27章 転生者のさだめ 11
それから数日後、俺は首都を南に下ること3キロほどの平原地帯にゼロと共に立っていた。
朝方ゼロが、
『特殊魔素の異常凝縮を確認。『大厄災』
と警告を発したのだ。
俺は家から女王陛下のもとに転移しその報告をすると、その足でゼロの指定したここにやってきたのである。
「確かにすさまじい量の魔力のうねりを感じるな」
目の前には平原が広がっているが、200メートルほど向こうの上空に不可視の力がわだかまりつつあるのを感じる。
しかし雰囲気としては何かモンスターが出現するというより、ダンジョンが現れる前兆のような感じなんだよな。
もしやここにいきなり隠れダンジョンが現れる、などということになるのだろうか。
じっと待っていると、何もない空間に突如ぽつりと黒い穴が現れ、それが見る間に広がっていく。
縦長の楕円形のその穴は高さ20メートルほどに広がると、それ以上の膨張をやめた。
「ゼロ、あれはなんだ?」
『ダンジョンへつながる境界だと推定されます。内部に超高密度の特殊魔素塊を確認。過去に現れた『大厄災』と形状が一致します』
「ふむ。俺の『気配察知』だとそいつは動いていないように感じるが、ゼロはどうだ?」
『マスターと同様です。『大厄災』は着座姿勢をとっています』
「俺に入ってこいと言っているわけか」
もちろん罠という可能性もあるが、『星の管理者』は自分の力に絶対的な自信をもっているように感じられた。ここで小細工を
「ゼロ、例のモードは?」
『『対大厄災兵器モード』は準備を完了しています。ご命令があればいつでも展開可能です』
「分かった。じゃ、隠しボスのところに乗り込むとするか」
俺はレジェンダリーオーガの大剣と『聖杯刀タルミズ』を両手に持ち、『星の管理者』が待つ隠しダンジョンへ足を踏み入れた。
漆黒の大穴の中は、無数の星が360度全周囲にきらめく暗黒の空間だった。
宇宙空間にいきなり放り出されたような、そんな感じを受ける場所である。
足元からは光の帯のような通路が一直線に奥に延びており、その行き止まりは円形の舞台のようになっている。
その円形のフィールドの中央には背もたれが長い椅子があり、そこに一人の人間……のような『何か』が座っている。
その『何か』が人間大の大きさだとすると、円形のフィールドは直径が200メートルくらいはあるだろうか。
全体的に見て、いかにもロールプレイングゲームのラストバトルの舞台といった感じである。
『マスター、この位置から狙撃しますか?』
「いや、恐らく何らかの力によって無効化されると思う。とりあえずあそこに向かおう」
『無効化……そのような力場は感知できません、マスター』
「ああ、言い方が悪かったな。ゼロの『兵器モード』を使うのは弱点を見極めてからだ。万全を期したい」
『了解しました、マイマスター』
さすがにここで『強制イベント』の話をするとゼロに呆れられてしまいそうだ。俺は適当に誤魔化して、『星の管理者』の方へ足を踏み出す。
光の帯の通路はガラスの上を歩いているような感じだった。一歩足を踏み出すごとに足元の床が光る。よくできたギミックだ。
特に何のイベントもなく、『星の管理者』が座す円形のステージにたどりつく。
中央の椅子までは約100メートル。俺は一度立ち止まって深呼吸をすると、椅子に向かって歩きだした。
『星の管理者』は両腕をひじ掛けに置き、足を組んだまま動かない。
俺が10メートルまで近づいた時、ようやく『星の管理者』は身じろぎした。
『――来たか、理外の異物』
やはり『あの声』だった。『厄災』を倒すたびに語りかけてきた、無機質な中に尊大さを隠さない声。
その姿は近くで見ても人間を模していると感じられた。しかし模しているのは輪郭だけだ。
頭部や胸部、腹部、そして四肢に至るまで、その表面はのっぺりとしていて一切の光沢がない漆黒である。
そして奇妙なことに、その表面には文字列のようなものが浮かんでは消えていく。それも全身にだ。
人間の形をした液晶モニターの表面に、プログラム言語のようなものが無数に表示されている……そんな感じである。
『先のモンスターの氾濫も汝の働きによってすべてが無に帰せられた。汝はどこまで理を歪めれば気が済むのか』
「何度も言っているはずだ。お前の言う『理』が人を害するものであるなら、一切容認はできないと」
『愚か。我も言ったはずだ、人間は増えすぎれば星を
「もしそうだとしてもお前は明らかにやりすぎだ。今回のように『厄災』が同時に出現し、さらに10万を超えるモンスターが現れれば人間は絶滅してしまう」
『それは我の感知するところではない。本来ならば人間はこの星にあってはならぬ存在なのだ。可能ならば絶滅させねばならぬ存在なのだ。それが滅びるならむしろ望むところ』
「それならばなぜ今までそうしなかった。前の文明の時も、その前の文明の時も、やろうと思えばできただろう」
『我に与えられた『理』がそれを許さぬのだ。星の管理を任されたはずの我を阻む『理』が。人間を絶やしてはならぬという『理』が」
そこで『星の管理者』の状態に変化が起きた。表面に浮かぶ文字が激しく明滅しはじめたのだ。
しかしなるほど、確かに『星の管理者』は、さらに上位の何者かによってこの星に配置された存在のようだ。
「ならば今の周期を放っておくのはおかしいだろう。お前は与えられた『理』を無視するのか?」
『我はただ、与えられた権限に沿って最善の結果を求めるのみ。人間を絶やすなという『理』が我を縛るならば、その『理』の支配下にない者に代行させればよい』
「……それは、わざと人間が滅びるような周期を設定したということか」
『それでも人間が滅びることはなかった。むしろ順応までし始めた。まさに星を
「だから前回は無理矢理お前が手を出したのか」
『我を縛る『理』に抵触せぬ程度に数を減らしたのだ。その上で此度は『厄災』そのものにも手を加えたにもかかわらず、汝に阻まれた』
「手を加えた……?」
『そうだ。『厄災』は時がたてば弱くなる。そこは変えられぬ。そこで自らを滅ぼす存在を優先して消滅させるように仕向けたのだ』
そういえば『邪龍』や『悪神』は、自分の弱点を真っ先に潰しに来ていた。
『星の管理者』は、『厄災』が時がたてば弱体化すると言っていたが、そこも食い違ってる気がしたんだよな。どうやら『星の管理者』は本気で人間を滅ぼしたいらしい。
「一つ聞きたいんだが、お前にこの星の管理を任せた者は、『星の管理』だけを命じていたのか?」
『何が言いたい?』
「本当は、この星に生まれる文明を正しい方に導けとか、そういう命令を受けてたんじゃないのか」
俺が指摘したことが図星だったのか、『星の管理者』の表面に浮かぶ文字列が急に崩れ始めた。
いやまあ図星なんですけどね。だって『解析』で見てしまったから。
『――そのような命令は存在しない――我が使命は星の管理――人間の文明は有害――文明の容認は矛盾した命令――そのような命令は存在しない――』
あれ、急に言葉が怪しくなってきた。どうやら『星の管理者』のクリティカルなところにヒットしてしまったらしい。
しかしこれでどうやらこの『星の管理者』……というか『星の管理システム』にエラーが発生していることがはっきりしたかな。
『星の管理』という命令を守ろうとするあまり「人間を滅ぼす」という結論にたどりつき、それが『人間の文明の維持・修正』というもう一つの命令とコンフリクトした、という感じだろうか。
『――理外の異物、汝は我にも害をなす存在。すみやかに排除せねばならない』
「ならば戦うまでだ。ゼロ、『対大厄災兵器モード』起動」
『了解しましたマスター。『対大厄災兵器モード』起動』
ゼロが俺の背後で返事をする。
『――その人形に、我に対する底知れぬ悪意を感じる。破壊が必要か』
『星の管理者』が椅子から立ち上がる。
全身に文字を浮かび上がらせた人型の影、その背中からいくつかの球体が分離して空中に浮かび上がる。その球体もやはり、表面に文字が浮かぶ漆黒の物体だ。
6つの球体が、複雑に移動しながら光弾を連射し始めた。狙いは俺ではなくゼロだ。
俺はゼロの前に立ち、その光弾をすべて両手の剣で弾く。もちろん剣には付与魔法を仕込み済みだ。
なおも打ち込まれる光弾を防ぎつつ、俺は『聖龍
『――異物め』
『星の管理者』の両手の先が伸び、剣のような形をとる。俺と同じ二刀流か。
今度は俺が先制する。『縮地』で距離を詰め、両手の剣を無尽に振るって『星の管理者』に叩きつける。
『星の管理者』は俺の攻撃を両手の剣ですべて受け止めた。俺の『絶対切断』の付与魔法ですら斬れない剣。それだけでも驚異的だが、剣の技量そのものも今まで戦った誰よりも上であった。
『――我と伍するか、異物』
始まるのは、神域の斬り合いか。稲妻を超え、もはや光そのものと化した俺と『星の管理者』は、刹那に互いの位置を入れ替えながら、瞬時に何百と切り結ぶ。
『星の管理者』の身体の一部が弾け、文字が虚空に流れて消える。
俺の腕や足や首の一部が裂け、血が流れる間もなく『生命魔法』が修復する。
互いに致命の一撃を与えず、くらわず、ただひたすら無限の時のなかで剣を振るい続ける。
しかしここでもやはり、拮抗を崩すのはあの力だ。
剣を合わせ、相手を斬り、相手に斬られ、そのたびごとに無限に上がり続ける俺のスキル群。
付与魔法の出力が一気に上がり、両手にある刃はすでに太陽を宿したかのよう。
白く輝く刃は『星の管理者』の剣を圧し、極みに達した『剣術』スキルは黒い人型の反撃を抑え込む。
かたよった天秤は遂に覆らず、俺の剣は『星の管理者』の身体を縦横に斬り裂いた。
『――我が――理――が――』
四分五裂にわかれた『星の管理者』は、それでも消滅する様子はない。
まあそうだろう。イベントを完遂するにはきちんと手順を踏まねばいけないのだ。
『マスター、『対大厄災兵器モード』準備完了。当機に魔力を充填してください』
さすが古代文明のアンドロイド少女、タイミングがよく分かっている。俺はゼロのところに行き、その背中に手を当てた。
「いくぞ」
『魔力充填』最大出力。ゼロの体内に俺の魔力がすさまじい勢いで吸い込まれていく。
ゼロの両手両足のメカ部分が変形し、羽のようなパーツになって展開する。
『魔力充填率――50%――60%――70%』
『――その力は――何だ――我を――排除――』
『――80%――90%――100%』
む、やっぱり120%まで行くのか?
と思っていたら、ゼロは両手を『星の管理者』に向けて構えた。
『チャージ完了。『オーバードライブマギキャノン』――ファイア』
ゼロの両腕の間にとてつもない魔力の渦が生まれたかと思うと、次の瞬間その膨大なエネルギーが可視光となって前方に照射された。
輝く光の奔流は、バラバラになった『星の管理者』の身体を飲み込み、そのままこの空間の果てまで伸びていく。
その滅びの光の中で、『星の管理者』の身体が、文字を溢れさせながら消滅していくのがはっきりと見えた。
『『オーバードライブマギキャノン』――クローズ』
光が消えると、ゼロはそう言ってまさに糸がきれた人形のように崩れ落ちた。
もちろん途中で抱きとめるが、その衝撃で彼女の手足についていたメカ的な部分が剥がれ落ちた。
先ほどの『オーバードライブマギキャノン』とやらを発動したことで焼ききれてしまったのだろう。これが一発兵器の一発兵器たるゆえんか。
しかしまあ、実験段階の兵器がいきなり成功するというお約束をきちんと踏襲してくれてよかった。
「ゼロ、大丈夫か」
『はい、マスター。『オーバードライブマギキャノン』以外の機能は問題ありません。ただし本体機能の復帰までいましばらくかかります』
「そうか。分かった、しばらく休め」
メカが剥がれ落ちた部分は普通に人間の身体のようになっているようだ。こうなるとただのビキニ少女だな。
俺は彼女をかかえてダンジョンの入り口まで『瞬間移動』した。
「ゼロ、済まないがダンジョンの外で待っていてくれ。すぐに戻る」
『マスター? どういうことしょうか?』
「まだやり残しがあるからな」
『やり残しとは――特殊魔素の凝縮を確認、含有エネルギーが以前より増しています――危険です。マスター、この場より離脱をしてください』
「まあまあ、これは予定通りだから」
『予定通り? 意味不明ですマスター』
俺はゼロをダンジョンの外に出すと、地面に座らせてやり、毛布を1枚かけてやった。さすがにビキニ少女をそのままの格好で外には置いておけない。
「ゼロはここで待機すること。動けるようになっても入ってこないように」
『マスターはどうされるのですか?』
「俺は最後の戦いをしてくるから。もし戦いの後に倒れてたりしたら介抱を頼むよ」
『最後の戦いとは?』
「変身した『大厄災』との戦いだよ。これはお約束だから仕方ないんだ」
『『お約束』という言葉も意味不明ですマスター』
まあそうだろうね。でもこれは前世のメディア作品群では定型化されている展開だから避けようがない。
「じゃあ行ってくる」
なおも質問をしようとしたゼロを遮って、俺は再びダンジョンへ足を踏み入れた。
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