21章 聖地と聖女と  11.5

―― サヴォイア女王国 首都ラングラン・サヴォイア



首都の中央からやや外れにある3階建ての商館。


やや時代を感じさせるその館の前に、二人の武人が立っていた。


1人は黒い鎧の剣士、『王門八極』のクリステラ・ラダトーム、そしてもう一人は、大つちを携えたドワーフの戦士、『王門八極』ガストン・ドータム。


彼らの後ろにはクリステラ配下の精鋭兵が整列しており、さらに館を囲むように同様の兵たちが配置されていた。


すでに周囲の市民は退避を終えており、通りには普段の喧騒は跡形もない。


「一体何事か」


物々しい雰囲気を察してか、商館から数人の人間が出てくる。


その中心にいるのは、明らかに貴族と見える中年の男だった。


「む、貴殿はもしや『王門八極』のラダトーム卿? そして隣はドータム卿か。一体この物々しさはどうしたことか」


男の問いを受け、クリステラが口を開く。


「スインベリ男爵閣下、実は先程、この館の地下、下水道の中に大規模なダンジョンの発生が確認されました。下水道内にダンジョンの入り口はなく、ダンジョンの直上にあるこの館の地下部分に入り口が開いている可能性があります。よってこの館を調査させていただきたく存じます」


「なんと? それならばまず我らが地下を調べよう。それで何もなければお帰り頂きたい」


「それは大変危険です。我々が調査いたしますので、館内の人間をすべて外に出していただけませんか」


「済まぬが今、この館には何者も入れられぬ。例え陛下の命であっても、我らの所有物を改めるには手続きが必要なはず。我らが調べるゆえ待たれよ」


中年の男……スインベリ男爵はそう言うと、そのまま館に戻ろうとした。


その時――


ドオンッ!!


館の屋根を突き破り、おびただしい量の黒い霧が天へと吹き上がった。


その霧は館の倍ほどの高さまで吹き上がると、そこから一気に周囲に広がりはじめ、天を黒く覆っていく。


「おお、遂に我らの盟主様が顕現けんげんなさるぞ!」


歓喜をおさえきれない声でスインベリ男爵が叫ぶ。


顔には歓喜と狂気が入り混じり、先程までの貴族的な雰囲気は一瞬で消え去っていた。


奇妙な歓声を上げながら、彼らはそのまま館の中に入っていってしまった。


吹き上がる黒い霧……高密度の瘴気しょうきを前にして、クリステラは口の端を歪めて剣を抜く。


「 総員戦闘態勢っ! ガス爺、反対側を頼む」


「うむ、そっちも気をつけるんじゃぞ」


ガストンが館の向こうに走り去って行く。


「さて、アンデッドか。クスノキから教わった光属性、これとボクの羽切があればどんな奴でも斬れるとは思うけど、油断は禁物だね」


クリステラの唇が、はっきりと笑みの形に変わる。


彼女の視線の先、館の中から、触手のようにじわじわと瘴気が漏れ出してくる。


この世のすべてを恨むかのような、怨嗟えんさの大合唱を伴って。





―― サヴォイア女王国 首都ラングラン・サヴォイア 



「クソがっ! 数が多すぎんだろっ」


髭面ひげづらの巨漢が両刃の斧を振り回す。


一振りごとにスケルトンナイトが砕け散り、ゾンビウルフが両断される。


「本部長、普段の鍛錬をサボっているのでは?」


黒髪のダークエルフが通りを一駆けすると、たむろしていたゾンビがすべて霧に変わる。


「そりゃ書類仕事ばっかりしてりゃ身体も鈍るわ。ローゼリス、今度本部長変わってくれや」


「お断りいたします。ゆくゆくはご主人様に仕える身ですので」


軽口を言い合いつつ、二人は絶え間なく湧いてくるアンデッドモンスターを殲滅せんめつしていく。


周囲には他のハンターも多数おり、それぞれがモンスターと対峙しながら、受け持ちの戦線を維持していた。


「その前に後継者はちゃんと育てておいてくれよ。ここにいる奴らは有望株だからよく見とけっ」


「引継ぎはきちんとしておきますのでご心配なく。むっ、面倒ですね、『セイクリッドランス』」


青い炎をまとった魔法の槍が、複数のモンスターをまとめて貫いて消滅させる。


「それが『光属性』って奴か? めちゃくちゃ強ええな」


「ええ、アンデッドに特効があるようです。さすがご主人様ですね、新たな属性まで発見するとは」


「あいつは色々とんでもねえタマだな。もう何をやらかしても驚かねえわ」


「まだ何か隠し持ってると思いますから、その言葉はまだ早いかと。それに……」


そこでローゼリスの動きが止まった。


館から吹き上がる瘴気の中に、何か強烈な、恐ろしく禍々しい気配が出現したのだ。


「……っ!? 本部長、あれはっ!?」


「おう、ありゃヤバそうだ。なるほど『厄災』ってのはこんな圧があるのかよ。あのちっこい勇者とか、こんなんとよく戦ったもんだ」


「それよりもあれがここに顕現したということは、ご主人様たちは……」


ローゼリスの金色の瞳に、不安のさざ波が広がる。


「早合点はやめときな。どうせ『厄災』の方がこっちに逃げてきたとかそんなだろ。お前の話を聞く限りならよ」


「……そうですね、ご主人様が倒されることは万に一つもないでしょう。それよりも奴は何かを召喚しているようですね」


黒い瘴気の中に浮かぶ半骸骨の青年……『けがれのきみ』が両手を掲げると、瘴気の渦が空中にいくつも生まれた。


その瘴気は、次第に羽をもつ巨大トカゲの姿に変じる。


「ドラゴンゾンビ!? しかもあの数は……!」


「ああ、どうやらここからが本番ってこったな。しかし毒を吐かれたらさすがにマズい。急いで落とさねえとな」


強面の巨漢と美貌のダークエルフは武器を握りなおすと、『厄災』の方へと足を踏み出した。





―― アルテロン教会 大聖堂前 臨時避難所


「教皇猊下、こちらは危険です! アンデッドの対応は我らにお任せを!」


「心配には及びません。これでもアンデッドの討伐では名の知れた神官騎士だったのですよ」


若い神官騎士の進言を退けると、教皇ハリナルスは避難所に迫るアンデッドの一団に向かって手をかざした。


瞬間、その手から強烈な光芒こうぼう……『ホーリーランス』が放たれる。


聖なる光に貫かれ、10体ほどのアンデッドが黒い霧になって消えた。


教皇は立て続けに5発の魔法を放ち周囲のアンデッドを消滅させる。


「おお、これが教皇猊下げいかのお力……。失礼をいたしました!」


若い神官騎士は感激したように教皇の勇姿を見つめ、一礼すると自分の持ち場に戻っていった。


一旦は途切れたアンデッドの攻勢だが、『例の館』は依然として瘴気を噴き上げ続けている。


すでに二度の攻勢をしのいでいるが、遠からず次の大群が押し寄せてくるのは確実であった。


「ふむ、やはり元を断たないとアンデッドは無限に湧き続けるのでしょうか? メロウラたちが『穢れの君』を調伏できれば収まると思いたいのですが」


避難所を守るのは50人程の神官騎士たちだが、練度の低い者は疲労の色が濃い。


怪我は生命魔法で治療ができるが、体力と精神力の消費はいかんともしがたい。


「守り切れるのは多くてあと3回というところでしょうか。避難所の移動も考えないといけません……む?」


遠くに見える『例の館』の上空、吹き上がる瘴気の中に、突如今までにない『重い気配』が生じた。


その正体は見るまでもなく明らかであった。


「あれは間違いなく『穢れの君』、まさかこちらに現れるとは。メロウラの神託が外れたというのでしょうか」


教皇が思案している内に、『穢れの君』の周囲に多数のドラゴンゾンビが出現した。


その恐るべき光景を前に、神官騎士たちの中から悲鳴に近い声が上がる。


「なんと……これが『厄災』の力。数多の国を滅ぼしてきた伝説の姿ですか」


教皇が目を見開く。


彼の長い経験が、あの数の最上位アンデッドなら首都すら容易に滅ぼし得ることを教えていた。


ドラゴンゾンビたちが一斉に口を開く。毒のブレスを吐かれたら、それだけで何千もの人間が息絶えるだろう。


「いけません、人々を遠くに移動させねば――」


避難所へ向かおうとしたその時、教皇の横顔に強烈な光が浴びせかけられた。


強烈な光が、なんの前触れもなく首都の上空にいきなり現れたのだ。


その光は輝きを増すと、地上のすべてを青白く染めあげていった。






―― サヴォイア女王国 首都ラングラン・サヴォイア

   ラングラン・サヴォイア城 展望の間



「あっ、女王陛下、あれはっ!?」


窓から外を見ながら声を上げたのは、女王の護衛についていた猫耳勇者ラトラ。


同じく外を見ていた金髪の少女、女王リュナシリアンが頷く。


「うむ、どうやら『穢れの君』がこちらに現れてしまったようだな」


「えっ!? それでは師匠はどうしたんでしょう?」


ラトラと同じく護衛のエルフ少女・ネイミリアが首をかしげる。


「なにか想定外のことが起きたのだろうな。まあこの手のことが予定通りに運ぶことはまずあるまいよ」


「何でもお見通しの師匠でもそんなことがあるんでしょうか」


「むしろ予定通りに行かないのが普通だとクスノキは言っていたぞ? 師の教えはよく聞いておけ、魔法以外の事もな」


「うぅ、そうします……」


しゅんとなったネイミリアを見て、女王の口元が緩む。


しかしその笑みも、次に現れた光景に掻き消された。


「あれはドラゴンゾンビか! さすがにまずいな、あれは毒を吐くと聞く」


「わたし倒しに行きますっ!行かせてください!」


「そうだな、ラトラとネイミリアの力が必要かもしれん。じい、魔導バリスタは出していたな?」


「は、すでに配置は終えております。しかしあの数は……」


女王の問いに答える老年の紳士、ヘンドリクセンの顔色は優れない。


強力な魔導弩砲も、10体を超えるドラゴンゾンビ相手ではあまりに分が悪い。


「一体でも落とせればいい。ネイミリア、お前の魔法もあてにさせてもらうぞ」


「えっ? あ、はいっ」


4人が部屋を後にしようとしたその時だった。


遠くに見える瘴気の柱、その上空に強烈な光の球が出現したのは。


「今度は何事だ……!?」


光の球は第二の太陽のごとくに輝きを増すと、首都全体を青白い光で覆い尽くした。


その光は目を射るでもなく、皮膚を焼くでもなく、むしろ暖かく人を包み込むような力に満ちていた。


やがてその光が薄れ、窓の外が一望できるようになると……


「消えた……?」


首都の空には、腐乱したドラゴンの群も、瘴気の雲も、何も残ってはいなかった。

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