9章  騎士団長の依頼(後編)  05

その翌日、子爵から報酬を受け取った俺は、アメリア団長と共にロンネスクに戻ることにした。


もともと早く戻れとコーネリアス公爵に言われていたこともあるし、長く家を空けるのもアビスの面倒を見てもらってるサーシリア嬢やネイミリアに申し訳ない。


もちろん子爵領での一連の騒動をアメリア団長が報告するという重要な任務もある。


子爵一家には引き止められたが、その辺りの話をして急ぎ出立することになった。


なお、サーシリア嬢とネイミリアの話になった時、子爵に「意外に手が早いのだな」とニヤリと笑われたのは失敗だった。弁解したが……多分誤解は解けていないだろう。


一方メニル嬢はもう1~2日様子を見て、それから直接首都ラングランに向かうらしい。


彼女はその言動から忘れがちだが、『王門八極』という女王直属の武官である。


俺の力を見定める任務も帯びていたようだが、今回の一件でさすがに見せすぎた感は否めない。


まあもう見せるものは見せると心を定めたので、ある程度は諦めた。そのうち王家からアプローチがあるのかもしれないが、その時は公爵閣下に相談するしかないだろう。


『厄災』の足音が聞こえる中で有力貴族の陰謀に関わってしまった以上、より長いモノに巻かれておくのは処世術としては間違っていないはずだ。





さて、ロンネスクまではいつもの通り爆走したわけだが、特に何事もなく領内に入ることができた。


そして城塞都市が見えてくるまであと数キロというところで、俺たちは見覚えのある『現象』を目にした。


前方右……南側にある山の頂上から赤黒いもやが吹き上がり、それが傘状に広がって消えていったのだ。


「ケイイチロウ殿、あれはもしや『闇の皇子』の軍勢召喚の時の瘴気しょうきでは!?」


「可能性は高そうだ。あれが侯爵の手によるものかどうかは分からないが、あの山の向こうはロンネスクだったはず。そこに向かわれたらまずいな」


「ロンネスクが早々に落ちることはなかろうが、街道にも人は多い。急いだ方がよさそうだ」


アメリア団長に頷き返し、走るスピードを上げる。


侯爵の手によるものなのか確認をしたいが、瘴気が立ち上った山は『千里眼』のドローンモードを使うには遠すぎる。


しかし、もしあれが『闇のかんなぎ』による召喚なのだとしても、昨日子爵領を去ったばかりのセラフィが1日でここまで来るのはさすがに無理がある。


ならば『闇の巫』が複数いる可能性も考えねばならないだろう。セラフィは双子の妹がいると言っていたはずだ。


走ること10分ほどで、俺たちはロンネスクの城壁が視認できるところまで来た。


やはりロンネスクに向かう街道には人や馬車が多く行き交っており、もしここに『闇の皇子』の軍勢が現れたら相当な被害が出るだろう。


と、遠くに見えるロンネスクの西門周辺が、急に慌ただしい動きを見せ始めた。


門の中から守備兵が多数現れ、街道を歩く人や馬車を門内に誘導し始めたのだ。


誘導された人々は急ぎ足で城壁の中に入っていくが、一部がパニックを起こしたように動いているところからして、かなりの脅威が迫っていることがうかがえる。


それを証するかのように、先程瘴気が立ち上った山の方角、その裾野に広がる森から、赤黒い瘴気を立ち上らせた鎧兵の集団が、ぞろぞろと街道に姿を現した。


彼らは一旦街道上で隊列を整えると、ロンネスクの西門に向かって行進を始める。


その数は見る間に増えていき、子爵領の防衛戦で相対したのと同程度、千体ほどの集団になった。


その中には6等級のリーダー格が十数体、そして7等級の巨大騎士型1体の姿も見える。


『闇の皇子』の軍勢は全員が揃うと行軍の速度を速め、急速に城壁に迫り始めた。


城門前にはまだ人や馬車の姿があり、都市内への収容が終わっていない。


避難の誘導に当たっていた数十人の守備兵が食い止めようと出てくるが、あれでは焼け石に水にもならないだろう。


城壁の上に並ぶ守備兵……恐らく魔導師だろう……による『ファイアランス』の射撃が開始された。


何体かの鎧兵が貫かれて消滅するが、瘴気によって威力が減殺されているため思ったよりも効果がない。


こちらも全力で走っているが、今のままだと俺の魔法の射程に入る前に、『闇の皇子』の軍勢が城門にたどり着いてしまう。


一気に距離を詰める方法はないか――困った時の超能力――『瞬間移動』か!


俺は走りながら意識を集中、自分の身体が『闇の皇子』の軍勢の上空に現れるイメージ。


瞬間……身体が宙に浮くような感覚と共に、俺の視界が一気に開けた。


眼下には赤黒い鎧兵がアリの大群のようにうごめいている。


まさかの『瞬間移動』の成功、俺の身体は今上空にあり、まさに自由落下を始めるところであった。


「セイクリッドエリア!フレイムバーストレイン!」


俺はすぐさま闇の瘴気を神聖魔法で掻き消すと、メニル嬢が使っていた炸裂弾魔法を『並列処理』で多重発動。


百本を超える火箭が次々と地表に着弾、連鎖的に巻き起こる爆発が鎧兵たちをまとめて粉砕し、蹂躙じゅうりんする。


リーター格ですら粉微塵に吹き飛ばすその炸裂魔法は騎士型にも大ダメージを与え、行動不能になっていたその騎士型を、俺は着地際にオーガの大剣(付与魔法付き)で唐竹割りにした。


なお高すぎるレベルと『衝撃耐性』スキルのおかげで、予想通り着地の衝撃はないに等しかった。こんなこともあろうかと、事前に高所からの落下耐性を試験しておいたのだ。


俺がドロップした『闇騎士の槍』と7等級の魔結晶を拾っていると、アメリア団長がようやく追いついた。


その顔は驚きより、呆れの感情が強く現れている。


「いきなり目の前から消えたと思ったら、空から出現して敵を一瞬で殲滅せんめつとは……。もはや何を言っていいのか、というより自分の目を信じていいのかどうかすら分からなくなるな」


「自分でもあんなことができるとは思わなかった。火事場の馬鹿力って奴だな」


「かじばのばか……?」


「ああ済まない、俺の国の言葉なんだ。人間追い詰められると思わぬ力を出すことができるという意味だよ」


「確かに危機一髪ではあったが……。貴殿の場合そういう話でもないような気がするのだがな」


溜息をつく美人騎士団長に苦笑いを返しながら、俺はようやく今回のイベントが終わったのだろうという感覚を得ていた。


『闇の皇子』復活にくわえて、『厄災』に乗じて暗躍する野心家の貴族・トリスタン侯爵との初邂逅かいこう……ラブコメ風味で始まったはずなのに、終わってみれば随分と重い話になったものだ。


そんなことを考えていると、城門から守備兵や騎士団やハンター達が現れた。


炸裂魔法で穴だらけになり、魔結晶が大量に散らばる城門前の様子を見て、彼らはしばし呆然としていたのだった。

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