9章 騎士団長の依頼(後編) 01
「セラフィ様、その、動きづらいので離していただけると助かるのですが……」
「まだこのままでお願いします……」
俺の言葉に、『闇の
黒い翼を背に持つ有翼族の幼い少女の身体が微かに震えているのを感じて、俺は説得を諦めた。
「ずいぶんと頼られたものだが、一体何をしたのだ?」
「洗脳を解く時に、一旦ケイイチロウさんのモノにしちゃったからねえ」
「クスノキ殿、セラフィ様が侯爵家の御令嬢であることを忘れないでいただきたいものだな?」
アメリア団長とメニル嬢とニールセン子爵の視線が痛い。
子爵家の応接室で、俺は心の中で無罪を主張した。
街道で『闇の皇子』の軍団を討伐した後、俺たちは急ぎ子爵領に帰投した。
幸い子爵領が『闇の皇子』の軍団の攻撃を受けているということもなく、そのまま領主館に戻ることができた。
俺たちは一連のいきさつをすべて子爵に報告し、セラフィと3人のトリスタン兵の身柄も子爵に引き渡した。
3人のトリスタン兵はひとまず領主館の兵舎でゲスト扱いの軟禁状態に置き、トリスタン侯爵の娘だと判明したセラフィ(子爵が顔を知っていた)は賓客待遇ということになった。
その後、彼女にかけた『精神支配』を解いたのだが、やはり後遺症があり……「私はクスノキ様のモノです……。なんなりとご命令を」とか言うセラフィを見て、子爵一家が一斉に白い目を俺に向けたのは言うまでもない。
正直それだけならまだよかったのだが、なぜか完全に『精神支配』が解けた後も、彼女は俺からなかなか離れようとしなかったのだ。
さすがに夜寝る時にまでついてくるのはメニル嬢に助けてもらって阻止したが、翌日は朝からずっと俺にしがみついたままなのである。
もしかしたら洗脳から解放された時に、妙な『刷り込み』が行われてしまったのだろうか……と思考してみたところで、腕に感じる柔らかい感触がなくなるわけでもない。
セラフィは13歳という年齢に相応しい背格好ではあるのだが、なぜか身体の一部分が不相応に成長を……いや、やめておこう。
ちなみにさすがに昨日着ていたハイレグレオタードは身につけておらず、子爵の御息女の普段着を有翼人仕様にして着ている。
「さすがに昨日の今日じゃお話を聞くのは無理よねえ」
メニル嬢がセラフィの髪に触れながら言うと、セラフィがか細い声で答える。
「……申し訳ありません。まだ混乱していて、何をお話すればいいのかも分からないのです」
「そうよね。大丈夫よ、話せるようになってからでいいから」
メニル嬢が子爵の方を見ると、子爵も頷いた。
「うむ。セラフィ様を保護したとトリスタン侯爵に連絡は送ったが、迎えが来るのは早くても3日後だろう。それまではゆっくりと休まれるがよい」
「……はい、ありがとうございます。ニールセン子爵様には色々とご迷惑をおかけして、大変申し訳ございません」
セラフィが俺の腕をつかんだまま頭を下げる。
「いくつか尋ねたいこともないではないが、それはトリスタン侯爵閣下にお聞きしよう。貴女が気に病むことはない」
「ありがとうございます……」
「さて、私は公務に戻ることにする。クスノキ殿も昨日は活躍されたと聞いている。今日はゆっくりと休んでくれ」
そう言いながら、子爵は俺に意味ありげな目配せをした。恐らく「セラフィから聞けることは聞いておいてくれ」という意味だろう。
俺が
結局その日一日は領主館にてセラフィと話をして過ごすことになった。
どうも彼女は洗脳中の記憶があまりないらしく、自分があの山の中腹でどのような行動をとっていたのかもよく理解していないようだった。
ただ何か、恐ろしいことをしていたような、そんな感覚だけはあるらしい。
家族についても聞いてみたが、彼女の父・トリスタン侯爵も母親も有翼族で、双子の妹がいるとのことであった。
気になるのは、母親はともかく、父親の元にはあまり帰りたくない、ということを遠回しに言っていたことだ。
彼女を『闇の巫』として活動させていたのがもし父トリスタン侯爵だったなら――その可能性は高いが――そう言うのも無理はないだろう。
そういった話をしているうちにさすがに落ち着いたのか、セラフィは腕から離れてくれた。
「……申し訳ありません、ずっと腕をお借りしてしまって。しかしなぜか、クスノキ様にはとても暗く冷たい所から救い出していただいた気がして……離れるとまた同じ場所に戻るのではないかと感じて怖かったのです……」
そう言うと、セラフィは少し恥ずかしそうにうつむいてしまった。
彼女も侯爵家の子女として教育を受けているはずで、はしたないことをしていたと気付いたのだろう。
「お気になさいませんよう。私がセラフィ様にかけられた暗示を解くときに使った術が影響を与えていた可能性もあります。とすれば謝るべきはむしろ私の方かもしれません」
『洗脳』については、『暗示』というソフトな表現で説明していた。13歳の少女に「貴女は恐らく近親者の手によって洗脳されていました」などと言えるはずもない。
「そのようなことは……。クスノキ様はお優しいのですね」
「いえ、それは本当のことですので……」
俺を見るセラフィの顔に微かに笑みを浮かんでいる。多少は精神的にも回復してきたということであろう。
「ところでクスノキ様はハンターでいらっしゃるのですよね?」
「ええ、ロンネスクでハンターをしております」
「私が知っているハンターさんたちとは雰囲気が全然違うので、とても不思議に感じます」
「ハンターと面識があるのですか?」
「ええ、父が強いハンターさんを集めておりますので、館で見かけたことが何度かあります」
「ほう、それは興味深いな。ケイイチロウ殿も強いハンターだからな、気になるところではないか?」
反応したのはアメリア団長。こちらに目配せしているのは「今の話を掘り下げて聞け」という合図だろう。
ちなみに今俺たちがいるのは応接室だが、無論ここにはアメリア団長もメニル嬢もいる。
侯爵家の御令嬢を男と2人きりにしたなどということになれば、最悪子爵が罰せられることになるのだから当然だ。
「確かに強いハンターが集まるというのは気になりますね。どのくらいの数をお集めになっているのでしょうか?」
「私も全員を見たわけではありませんからよくは分かりませんが……。私が見ただけでも50人くらいはいたと思います」
セラフィが首をかしげながら素直に答える。このような少女に探りを入れるのは正直心が痛い。
「ハンターのランクなどはお分かりになりますか?私もそこそこ高いランクなもので、侯爵様が考える高いランクがどの程度かは知っておきたいですね」
「父が話していたのは、1級とか2級とおっしゃっていた方が多かったと思います。父は1段以上がいないか聞いたりしていたようですが……」
「なるほど、それは確かに高ランクですね。どうやら自分は足りていないようで残念です」
「クスノキ様が来て下さるなら私が推薦いたしますが……」
「ああいえ、そのような意味ではないのです。ただ自分の力のなさを落胆しただけですから」
セラフィが真剣な顔をして言うので、さらに良心が痛み始める。余計なことは言うものじゃないな。
「しかしそこまで高ランクのハンターを集めるとなると、何か強力なモンスターでも出現したのですか?」
「いえ、そういうお話ではなかったようです。ただ、最近はモンスターの異常発生が増えている、とは言っておりましたが……」
「なるほど、確かにそうですね」
見ると、アメリア団長とメニル嬢は思案顔で黙っている。
ロンネスク周辺で起きているような異常発生が各地で起きているなら、腕利きのハンターを集めること自体はおかしなことではない。『厄災』が近いという警告も、水面下で王家から各貴族には伝えられていると支部長が言っていた。
しかし通常ならハンターに関しては領内のハンター協会に任せ、領主は領軍に注力するはずだろう。事実ロンネスクにおいて、コーネリアス公爵はそうしている。
とすれば、侯爵は何か別の意図があって……協会を通せない理由があってハンターを集めているということになる。
まだ情報が足りないので何とも言えないが、どちらにしろ今回の件でトリスタン侯爵という人物は、間違いなく何かを企んでいるようだ。
これが前世のメディア作品群でのお約束に近いパターンなら、侯爵の目的はいくつかに絞れるのだが……さすがにそれを理由に判断するのは問題だろう。いくらこの世界がゲーム的であるとしてもだ。
「お話ばかりじゃ飽きちゃうから、セラフィちゃんが大丈夫なら、ちょっと外をお散歩しない?いいお天気だし」
雰囲気が重くなりそうなのを察したのか、メニル嬢がそう提案した。
「はい、気分もよくなりましたし、少しお外にでて気分転換をしたいです」
メニル嬢につられて立ち上がったセラフィだったが、そこで「あ……っ」と言ってバランスを崩し、俺のほうに倒れ込んできた。
その軽い身体を受け止めると、その体が急に激しく震え出す。
「あ、うぅ……っ」
「セラフィ様!?」
顔を青くした少女が、何かに耐えるように必死に俺にしがみつく。
彼女の身体を抱きとめつつ、俺は生命魔法を発動して症状の改善を試みる。効くかどうかはわからないが、何もしないよりはマシだろう。
しばらく震えは続いたが、俺が生命魔法の出力をあげるとその震えはだんだんとおさまっていき、10分ほどで完全になくなった。
症状が落ち着いたのを見計らって椅子に座らせてやると、彼女は力なく背もたれに身を預けた。
「……ありがとうございます。もう大丈夫です……」
「ご無理をなさらず。しかし急にどうされました?」
「わかりません。急に力が失われる感じがして……。以前祈りを捧げていた時に同じような感じになった記憶が……。祈り……?私は何に祈っていたのでしょう……?」
言うまでもなくそれは、今まさに新たな『フラグ』が立ったのだという確信であった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます