15章 勇者パーティ(後編) 01

転送された先はやはりダンジョンの中のようだった。


今立っているのは通路のような場所だが、壁は白を基調として金の文様が施されたもので、どことなく神秘的な感じのする空間である。


ゲーム的にいうと高位の神殿マップのような、そんな雰囲気だ。


「エイミ、大丈夫かい?」


一緒に転送されてきた忍者少女に声をかける。


彼女は立ち上がると周囲を警戒していたが、とりあえず危険がないと悟ったのか俺の方に顔を向けた。


「はい、体調等に問題はありません。ここがどこかはお分かりになりますか?」


「いや、分からないな。とりあえず探索するしかなさそうだ」


直前まで格闘していた『奈落の獣』の姿はどこにも見当たらない。転送直前に倒したのか、もしくは別の場所に転送されたのか、転送途中までは腕の中に感触はあったので、あの場に残ったということはないだろう。いずれにしろ今は確認のしようがない。


ネイミリアたちの方も心配だが、事前に言った通りの行動を取ってくれることを祈るしかない。ボナハ青年と険悪にはなりそうだが、戦力的には勇者パーティの方がはるかに上であるし、どうにかされることはないだろう。これを見越してキース氏にもとりなしを頼んでおいて正解だった。


見ると通路は奥に続いているようだ。先は見えないが、今は前に進む以外にない。


俺はエイミに「奥に行ってみよう」と声をかけて歩き出した。


10分ほど歩いただろうか、『気配察知』に感。先の方にかなり等級の高いモンスターがたむろしている。


「この先、多くのモンスターがいますね。しかもこれは……かなり強い」


エイミが低い声で言う。


「そうだね、最低でも6等級以上か。緊急時だから悪いが俺一人でやらせてもらうよ」


「この数をおひとりで倒せるのですか?」


「問題ないと思う」


通路の先に扉はなく、そのまま先が広い空間になっているのが分かる。十数体の大型モンスターが集まっている以上、かなり広い部屋になっているようだ。


「これは……ドラゴンの群!?」


エイミの言葉通り、部屋というにはあまりに広大な空間に集まっていたのは大小のドラゴンの群だった。


-----------------------------


ドラゴンワーム(成体)


スキル:

剛力 剛体 ブレス(地)

気配察知 風属性耐性

再生


ドロップアイテム:

魔結晶6等級

ドラゴンワームの牙

ドラゴンワームの肉


-----------------------------


-----------------------------


アースドラゴン(成体)


スキル:

剛力 剛体 ブレス(地)

気配察知 風属性耐性



ドロップアイテム:

魔結晶7等級

アースドラゴンの外殻

アースドラゴンの肉


-----------------------------


-----------------------------


ファイアドラゴン(成体)


スキル:

剛力 剛体 ブレス(炎)

気配察知 水属性耐性


ドロップアイテム:

魔結晶8等級

ファイアドラゴンの鱗

ファイアドラゴンの牙

ファイアドラゴンの肉


-----------------------------



ドラゴンワームは手足のない巨大蛇、アースドラゴンは背中の鱗が鎧状に発達した巨大トカゲ、ファイアドラゴンは全身が赤い鱗で覆われた羽付きの巨大首長竜だ。


いやこれ、並の戦力だったら即撤退レベルのモンスター群だ。『王門八極』クラスが5~6人いれば辛うじてなんとかできるか。ゲーム的な感じだとここは隠しダンジョンとか裏ダンジョンとか、そういう場所なのかもしれない。


「クスノキ様、さすがにこれは……」


「大丈夫」


十数体のドラゴンがこちらに気付き、一斉にブレス発射の体勢に入る。これがゲームだったら100%クソゲー判定を食らうだろう。


俺はあらかじめ生成しておいた多数の大口径徹甲弾を『並列処理』スキルと『念動力』で同時多重加速、瞬時にすべてのドラゴンの頭部を吹き飛ばす。


バラバラと落ちるドロップアイテムは即時にすべて収納。


「え……?あの……ドラゴンが……10体以上いましたが……?」


「そうなんだけど、緊急時だから」


「はぁ……いえ、確かに緊急時ではありますが……」


俺の意味不明な言い訳に、普段冷静なエイミが混乱した様子を見せる。確かに自分でも何を言っているのかよく分からないなこれ。


それにしても彼女は俺の力のことはそれなりに知っているはずだが、さすがにドラゴン複数体を瞬殺は衝撃が大きかったらしい。まあドラゴンだもんな、それはそうか。


「先を急ごうか」


「は……あ、はいっ」


仕方ないので強引に誤魔化して先に進む。


エイミは俺の力を見極める任務も女王陛下に命じられているだろうが、分析は後でゆっくりやってもらえばいいだろう。





その後いくつかの部屋で戦闘になったが、出現するのはすべてドラゴン関係のモンスターだった。


ドラゴン関係のドロップアイテムは貴重なものばかりなので、これだけでとんでもない財産である。自分としては美味い肉がいっぱい手に入ったのがありがたい。いや、今はそんなことを言っている場合ではないのだが。


ちなみに繰り返されるドラゴン虐殺劇を前にエイミは初めは目を白黒させていたが、途中から諦めたような表情になり、最後にはいつもの仏頂面に戻ってしまった。インチキ野郎のやることなので、申し訳ないがこればかりは慣れてもらうしかない。


20ほどの部屋を攻略したあたりでさすがにエイミが疲労の色を見せたので、今日は休むことにした。幸い通路にはまったくモンスターが出てこないので、適当に野営の準備をして食事にする。食べるのはもちろん獲ったばかりのドラゴンの肉だ。


「これは先程手に入れたドラゴンの肉……。食べておいてなんですが、今日起こったことがすべて信じられないのですが」


エイミの黒い瞳が探るように、というよりすがるように俺を見る。熟練の王家の密偵もさすがに相当な精神的疲労を感じているようだ。


「ダンジョンに関する情報は王家でもそんなに知られていないのかい?」


「私はその辺りの情報は最低限しか知らされていないので詳しくは分かりません。王家の研究員ならば多くの情報を持っていると思いますが、それでもこのダンジョンの話をしたら驚くでしょう」


「ドラゴンばかりが出現するダンジョンだからね。恐らく相当に異常なダンジョンだろうね」


「クスノキ様はいくつダンジョンを踏破されているのですか?」


「ええと、3つ、かな。どこも『厄災』が関わっていたと思う」


「転送前のダンジョンにも『奈落の獣』がいましたね。あれはどうなったのでしょうか?」


「分からない。転送された瞬間にはまだ俺が掴んでいたと思うから、どこか別のところに転送されたのかもしれない」


「皆のところに行かなければいいのですが……。しかしクスノキ様の身体能力は恐ろしいほどですね。『奈落の獣』を素手で抑えつけるなど、どこまでのスキルがあれば可能なのか想像もつきません」


「かなり高いレベルとだけ言っておくよ。それにあれは『奈落の獣』といっても完全体ではなかったみたいだしね」


少しづつ俺を探る余裕が出てきたみたいなので、これならエイミも大丈夫だろう。


「しかし私が一番不思議に思うのは、今の状況をクスノキ様が事前に予想していたことなのです。予知をするスキルなどがあるのでしょうか?」


「ああそれは……経験の蓄積による予想、かな。スキルとかではないよ」


経験と言っても前世のメディア作品群の経験でしかないのだが、不思議とゲーム的なこの世界ではその知識が生きてしまうんだよな。


「やっぱりエイミから見ても、俺はかなり特殊な人間に見えるのかな?」


そう聞いたのは単に自分のイメージを知りたかっただけなのだが、俺の言葉を聞いてエイミは急に顔を伏せてしまった。


俺が何かマズいことを言ってしまったかと焦っていると、エイミはうつむいたまま恥ずかしそうに言葉を発した。


「……すみません、こんな時にクスノキ様を探るようなことばかり聞いてしまって」


「え?ああ、別にエイミを責めたわけじゃないよ。それがエイミの役目なんだから気にしないさ。むしろこんな時でも自分の役割を果たそうとするのは立派だと思う」


もと仕事人としては、自分の仕事に真剣な人間には自然と敬意を払ってしまうんだよな。敬意と言うより同情に近いのかもしれないが。


俺がなだめると、エイミは恐る恐るといった感じで顔を上げた。その目は、何か不思議なものでも見ているかのようだった。


「そんなことをおっしゃる方はクスノキ様くらいではないでしょうか。普通はわたしのような者はうとまれると思うのですが」


「俺が転送されるときエイミは俺を助けようとしただろ?そんな人間を疎ましく思うはずがないさ」


自分が同じ歳のころ何をやっていたかを思うと、まだ少女と言っていい年齢で王家の密偵をやってるエイミには引け目しか感じないんだよな。さすがにそれを言うのは情けないので口にはしないが。


「さて、食べたら3刻ほど休もうか。いつも通りゆっくり寝るわけにはいかないけど、休まないでいると普段の力が出せないからね」


俺はそう言って床に敷いた毛皮マットに横になる。


まだ何か言いたそうにしていたエイミだったが、身体を横にするとすぐに寝息を立て始めた。


どこでも寝られるというのは本当のようだ。さすが忍者少女と思いつつも、それが彼女の任務に必要なスキルなのだろうと思うと、もと日本人としては複雑な心境になるのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る