8章  騎士団長の依頼(前編)  01

「『悪神の眷属』の討伐、および8等級魔結晶の献上の功により、貴殿に騎士爵の位を授けるものとする」


ダンジョン攻略から数日後、ロンネスク領主コーネリアス公爵閣下の館で、俺は陞爵しょうしゃくの儀に臨んでいた。


ダンジョンでの『悪神の眷属』討伐の功績に関してはさすがに『王門八極』に押し付けるわけにもいかず(というかそれとなくお願いしたらすっぱりと断られた)、8等級の魔結晶とともに支部長に報告した。


その時の支部長の俺を見る目が何となく熱を帯びていたような気がするのだが……なるほどこういうことかと納得である。


いやしかし、確か一週間ほど前に叙爵されたばかりだと思うのだが、いくらなんでも昇進のスピード感がおかしいと思う。


公爵閣下の俺を取り込みたいとの腹積もりは叙爵の話があった時点で分かっていたが、それでもこれは前例を完全に無視してるのではないだろうか。


「併せて、貴殿をハンター2段に認定する。今後も我が領、そして民のため、その力を尽くしてもらいたい」


「は。謹んでお受けいたします。この御恩に報いるため、微力ながら我が身を尽くす所存にございます」


俺はこうべを垂れたまま型通りの宣言を行った。


前回よりも列席している貴族様方の視線が痛いのは、そろそろ俺が『使える』人間であると判断し始めているからだろう。


自分としてはインチキ能力が元で期待されたりするのは非常に心苦しいのだが……しかし利用する側にとって重要なのはその能力があるどうかだけだ。


まさかハニートラップとか今後遭遇することもあるんだろうか。一応覚悟はしといた方がいいのかも知れないな。あ、胃が……。


儀式が終わり、みぞおちあたりに締め付けるような感覚を覚えながら領主様の館を出る。


「この度はお祝い申し上げる、クスノキ卿。もし可能ならこの後相談をしたいことがあるのだが、いかがだろうか?」


目の前に現れたのは騎士の礼服をビシッと着こなしたキラキラ美人騎士団長。


普段の鎧姿だと分からないが、彼女は背の高さもあってスタイルが抜群にいいので非常に目にまぶしい。


ん?というか、まさか最初のハニートラップはアメリア団長?


もしそうならハニー成分が多すぎて獲物が溺れ死ぬレベルなんですが。






アメリア団長に案内されたのは、なんと都市騎士団駐屯地の近くにある彼女の家であった。


彼女は確か一人暮らしだったはずで、その家に俺のような男が入っていいのだろうか……と思っていたら、その家には『王門八極』の一人、メニル嬢もいた。


メニル嬢は初めて会った時に既視感を覚えたのだが、それもそのはず彼女はアメリア団長の妹御いもうとごであった。


なるほど一対一でないならば問題ないな、と納得したのだが……その考えはきれいに粉砕された。


今俺は、騎士団団長の住まいとしてはかなり質素な家の、居間のソファに座っている。


「クスノキさん騎士爵おめでとっ!さすが師匠だよね~」


右を見ると、真紅の髪をツインテールにしたキラキラ超絶美人がニコニコしながら座っていて、


「うむ。しかし準騎士爵からわずか一週間でとは、領主様としてもかなり横車を押されたようだな」


左を見ると同じく真紅の髪をポニーテールにしたキラキラ超絶美人が、こちらはちょっと緊張?した顔で座っている。


「あの、どうして3人で座っているのでしょうか?」


「えっ?座りたいから?」


メニル嬢がぎゅっと身体を寄せてくる。


「こ、この方が話がしやすいかと思ってな」


アメリア団長はさらに緊張した面持ちで硬くなっている。心なしか顔が赤いような……いや、女性の顔をじろじろ見るのは失礼だな。


「はあ、分かりました。それで、アメリアさんの相談とは?」


「それなんだがな……。その……ケイイチロウ殿にお願いがある」


「へ~、アメリア、ケイイチロウで呼び合ってるんだぁ」


メニルさん、耳元で変なことをささやくのはやめていただきたい。あとその異様に柔らかいモノを押し付けるのもおやめいただきたい。胃に深刻な追加ダメージが入ります。


「実はだな、私は2日後に一度家に戻らねばらななくなったのだが……。家と言うのはロンネスクから西にあるわが父の領地にあって、そこに戻るのだが……」


「アメリアさんのお父上は領地を治める貴族様でいらっしゃるんですね」


「そうだ。ニールセンは子爵家なのだ。それでだな、私は以前から父に言われていることがあってな……」


「アメリア姉は結婚相手をさっさと連れてこい、ってずっと言われてるのよねっ。実はワタシもだけどっ」


「なるほど……。しかしアメリア団長ならばそう難しい話でもないような……ああでも男女の話はそう簡単ではないですね」


「うむ。まあそれは良いのだ、私は今のところ結婚などするつもりはないからな。ただ父の方はそうもいかなくてな。どうやら別の子爵家から、私を嫁によこせと迫られているらしい」


「子爵……同等の爵位ならば、突っぱねることもできるのでは?」


「それが領地に起きた問題が元で、断るのが難しいのだそうだ。ただ向こうもさすがに私に相手がいれば諦めるだろうと言う話でな」


「確かにそうでしょうね」


「そこでメニルとも話し合ったのだが……仮の結婚相手を紹介してやり過ごしたらどうかという話になってな」


ふと見ると、アメリア団長の顔が髪と同じくらい赤い色に染まってる。普段の凛々しさが微塵もなくなったその顔を見て、俺の胸の内にある予感が……しかもすごく悪い予感が膨らんでくる。


「でも、アメリア姉は昔から自分より強い男としか結婚しない、って言ってたから、誰でもいいって訳にもいかないのよね~。あ、もちろんワタシもねっ」


メニル嬢の脇腹ツンツン攻撃に耐えつつ、俺はアメリア団長の次の言葉を待った。


さすがにこの予感は外れて欲しい、外れて欲しいが……。


「相談と言うのは、ケイイチロウ殿に、私の仮の結婚相手となってもらいたいということなのだ。こんなことを頼めるのは、私より強く、なおかつ人として信頼できる貴殿しかいない。礼については、私個人ができる範囲で、可能な限りのことはする。どうか頼まれてはくれまいか」


顔を真っ赤にしながら、それでも真剣な顔でこちらをじっと見つめるキラキラ超絶美人。


美人姉妹に挟まれながら、俺はこういう『ベタベタなラブコメ的展開』の後に待ち構える、心臓に悪い波乱のストーリー展開を予期して内心泣きたくなっていた。






夕方、色々な意味で精神的にボロボロになりながら家に戻った俺を、笑顔のネイミリアとサーシリア嬢が出迎えてくれた。


陞爵のお祝いをしてくれるということで、テーブルには普段よりちょっとだけ豪華な料理が並んでいる。


一週間前に叙爵の時にもしてもらったばかりなので、今回は軽く……ということで、夕食に美味しい料理を食べましょうという訳だ。


ちなみにまだ残っていたワイバーンの肉を食材として提供してあるのだが……、


「クスノキさんおめでとっ!」


「クスノキ様おめでとうございます」


「お祝い申し上げます、クスノキ様」


なぜかアルテロン教会の聖女二人、リナシャとソリーン、そして護衛兼世話役のカレンナル嬢がそこにいた。


「あ、ああ、ありがとうございます。おかげさまで身に余る称号をいただきました」


俺は窮屈な礼服(叙爵の時に買わされた)から普段着に着替えると、用意されていた席についた。


「あの、お三方はもしかしてわざわざお祝いのために……?」


「まあねっ!教会を抜け出すのに丁度いい理由になるし」


「リナシャったらもう……。クスノキさんを祝わなきゃって、真っ先に言い出したのはリナシャなんですよ」


「ふ~ん。でもソリーンもかなり乗り気だったよね。早く行きましょってソリーンが言うのは珍しいもんねっ」


「そっ、それはリナシャが着替えるのが遅いから……」


先程の件があってか、なんか聖女様のセリフまでラブコメがかって聞こえる気がする。


こういう勘違いをするから、おじさんはキモいって言われるんだよな。分を弁えることを忘れた社会人に明日はない。


しかしあれだ、それ程広いわけでもない家にキラキラ美少女と美人が5人、最近はこのキラキラ感にはかなり慣れたとは言っても、濃い目のサングラスがぜひ欲しいところだ。






「え、師匠お一人で行かれるんですか?」


俺が一週間ほど家を空けると言ったら、ネイミリアが不思議そうな顔をした。このところずっと一緒に行動していたからその疑問も分からないではないが、それ自体がおかしい気もしないではない。


「今回はアメリア団長に頼まれた仕事をしにいくだけだしね。だからその間はネイミリアも自由にしてくれ。ただアビスの世話を……」


「それは私が引き受けますね。ご飯の用意と、おトイレの始末だけしかできませんが、それでいいなら」


「ああ、それは助かる。お願いするよ」


サーシリア嬢なら安心だろう。彼女もすっかりアビスの魅力にハマってしまっているようだし。まあウチの猫は可愛いから当然である(一般的猫好きの思考)


「分かりました、師匠がいない間も魔法の腕を上げておきますね。師匠にはまだまだ教えてもらいたいことがいっぱいありますから」


「どうやら魔力の量が重要みたいだし、そこを重点的に鍛えた方がいいかもね」


「はいっ!」


エルフ美少女を一人にするのは少し気がかりではあるが、彼女もダンジョン内での討伐でハンター1級に上がったし、2段な上に騎士爵である俺とパーティを組んでいることも知られているから、手を出す人間はまずいないだろう。


ちなみに2段位のハンターはこの国全体でも十数名しかいないらしく、コーネリアス公爵のつばがついていなければ、勧誘が結構大変なことになっていたらしい。


「クスノキ様はニールセン騎士団長とも昵懇じっこんなのですね。しかしニールセン子爵家の領地に呼ばれるとは……余程の事があったのでしょうか?」


カレンナル嬢の言葉に、ハンター協会のやり手受付嬢サーシリアが反応する。


「もしかして、引き抜きのお話があったりしませんか?ケイイチロウさん、それだけはダメ……じゃなくて、協会としても困ります」


「そういう話ではないよ。そもそもニールセン子爵はコーネリアス公爵の派閥らしいしね。ちょっとした困りごとがあって解決に手を貸してほしいという話だし、万一引き抜きとかあっても断るさ。ここが俺の家だからね」


「それならいいのですが……」


露骨にホッとした表情を見せるサーシリア嬢。職務に忠実なところはむしろ好ましいね。


「でもアメリア団長と一緒に行くんでしょ?年齢的にもお似合いだし、もしかして結婚とかの話もあったりしない?」


「え……っ!?そうなのですか……?」


リナシャとソリーンが妙にとがめるような目つきをする。


今回の件に関して、『偽の結婚相手』として行く旨は皆には伝えていない。


無論それは情報の漏洩を避けるためであり、言ったらすごく面倒なことになりそうな予感があったからではない。もう一度言うが面倒を避けたわけではない。


「師匠……?」


「ケイイチロウさん……?」


いやだから違うからね。ネイミリアもサーシリア嬢も、そんな怖い顔で睨まないでいただきたい。俺の胃袋の保護のために。

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