきたときは無理かと思いましたがね。あの光のおかげで命拾いしましたわ」


「まことに。あの時毒ブレスを吐かれていたらと思うと、身が凍る思いがいたします。しかし経典に伝わる『神祖の光』をこの目で見ることができるとは、神に感謝せねばなりませんね」


本部長はニヤリと笑って横目で俺を見る。教皇猊下は……俺に向かって祈るのはおやめください本当に。


「ふむ。確かにあの光がなければ未曽有の被害が出ていたろうな。クスノキ卿、報告にもあったように、あの光は卿の魔法ということで間違いないのだな?」


「はい、それは間違いありません。ただあの魔法はアンデッドには大変威力を発揮するものなのですが、それ以外には……」


「わかっている。むしろ兵たちの傷が一瞬で回復したらしいではないか。まさに神の祝福のごとき魔法だな」


そう言う女王陛下の口元は微かに笑っているが、俺に向ける視線はなぜか強い。


あ、これ、俺が派手にやらかしたことを責めてる感じだな。


でもあの時はそれしか手がなかったというのも陛下は分かっているだろうし、せめて皮肉くらいは言わせろということなのだろう。


「まあ正直な所、卿があの魔法を放ったことに関しては今更驚くに値せぬ。値はせぬのだが、対外的にはあれが何であったのかは発表せねばならん。卿としてはどうしたい?」


「お待ちください女王陛下、クスノキ卿が『神祖の光』を使ったことが驚くに値しないとはどのような意味なのですか? クスノキ卿はすでに同様の奇跡をいくつも行使しているということですか?」


教皇猊下の目つきがちょっと怖い。女王陛下も少し引いていらっしゃる。


「クスノキ卿は今回の件で、すでに『厄災』4体の討伐に大きく貢献しているのだ。いずれも聞けば冗談としか思えないような活躍をしてな。まあ奇跡といえば奇跡と言えなくもなかろうが、クスノキ卿はそれだけの力を持った人間ということだ」


「なんと……」


絶句しつつまた俺を拝む教皇猊下。


レイガノ本部長、冗談でも真似するのは洒落にならないのでやめてください。


「さて、再度問おう。今回の件、卿はどうしたい? そのまま発表するのも手だぞ?」


「あの魔法の結果を個人の業績に帰すのは多少問題があるのではないかと考えます。それとなくぼかしていただいたほうがよかろうと思うのですが」


「ふむ、例えば?」


「それこそ『穢れの君』復活に合わせて神の奇跡が起きたなどと風聞をながすのは――」


「やはりあれは神の奇跡なのですね。それに関しては私もお手伝いいたしましょう」


いえいえ猊下、教皇猊下が神の奇跡を宣したら風聞になりませんから。


本部長も声を殺しながら笑うのは失礼ですからね。


「正体不明の奇跡が起き、大聖女が『穢れの君』を封じた。そんな感じにしておくのが一番問題は少なかろうな。レイガノ卿、ハリナルス卿、口裏合わせを頼みたいのだがよいか?」


「へい。こっちとしてもあれがハンターの仕業だとか言われて問い合わせがくるのは遠慮したいんで、喜んで協力いたしますよ」


「分かりました。恐らく首都のアルテロン教徒の間では、遠からず預言者マティナルが復活したという噂が立つでしょう。教徒であれば、あれを『神祖の光』だと考えるはずですので」


それって『自然と』噂が立つって話ですよね? 教皇猊下や大聖女様が進んで噂を広めるとか、そういう意味ではありませんよね?


言いようのない不安を残したまま、打ち合わせは続いたのであった。






陛下たちとの打ち合わせを終えた俺は、城を辞して重い足を引きずって宿へと向かっていた。


首都はまだ戒厳令が敷かれており、陽がほぼ落ちかけている時間ということもあって、通りに市民の姿はほとんどない。


代わりに兵士やハンターが警備に駆り出され街のあちこちに立っている。


そろそろ来るかなと思っていると、案の定異形の『気配』がすぐ隣に現れた。


もちろん気配だけで、『星の管理者』の姿はそこにはない。


『それが汝の答えか、理外の異物』


「前から言っている通りだ。人間として、お前が人間を間引くのを黙って見ていることはできない」


『否。汝が人間であるはずがない。なぜ人間にくみする?』


「どれだけ力があろうとも俺は人間だ。お前のように星を俯瞰ふかんして、害があるから人間を減らすなんて考えには同調できるはずがない」


『ならば汝を滅ぼすまで。この世界の理は破らせはせぬ』


「分かった。それと一つだけ聞かせてくれ。『厄災』はどう考えても強すぎる。本当に間引くのが目的なのか?」


『是。『理の遣い』は時が来れば力を減ずる。そのように作られている存在なのだ。だからこそ、顕現けんげん直後の『理の遣い』を滅する汝は理外の異物なのだ』


そう答えると『気配』は消えた。


次に『星の管理者』に会うことがあるとしたら、それは恐らく戦う時だろう。


しかし俺の疑問に答えてくれたのはありがたい。


いままで戦ってきて、一つだけ不思議なことがあった。


それは明らかに『厄災』が、『勇者』や『聖弓の使い手』や『聖女』といった者でも倒せない強さを持っているということだ。


『聖地』で大聖女様たちが戦っている様子を見て、俺はそれを確信した。


実際俺がいなければ、ラトラもネイナルさんも『厄災』は倒せなかっただろう。


しかし、『厄災』が時間と共に弱体化するように設計されているなら納得である。


なるほど『星の管理者』は本当に機械的に人間の間引きを行っているらしい。


ただそうであるならば、今回『厄災』が6体同時に現れるというのはおかしな話ではある。


想定より人が増えたか、文明が進み過ぎたか……いずれにしてもこの世界は前世の世界ほど人口もいないし文明も進歩していない。


星を滅ぼすには程遠いような気もするのだが、『星の管理者』はそれだけ慎重な性格ということなのだろうか。


妙な不一致感を覚えつつ、俺は歩を進めたのであった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る