9章  騎士団長の依頼(後編)  04

戦闘のあと、俺は『千里眼』を使い街道を北の方まで偵察し、特に問題ないことを確認して子爵の館まで戻った。


守備隊や子爵が率いていた先行部隊の兵士たちは、子爵令嬢2人の戦女神もかくやという活躍を目にしてかなり興奮していたようだ。


まあそれだけに婚約相手(偽)の俺への視線は厳しくなったのも事実だが……結果として俺の力を子爵領の衆目にさらさずに済んだのは良かったかもしれない。


また7等級を討伐して褒賞授与などになったら面倒なことこの上ないし。


ちなみに騎士タイプからドロップした『闇騎士の槍』を俺がもらう代わりに、魔結晶についてはすべて子爵に渡すことになった。


実は魔結晶は戦闘用の魔道具などにも大量に使うらしく、今回のものはそちらに転用するとのことであった。


『厄災』の前兆の氾濫などのせいで魔結晶が大量に出回り、値崩れなどを起こすのではと密かに心配していたのだが、戦争時は魔結晶の需要が跳ね上がるとのことで、それはどうやら杞憂に終わりそうだった。


もっとも、『厄災』との戦争状態になるのは全く歓迎できないことなのだが……。





翌日の午前、俺は美人姉妹とともに子爵の執務室に呼ばれ、前日の侯爵との会談の詳細などを聞かされた。


子爵の話では、


・セラフィの『闇のかんなぎ』に関わる話は一切出なかった。


・セラフィはあくまでお忍びで遊覧に出かけ、賊に追われあの地に逃げたという話になった。


・ケルネイン子爵及びその長子ボナハとのいざこざについては、当人たちから正式に謝罪があった。


・ボナハについては、アメリア団長、メニル嬢ともに婚約者(俺のことだ)がいるとのことで正式に断った。


という事であった。


『闇の巫』についてはこちらも確たる物的証拠があるわけでもなく、またケルネイン親子の謝罪という侯爵の『手土産』のせいもあって、子爵側としても譲歩せざるを得なかったようである。


恐らくセラフィという肝心の『物的証拠』を、侯爵自らが策をろうして奪還しにきたというのが今回の会談の真相だろう。


問題は、侯爵がセラフィを使って『闇の皇子』の兵を召喚して、何をしたかったのかということなのだが……。


「子爵様、もしくは子爵様の領地そのものが狙われたということでしょうか?」


俺が言うと、子爵は深いため息を吐いて頷いた。


「昨日の襲撃を見る限り、そう考えるのが妥当としか言いようがないな。貴殿や娘2人がいたので大事にはいたらなかったが、あの場に貴殿たちがいなければ、最悪この領を放棄するまでの話になっていただろう」


領地を持つ貴族には領軍を持つ権利と義務が与えられるが、子爵は多くても千五百程度の兵力しか持てないらしい。


子爵クラスの高レベル者が複数いなければ、7等級に率いられた4等級のモンスター千体を相手にするのはほぼ不可能だろう。


「侯爵派であるケルネイン子爵の嫌がらせも、街道から我々の目を逸らさせるため……そう考えれば合点がいく。正直なところ、『厄災』復活を間近にして侯爵の野望に火が付いた、という可能性が一番高い」


「トリスタン侯爵が野心家だというのは有名なのですか?」


「うむ。彼の家は先祖代々野心家の家系でな。王家もずっと注視しているようだ。近々何か動きがあるだろうとは思っていたが、まさか『厄災』そのものを駒として利用するとは想定外だった」


子爵は瞑目めいもくし、背もたれに身を預ける。


歴史書を紐解く限り、『厄災』は人智を越えた存在であると思われているようだ。それを人が利用するというのは、さすがに想像を越えている……と言いたいところだが、しかし前世のメディア作品群ではそう珍しい設定でもないんだよな……。


「一連の動きに関してはワタシの方から女王陛下にお伝えするわ。お父様はまず領地の防衛力を上げることに注力してね」


メニル嬢も口調こそいつも通りだが、声のトーンにいつもの軽さはない。


「そうさせてもらおう。案ずるな、私も軽挙妄動けいきょもうどうをするつもりはない。どちらにしろ侯爵相手ではこちらも動きようがない。アメリア、お前はこのことをコーネリアス公爵閣下に伝えてくれ。今回の件が私個人への攻撃ならばまだよいが、公爵派への攻撃ということになれば警戒すべき範囲が広がってくる」


「承りました父上。必ずお伝えします」


「頼んだぞ。そしてクスノキ殿、この度は本当に助かった。貴殿がいなければ侯爵の思う通りに事態が進行し、この領地も娘たちも無事では済まなかったろう。この礼は十分にさせてもらう。そして願わくば、これからもアメリアとメニルに力を貸してやって欲しい」


子爵は椅子から立ち上がると、深く頭を下げた。


俺も慌てて立ち上がり、合わせて礼をする。礼には礼で返すのが、ジャパニーズビジネスマンの本能である。


「お気になさらずとは申しませんが、この度の事はご縁があってしたことです。私としてはただこの場にいたことを幸運に思うのみで、子爵様におかれましては過分にお考えになりませんようお願い申し上げます。御息女に関しましては、私の力が及ぶことであれば協力は惜しみませんのでご安心ください」


何と言うか、貴族様に頭を下げられたら元日本人としてはこう返すしかないのである。


ここまで深くかかわってしまった以上、義理や人情が生じるのはもはや避けられない。それを本気で避けたいと願うなら、それこそ無人島でスローライフでもするしかないだろう。


「お父様、大丈夫よ。だってケイイチロウさんはワタシ達の婚約者なんだから。ねっ?」


「うむ、そうだな。婚約者をないがしろにするような男ではないからこそ、共に来てもらったのだしな」


赤毛のキラキラ美人姉妹がそんなことを言うと、子爵も「そうであったな」とか言って俺を意味ありげに見ている。


しかしここは突っ込んだら負けである。俺はあくまで偽の結婚話をでっちあげるために来ただけの道化に過ぎない。


最後までその役を貫くことが、このイベントを大過なく終える条件であると、俺の勘がささやいていた。

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