12章 首都 ラングラン・サヴォイア(前編)  09

窪地くぼちの底は平坦な地形であった。


近くに複数の巨大な気配。エルフの里、森のダンジョンで感じたものと似ている。『邪龍』の関係者だろう。


もやが邪魔だ……俺は『ヘルズサイクロン』を微風で発動。靄をすべて上空に吹き飛ばす。


姿を現したのは『邪龍の子』が7体、そしてそれらの倍はあろうかと言う巨大な龍。


その巨大龍は四肢が異様に発達していて、先程ローゼリスをさらったのはそいつだと分かる。




-----------------------------

邪龍(幼体)


スキル:

剛力 剛体 ブレス(炎・水・風・土)

四属性同時発動 

気配察知 物理耐性 魔法耐性

瞬発力上昇 持久力上昇 

高速飛行 衝撃波 繁殖

再生 回復 


ドロップアイテム:

魔結晶10等級 

邪龍の鱗 邪龍の角

邪龍の爪 邪龍の牙

邪龍の肉

-----------------------------


ついに『厄災』本体の登場である。


しかし全長だけで50メートル以上ありそうなのに、あれで『幼体』なのか。しかし『幼体』で『繁殖』スキルがあるのは意味不明である。


ともかくも、その邪龍の家族は何故か輪になって、輪の中に頭を向けていた。


輪の中心には黒い人影……ローゼリスが立ち尽くしていた。


二刀を構えてはいるが、巨大なドラゴンに囲まれたその姿はあまりにも頼りない。


一匹のドラゴンが火球ブレスを吐く。それをローゼリスが回避すると、別のドラゴンがまたブレスを放つ。回避されるとそれを見越したようにまた別のドラゴンがブレスを――そのやりとり見ている『邪龍』本体は口を歪め、牙を剥きだしにしている。


笑っているのだ、子どもにオモチャを与えた親が、それで遊ぶ子どもを笑顔で見守るように。


俺は走りながら『雷竜咆哮閃ほうこうせん』を発動、7体の『邪龍の子』のうち、こちらに背を向けている2体を粉砕する。


「ローゼリスッ!こっちへっ!」


黒い人影がこちらへ躊躇なく向かってくる。その背後には、逃げたオモチャにブレスを放とうとする『邪龍の子』が5体。


「ウォーターレイ!」


5本の水柱が伸びブレスをすべて相殺。そのままの勢いで『邪龍の子』を吹き飛ばす。頭まで消し飛ばそうとしたのだが距離が遠すぎたか。


ンギャアアオオオオンンンッ!!


『邪龍』本体が上げた叫びは怒りの声だろう。子を目の前で殺され、吹き飛ばされたのだ。


『邪龍』が飛び上がる。他の5匹もそれに追従した。空に6匹の巨大ドラゴン。まさにファンタジーだ。


「貴方様、ありがとうございます!」


ローゼリスが側に来る。さすがにその顔には安堵がにじんでいた。まだ龍退治は終わっていないが、とりあえず救出は成功だろうか。


「無事でよかった」


「助かりました。あのドラゴンたちはまさか――」


「『邪龍』とその子どものようだ」


「やはり……!」


空中のドラゴンに目を向けると、『邪龍の子』がブレスを吐き出してくるところだった。

巨大な火球や水球がダース単位で飛んでくる。


俺は回避行動に移ろうとするローゼリスを止め、ブレスをすべて念動力で逸らす。


「ブレスが逸れる……!?これも貴方様の力ですか?」


「そうだ。一緒にいてくれ、その方が安全だ」


『邪龍』たちは高度を上げ、こちらの魔法の射程外からさらにブレスを連射してくる。


『瞬間移動』を使って空に上がってもいいが、そうするとローゼリスを守れない。


どうするか――実はこの上空からの攻撃に対する策はすでに考えてあった。エルフの里で射程外に逃げられた経験から、更に長射程の魔法を編み出したのだ。


『魔力圧縮』スキル最大でメタルバレットを生成、直径5㎝ほどの弾丸が手のひらに現れる。


それを念動力で10メートル程の距離を使って多重加速、イメージは映画で見たレールガンか。


音速の10倍を超えるであろう速度で放たれた大口径弾は過たずに一体の『邪龍の子』に命中、その巨体を四散させた。


「今の攻撃は……!?」


「ストーンバレットの超強化版、かな」


俺は連続で長射程メタルバレットを射出、ファンタジー世界を逸脱した超高速実体弾の前に、『邪龍の子』たちは為すすべなく黒い霧に変わっていった。


ンギャアアオオオオンンンッ!!


『邪龍』が再度怒りの声を上げた。俺は構わず超射程メタルバレットを撃ち込む。


弾丸が胴体に命中、鱗と肉を飛び散らせ、『邪龍』の巨体が大きく揺らぐ。


しかしそれでも『邪龍』は空にとどまり続けた。


俺は次のメタルバレットを生成……しかし弾丸が完成するより早く、『邪龍』の口からブレスが放たれた。


極彩色の光の奔流ほんりゅう、四属性が融合したブレス。相殺する余裕はない。


俺はローゼリスを抱き寄せ、『瞬間移動』を発動。300メートルほど後ろに移動する。


一瞬前まで俺たちがいた場所に極彩色の光柱が突き刺さり、その周囲の地面ごと蒸発させた。


避けられたことを悟った『邪龍』がこちらに顔を向ける。


赤く濁った眼が俺をにらみつけ……そして急に頭を巡らせた。巨体が大きくひるがえり、翼が大きく羽ばたく。


「『邪龍』が逃げる……!?」


ローゼリスの言葉通り、『邪龍』は飛び去ろうとしていた。


その後ろ姿に放った長射程メタルバレットは奇妙な動きで回避された。ボス逃亡の強制イベントか。


エルフの里では襲撃イベントにつながったが、今回はすでにかなりのダメージをあたえている。知能が高い所をかんがみるに、成体になるまで『邪龍』は姿をくらますに違いない。


「あの傷なら逃げてもすぐには動けないだろう。今回はここまでだな」


「そうですね。あれを追うにしても組織的な力が必要でしょう。……ところで、いつまでこのままなのですか?」


間近から鋭い眼光で睨まれ気付いた。まだローゼリスを抱えたままであったのだ。しかもあろうことか、俺の手の一部が胸のふくらみに……いや、防具で硬いんですけどね。


「……も、申し訳ありませんっ!」


俺はローゼリスから飛びのくようにして離れ、流れるような動きで両膝を付き、額を地面に擦りつけた。


異世界よ、これがジャパニーズビジネスマンの最終奥義『DOGEZA』だ!





「こちらが新しいハンターカードになります。3段位昇段おめでとうございます」


「ありがとうございます」


俺は協会本部の本部長執務室で、メイド服のローゼリス副本部長から「3段」と刻印されたカードを受け取った。


それを大型デスクの向こうでニヤリとしながら眺めている髭面ひげづらの大男は、ハンター協会トップの一角、本部長レイガノ氏である。


「おう、めでてえめでてえ。これで俺の仕事も少しは楽になるってもんだな」


熊を思わせる風貌の本部長が、よく通る声で軽口を言う。


本部長とは一昨日『邪龍』の件を報告する時に初めて話をしたが、肩書には似つかわしくない豪放磊落ごうほうらいらくな男性であった。


もっともその見た目と言動とは裏腹に、実務家としての能力は非常に高く、逆らわぬが吉……というのが元中間管理職である俺の見立てだ。


「さて、クスノキ。一昨日の報告の件でちょっと話がある。そこに座ってくれ。ローゼリス、済まねえが茶をだしてくんねえか」


促され、俺は備え付けの椅子に座った。


副本部長は本物のメイドさながらの所作でお茶を出し……その後席につくのかと思っていたら、何故か俺の斜め後ろに立った。逃げるのを警戒されてるのだろうか。さすがにそんなはずはないか。


「まずは先日のダンジョン制圧の件は再度礼を言わせてくれ。お前がいなけりゃかなりヤバいことになってた」


そう言いながら大男が対面に座った。頑丈そうな椅子がギシ、と悲鳴を上げる。


「その場にいたので対応しただけに過ぎませんが、お役に立てて何よりです。できれば『邪龍』はあそこで仕留めておきたかったのですが」


「謙虚なようですげえこと言うなあ。『邪龍』を仕留めるとか普通そんな簡単に口にできねえぜ」


本部長が身体を揺すって笑う。だがその目は俺を鋭く射抜くようだ。


「だがま、お前さんがそう言うのも分からんではないけどな。ローゼリスからあの後色々聞いたが、随分と力を隠し持ってるみたいじゃねえか」


「そう……ですね。過ぎた力を持っていることは自覚しています」


「過ぎた力、ねェ。自分で身につけた力に対して使う言葉としちゃ、ちょっと違和感あんなあ」


やはり勘の鋭い男である。


「生まれつき持っていた力がたまたま強力なものであった、ということもありますので」


「なるほど。確かに聞いた事もないような力を持ってるみたいだしな。ま、しかし、ローゼリスやサーシリアから話を聞く限り、その力を持っているのがお前さんでラッキーだったのかもな。そうだろ?」


レイガノ本部長は少し身体を前傾させ、俺を下から見上げるようにしてこちらの様子をうかがう。過剰な力を持つ俺の本意を見極めようというのであろう。


「そう言われるように行動するつもりです」


「ったくソツのねえ男だな。お前さんみたいなハンターは見たことねえわ。なあ?」


本部長は俺の後ろに立つローゼリス副本部長に目を向けた。


「はい、非常に珍しい方だと思います。しかし信用はおけると私は判断しています」


そう判断されてる割にはあれからずっと睨まれてるんだよな。今も後頭部に圧を感じるし。土下座までしたのに……。


「まあ俺も、話してみてローゼリスと同意見にはなってんだけどな。そんなワケで、今後ともハンターとして活躍してくれると助かるわ」


「全力を尽くします」


「『邪龍』の行方に関しては王家が動いてくれる。こっちにもすぐ情報が来るようになってるから、何かあれば支部長のケンドリクスにも知らせる。そっちはそっちで動いてくれ」


「承知しました。支部長の判断にもよりますが、最優先で対応できるようにします」


「頼むぜ。よし、以上だ。次は女王陛下に呼ばれてるんだろ?今回の件で報償がランクアップするかもしれねえから期待しとけよ」


「はぁ……少し怖いんですが……」


「別に食われるワケじゃねえんだ。我が国が誇る女王陛下のご尊顔をありがたく拝んできな」


「……そうします」


俺が執務室を辞すと、副本部長がその後をついてきた。無論後頭部の圧は変わらない。


一階のホールに入り出口に向かうが、後ろの気配はそのままである。見送ってくれるということなのだろうが、相手が副本部長となると何とも恐れ多い。


「この度は大変お世話になりました。今後とも何かありましたらよろしくお願いいたします」


俺は振り返り、まだこちらを睨んだままの副本部長に日本式の挨拶をした。


「ええ、こちらこそ命を救っていただき、大変お世話になりました。今後は何があろうとなかろうとお仕えいたしますのでよろしくお願いいたします、ご主人様」


そう言うとメイド姿の女ダークエルフは隙のない動きで一礼し、奥の方に去って行った。



??


ご主人様?


いやいや、いくらメイド服が似合っているからといって酷い聞き違いである。


……聞き違いだよな?

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る