9章  騎士団長の依頼(後編)  03

北の街道の街との境界には、早くも子爵領の守備隊が陣を築いていた。


といっても守備隊の兵数は100にも満たない程度であり、陣と言うよりただ隊伍たいごを整えて、街道の向こうを睨むばかりである。


兵たちの練度そのものは無論高そうではあるが、槍と盾を手にする彼らの顔色は優れない。


それもそのはず、街道の向こうからは軍勢と呼ぶにふさわしい異様な集団が、隊列を組んでゆっくりと押し寄せてきているからだ。


赤黒い瘴気しょうきを立ち上らせたその軍勢は、言うまでもなく先日戦った『闇の皇子』の兵で間違いない。


赤黒い鎧をまとった巨躯の兵はおよそ千体、そのリーダー格は10体はいるだろうか、さらに最後尾には、人と馬が一体化したような、ちょうど神話のケンタウロスの騎士版のような巨大なモンスターがいる。


「守備隊の隊長はいるかッ!」


アメリア団長が叫ぶと、守備隊の中から体格のいい兵が走ってきた。


「はっ、北面守備隊隊長のケアンズでありますっ!」


「素早い対応ご苦労!現在ニールセン子爵が軍をまとめてこちらに向かっている最中である。本体が到着するまでは我らで持ちこたえるしかない」


「はっ!」


「今こちらに向かっているモンスターはすべて4等級以上のモンスターである。貴殿らは4等級にはどう戦うよう訓練をしているのか?」


「4等級」と聞いて、兵たちに一瞬だけ動揺が走る。それはそうだ、上位種相当のモンスターが軍勢となって押し寄せてくるなど、一般には悪夢でしかない。


「はっ、必ず3対1で当たるよう訓練をしております」


「うむ、では訓練通りに当たるように。我ら3人、このアメリアと、『王門八極』のメニル、そしてハンター2段のクスノキが先行して奴らを間引く。漏れた敵を確実に仕留め、街に入れないようにしてもらいたい」


「3人で……でありますか?いえ、はっ、漏れた敵を確実に仕留め、街への進入を阻止いたします!」


「頼む。それでは我らは参る」


アメリア団長の合図で、俺たちは守備隊の陣を越え、『闇の皇子』の方に走り出した。


「ケイイチロウ殿はあの数相手でも余裕か?」


「多分なんとかできると思う」


「もはや呆れるしかないが……今回は何体かは討ち漏らして守備隊に回して欲しい。『厄災』が現実のものとなった以上、彼らにも経験を積ませないとならん」


「わかった。アメリアさんの言う通りにしよう」


これが実戦である以上、殲滅せんめつできるのにしないというのは問題もあろう。しかし確かにアメリア団長が言うことももっともではある。


我々のような高レベル者が常にいるとは限らないのだ。今の内に守備隊が彼ら自身の力で4等級以上のモンスターとある程度戦えるようにならなければ、後で苦しむのは彼ら自身である。


「さすがにこの数だと、私の魔力は途中で尽きちゃうかもしれないわねえ。アイツら魔法が効きにくいし。ねえケイイチロウさん、何とかならない?」


メニル嬢がこちらを見てニヤッと笑う。何を期待しているのか分からないが……瘴気は恐らく神聖魔法で消せそうな気はする。それに魔力の譲渡は、試せばこれもできるのではないだろうか。


「瘴気は多分消せるんじゃないかと思う。あと俺の魔力をメニルさんに渡すのも試してみよう」


「じゃあ遠くから魔法撃ちまくるから、魔力が減ったら補充してもらえる?」


「了解した」


「ではこの辺で止まってみるか?」


アメリア団長の提案で、軍勢から300メートル程手前で停止する。


「セイクリッドエリア」


俺が神聖魔法を発動すると、『闇の皇子』の軍勢から立ち上る瘴気が一気に薄まった。


「フレイムバーストレイン!」


メニル嬢の杖から多数の火箭かせんが拡散しながら放物線を描いて軍勢の前面に飛んでいった。


その火箭は着弾と同時に爆発、まとめて鎧兵を吹き飛ばし霧に変えていく。


メニル嬢はその魔法を連続で発動、絨毯じゅうたん爆撃にも似たその魔法攻撃は軍勢を2割ほどを削っただろうか。


「魔法は効きやすくなったんだけど、魔力の方がそろそろヤバいかも。ケイイチロウさんお願いっ」


メニル嬢が肩で息をしながらこちらを見る。


俺は彼女の背に手を当て……そうした方がいいと感じたのだ……自分の魔力を彼女の身体に浸透させるイメージ。


手のひらがジワリと暖かくなり、その熱がメニル嬢の背中に吸い込まれていく。


「あ……ん……すごい……っ。ケイイチロウさんが入ってくる……っ」


何かもだえながら色っぽい声を出しているが……目が笑ってるからあれは演技だな。さすがにメニル嬢との付き合い方が分かってきた気がする。


「2人で何をやっているのだ?」


アメリア団長が白い目で見る。妹君のたわむれだって分かってますよね?


「私に対する補助はないのか?」


あ、そっちか。う~ん、補助と言われても……


「……ああ、付与魔法ならできるかもしれない」


付与魔法を発動、アメリア団長のミスリル製の剣の刃が赤く輝き、ブオォォンという音を発し始める。


「ほう、これはかなりの力を感じる。どのような効果があるのだ」


「切断力の強化かな。切れすぎるので注意してくれ」


「ほほう、おもしろい。クリステラの『羽切』みたいなものか」


美人女騎士の目がキラキラ輝く。妙齢の女性がこういう時に子どもみたいになるのはどうなのだろうか。


などとやっている間に、一斉に突進してきていた『闇の皇子』の兵が目の前に迫ってきた。


アメリア団長はそれを見て突撃していく。接敵した瞬間、赤熱した剣によって目の前の鎧兵がまとめて一刀両断にされていた。俺は危険なモノを彼女に与えてしまったかもしれない。


とはいえアメリア団長が獅子奮迅の活躍をしようと、一人ではすべての敵を切り伏せることはできない。


俺はメニル嬢に魔力を渡しながら、メタルバレットで近づく鎧兵を四散させていった。


「スパイラルアローレイン!」


魔力が回復したのかメニル嬢が炎の矢を連続で射出、迫る鎧兵を嵐のような勢いで薙ぎ倒していく。


「すごい、いくら撃っても魔力が減らないっ!」


魔法を発動するそばから魔力供給を受けているメニル嬢は、固定砲台のように魔法を乱れ打ちし始めた。


前方ではアメリア団長が目の前の鎧兵を次々と両断しながら駆け回っている。6等級のリーダー格すら瞬殺する姿は、まさに戦女神といったところか。


しかしそれでも『闇の皇子』の兵の数は多く、10体以上が守備隊の方に走っていった。


もっともそれは当初の予定通りであるので無視。


問題は6等級のリーダー格と人馬一体型の総大将格のモンスターだが、すでにリーダー格は俺の補助を受けた美人姉妹の敵ではなく、10体いたはずが残り2体になっている。




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闇の皇子の兵士(騎士長) 


スキル:

気配察知 剛力 剛体 

不動 突撃 闇属性耐性

闇の瘴気

    

ドロップアイテム:

魔結晶7等級 闇騎士の槍


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人馬一体型はやはり騎士扱いらしい。


『突撃』と言うスキルは気になるが、7等級では恐らく今の姉妹の敵ではないだろう。


気付くとリーダー格2体と20体ほどの鎧兵がが守備隊の方に向かうところであったが、振りかえると子爵率いる先行部隊が合流していたので、そちらは任せることにする。


少なくとも手練れの子爵は6等級程度なら難なく撃破できるはずだ。


「デカい騎士型は7等級だ!」


一応2人に知らせると、アメリア団長が騎士タイプに向かって走っていく。


「一応援護しましょ。グランドファイアランス!」


電柱ほどもある巨大な炎をまとった岩の槍が轟音と共に3本射出される。


騎士タイプは直前で回避したが、時間差で着弾した1本をよけきれずに体勢を崩す。


そこに赤熱の軌跡が一閃、騎士タイプは首を失い、全身から黒い霧を吹き出して消滅した。


守備隊の方を見ると見事な連携で残敵を掃討しており、リーダー格も子爵に首を落とされていた。


「ケイイチロウ殿、この付与魔法は凄まじいな。鎧すら何の抵抗もなく斬れるぞ」


戻ってきたアメリア団長は興奮冷めやらぬように、赤く輝く刃を見つめている。


「はぁ、疲れたわぁ。少し休ませてねっ」


一方でメニル嬢は何故か俺にしなだれかかってくる。


かなりの戦いをしたはずなのだが、この緊張感のなさは何なのだろうか。


ともあれトリスタン侯爵が裏で糸を引いていたであろう危機は、ひとまず退けたようであった。

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