13章 首都 ラングラン・サヴォイア(後編)  01

無事3段位へと昇段を果たしたその翌朝、俺は宿の食堂で、なぜかサーシリア嬢に問い詰められていた。


「ケイイチロウさん、昇段審査では随分とローゼリス副本部長と仲良くなったみたいですね?」


彼女は俺が恩賜おんしの儀を終えるまでは本部詰めになるらしい。昨夜はその関係で遅くなったとかで今朝数日ぶりに顔を合わせたのだが、最初からやたらと不機嫌であった。


「そうかな……。確かに最初の嫌われていた頃よりはマシになったみたいではあるけど」


「模擬戦ではかなり力の差を見せつけたとか」


「え?いや、勝ったことは勝ったけど、見せつけるほどではなかったと思うよ。まあ相手がどう思うかだから何とも言えないけど……」


「ふぅん、美人が相手だから張り切ったんですね」


半目から覗く視線が冷たい。


もしかしたら俺が副本部長と懇意こんいになろうとしていると思われているのだろうか。女子が「教師や上司が誰誰を贔屓ひいきしている」というのに敏感であると、俺は経験から知っている。まあサーシリア嬢も副本部長も、俺の生徒でも部下でもないのだが。


「いや、そういうことはないと思うよ。美人は毎日見ているからね」


俺は渾身の力を振り絞って、目の前の怒れるやり手受付嬢を誉めてみた。セクハラと紙一重の捨て身の攻撃、正直バクチであるが、まずは彼女の感情を鎮めることが先である。


「そうですね。ケイイチロウさんの周りには美人も美少女もたくさんいますから」


「毎日見ている美人は一人しかいないけど」


「そっ、それは……分かりました、そういうことにしておきます」


サーシリア嬢が急に顔を赤くして言葉に詰まった。


一度かわされかけたが、上手くやり返せたぞ。これで戦況は五分五分である。


「で、でも……っ、副本部長に『一緒にいてくれ』とか言ったと聞きましたけど?」


「そんなこと言ったかな。ああ、それはモンスターのブレスを避ける時に……」


五分に戻ればあとは理詰めで何とかなる。俺は何とかサーシリア嬢の誤解を解くことに成功した。





機嫌の直ったサーシリア嬢を協会まで送ると、俺はそのまま首都の図書館に向かった。


想定外のイベントに遭遇したものの、審査の日程自体はほぼ予定通りだったため、恩賜の儀まではまだ一週間程の余裕がある。


もともと時間があれば図書館で情報収集をするつもりでいたので、これは想定内の行動というわけだ。


大通りを商業区から中央区の方に歩いていくと、往来にあふれていた人の姿が次第に減っていき、行き交う人間の身なりもどことなく上品なものに変わってゆく。場所によって活動する人の層が変わるのはどの世界でも共通であるらしい。


しばらく行くと中央に噴水のある広場に出た。噴水の周りにはベンチが備えられ、上品そうなマダムが座って談笑していたり、老齢の男性が孫と思われる子どもと一緒に座って何かを飲んでいたりしている。ここを通り過ぎれば図書館が見えてくるはずだ。


俺がそのまま進もうとすると、右から人が歩いてきた。見ると、つばの広い帽子を目深にかぶり、美しい金髪をなびかせた少女が前を横切ろうとしている。


このまま進むと近づきすぎる――おじさんは自衛のために不用意に少女に近づいてはいけないのだ――と思い、俺は少し歩を緩めた。


「あ……っ」


すると目の前でその少女が急に小さな声を上げ、足をもつれさせて倒れた。


さすがにこの状況で何もしないのは不人情である。俺は近寄ってその少女に声をかけた。


「大丈夫ですか?どうされましたか?」


「ありがとうございます。急に立ちくらみをいたしまして……」


「取り合えずそこのベンチで休まれた方がいいでしょう。立つことはできますか?」


「足に力が入らず……。手を貸していただければ何とか」


「分かりました、では失礼いたします」


俺はその少女の手を取り、ベンチまで移動させ座らせる。


少女は座ると、背もたれに身体を預けながら安心したように息を吐いた。


改めてその少女を見る。


金髪碧眼の、絵にかいたような深窓の令嬢である。


歳は10代後半だろうか。


金糸のような髪が腰まで流れ、肌は抜けるように白く、伏せがちな目には透き通るような青の瞳が揺れている。


服は比較的質素なワンピースだが、肌の露出が少なく、顔を隠すように帽子をかぶっている辺り、どう見ても通りを一人で出歩くような身分の少女であるとは思えない。


しかもお約束のように、彼女は強烈な「わたくしはメインキャラクターなのでございます」的キラキラオーラを周囲にふりまいていた。


「ありがとうございます。助かりましたわ」


「いえ、ご婦人に手を貸すのは男の務めですのでお気になさらず」


そこでふと気付いたのは例の『気配』。しかも複数。


あの少女忍者とその仲間が近くにいて、俺を監視しているのだろう。


もしあの少女忍者が予想通り王家の密偵であるなら……それに気付いた時、俺は今自分が置かれた状況に恐怖した。


まさかとは思うが……『街中で、お忍びで出歩いている王家の令嬢と偶然出会う』みたいな、ベタベタの上にベタベタを重ねたイベントじゃないよな、これ。

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