8章  騎士団長の依頼(前編)  02

ロンネスクからニールセン子爵の治める領地までは馬車で3日程。


だが、アメリア団長と俺というロンネスク屈指の戦力が長期間都市を離れるのは困る、と領主様からの指示があったので、いつもの全力疾走をすることになった。


同行者はアメリア団長とメニル嬢。


ちなみにクリステラ少年改めクリステラ嬢は、メニル嬢とは別行動で首都ラングランに帰っていった。


別れ際に「君とは再び巡り合う運命にあるから心配しないでくれたまえ」といつもの芝居がかったセリフを残していったのだが、むしろ再び巡り合うほうが俺としては心配である。


さて道中の方だが、さすがに『王門八極』クラスの2人が俺に後れを取ると言うことはほぼなく、1日かからずに領地までたどり着くことができた。


今更だが、この世界の高レベル者は完全に人間をやめている存在である。


街道沿いを3人の人間が爆走している姿はかなりアレだったとは思うが、道行く人があまり驚いていなかったのでそこまで珍しくはないのだろうか。


もしかしたら走る専門の『飛脚』みたいな職があるのかもしれない……と思ってアメリア団長に聞いてみたら、そういう人たちは確かにいるらしい。


この世界はまだまだ知らないことが多くありそうだ。




出発した日の夕方前にたどり着いたニールセン子爵領は、周辺に広大な農地を持ち、中央に近づくにつれ建物が増え居住区や商業区をなし、中心に城壁に囲まれた領主館が威を構えるという、どちらかというと日本の地方都市のスケールダウン版といった趣の土地であった。


巨大な城塞都市を中央に構え、周囲に多数の農村を抱えるロンネスクとは対照的な形態と言えるかもしれない。


領主様の御息女2人+1の我々は言うまでもなく検問などはすべて顔パス……というより2人の領民の人気がかなりすさまじく、市街地に入るころにはちょっとしたパレードになってしまっていた。


むしろ領民諸氏の「アイツなんで一緒にいんの?」みたいな視線が非常に胃に悪く、俺はなぜこの頼みを受けてしまったのかと後悔しきりであった。断れる状況ではなかったのも確かではあるが。


それはともかく市街地中央にある城門をくぐると、そこには質実剛健を絵に描いたような領主の館があった。


奥には練兵場らしきものがあり、夕方にもかかわらず数十人の兵士が訓練に打ち込んでいる姿が確認できる。


お嬢様2人の里帰り、だからだろうか、館の玄関前には10人ほどの出迎えがいた。


「アメリア、メニル、久しいな。そして良く帰って来てくれた。お前たちが来ると民の歓声ですぐに分かるぞ。さあ、まずは中でゆっくりするといい」


その中で一際目立つ男女……恐らく領主様とその御令閨れいけいだろう……の内、男性が前に進み出てきてそう言った。


たてがみにも似た真紅の髪を持つ、40歳前後と思われる美形の偉丈夫いじょうふ(キラキラ付)である。


彼は2人と抱擁ほうようを交わすと、こちらに鋭い目を向け、やや値踏みをするような目つきも見せながら手を伸ばしてきた。


「貴殿がクスノキ殿か。私はレオノール・ニールセン。女王陛下より子爵位を賜り、この地を治めている者だ。なにやら娘が世話になっていると聞く。今夜はその辺りの話をしっかりとお聞かせ願いたいものだ」


「初にお目にかかります、ロンネスクでハンターをしておりますケイイチロウ・クスノキと申します。コーネリアス公より騎士爵位を賜り、2段の位を認められております。ニールセン子爵閣下にお目通り叶い、光栄至極に存じます。この度は突然の来訪をお詫び申し上げます」


俺が伸ばされた手を握ると、ニールセン子爵はいきなり万力のような力で俺の手を握り返してきた。


あ、これ映画とかで見る、相手の力を試したりする奴ですよね。本当にやる人がいるとは思わなかったが、子爵は結構な脳筋キャラなんだろうか。御息女2人と練兵場の様子と本人の体格を見る限り、その可能性は高そうだ。


「……ふむ、顔色一つ変えぬどころか余裕までありそうだ。なるほど2段というのは確かなようだな!これは色々と楽しい話が聞けそうだ。すまぬなクスノキ殿、娘を取られる父親のたわむれとして許していただきたい!」


破顔一笑、俺の背中をバンバンと叩きながら肩を組んでくる子爵様を見て、御息女2人と御令閨は溜息をついていた。




その日は客室に案内された後、食堂に案内され、食事のテーブルにて子爵家一同を紹介された。


子爵には令閨が5人いて、それぞれ2人ずつ子息息女がおり、彼らの紹介を聞きながら俺は前世の世界とのあまりの違いに驚いてしまった。


この世界は男女の出生比率の関係とモンスターとの戦いが絶えない関係で女性の方が多いというのは以前本で読んだが、どうやらそのせいでこの国……というかこの世界では、経済力がある人間が複数の妻を持つのはむしろ義務であるらしい。


「特にそれが爵位をもつ人間なら避けられんのだよ」と子爵は豪快に笑っていたが、ちょっとだけ顔が引きつっていたのを俺は見逃していない。妻1人の前世だってキツかった俺にとって、5人という世界は想像の埒外らちがいである。


食事の席では当たり障りのない話が主であったが、俺の7等級モンスター退治の話などをすると、御子息が揃って目を輝かせていたのが微笑ましかった。


特にアメリア団長と共闘でガルムを倒した話(やや改変アリ)は人気で、2回話す羽目になってしまった。


ちなみに子息息女の中ではアメリア団長が最も年長であり、子息は子爵の後継となる長男もまだ16歳であるという。(もっともこの国では16歳は大人の扱いではあるが)


なのでアメリア団長とメニル嬢は、弟妹たち全員にとって『憧れの姉上』という存在であるようだ。


なおその場にいた全員が、俺がどういう理由でここに来たのかは大方察しているようであるが、食事の場でははっきりとした話はでなかった。


その辺りは関係者だけで明日正式に話をするとのことなのだが……正直今から胃が……。


どうしてこの世界はこんなにも俺の胃に厳しいのだろう。





翌日、朝食を終えると、俺は応接の間に呼ばれた。


名品と思われる武具がいくつか飾られているほかは質素な(と言ってもそこは貴族の館としてはという注釈がつくが)部屋で、俺は子爵と対面をしていた。


部屋にいて椅子に座っているのは俺と子爵以外には、なにやら神妙そうな顔をしているアメリア団長とメニル嬢のみである。


さすがに姉妹の母上君(第一夫人でこれまた美人)すらいないのはおかしいといぶかしんでいると、子爵がはあぁと長い息を吐いて口を開いた。


「済まんなクスノキ殿、娘たちの企みに付き合わせてしまって。昔から父親の言うことを全く聞かん娘たちなのだ」


「は、え、いや、はあ……」


いきなり何を言われたのか理解が追いつかず、言葉に詰まってしまう。


ああ、どうやら偽の結婚相手だというのはバレバレだったのか、と気付くまで数秒の時を要した。


「あ、いや、その、いつからお気づきになられていたのですか?」


「都合よく相手が見つかった、などと連絡が来た時点でな。この2人は昔からこの手の話はのらりくらりとかわしていたのだ。それが急に見つかったなど、話がうますぎると思ってな」


子爵が姉妹の方を見る。が、その目はとがめているというより、仕方のない奴だ、というような温かみが籠っている。


一方の姉妹は普段の様子とはうってかわって縮こまっていて、『騎士団長』『王門八極』という肩書は微塵も感じられなくなっているのだが。


「大変申し訳ございませんでした。しかし賛同してここまで参上した私の方にむしろ罪があると思われます、どうかお二方にはご寛恕をお願いいたします」


俺が頭を下げると、子爵は「ふははっ」と大笑いした。


「いやいや、貴殿に罪があるなど、そのような話があるはずがない。大方この2人に泣き落としでもされたのではないか?子どもの頃はそれで私も何度もたばかられたのでな」


「ちっ、父上、そのようなお話は……っ」


アメリア団長がうろたえで口をとがらせ、メニル嬢はねたような顔をしてよそ見をしているが、仲のいい家族なんだと思わせるやりとりである。


「まあ一応その謝罪は受け取っておこう。もちろん罪に問うようなことはしないから安心してくれ」


子爵はそう言うと、身を少し乗りだしながら目元を引き締めた。


「まあそれはそれとして、貴殿をアメリアの結婚相手の候補にするという話は乗ってもいいかと思っている。聞いているかもしれないが、隣領の子爵家の息子がアメリアを嫁によこせとうるさくてな。断りたいのだが、我が領地は今、その子爵家と仲違いすることができない状況にあって面倒なのだ。しかしすでに相手がいるとなれば諦めざるを得まい。要するに娘たちの企みをそのまま実行しようと思うのだが、いかがだろうか?」


「父上、よろしいのですか?」


驚いたように反応したのはアメリア団長。


「うむ。あのバカ息子にお前を嫁がせるのはさすがにな。なに、アメリアには立派な相手がいるから他を当たってくれというだけだ。問題はない」


「あの、実際には結婚しないわけですから、それで後から問題になったりはしないのでしょうか?」


実は相談を受けていた時から気になっていたことを聞いてみた。


「後から破局になったとでも言っておけばいいのだ。別にそこまで珍しい話でもない。それとも本当に結婚したいとでも言うつもりかな?」


「いえいえ、滅相もございません。ただ気になったものですから」


獅子の眼光に射すくめられて俺は慌てて首を横に振った。これ、アメリア団長が結婚できないのは本人のせいだけじゃないのではないだろうか。


「というわけで、クスノキ殿とアメリアについては、ここにいる者以外には実際に結婚するものとして扱うことにする。明後日にバカ息子……ケルネイン子爵の長子が来る予定になっている。その時に伝えて、お帰り頂けばよかろう」


「ねえお父様、あのバ……ケルネイン子爵の御子息はワタシにも気があるみたいなの。もしアメリア姉の代わりにワタシを寄越せと言って来たらどうするの?」


メニル嬢が眉をひそめているところからしても、件の御子息はかなり嫌われているようだ。


「確かにな……。その時はメニルもクスノキ殿が一緒にめとる予定だとでも言っておくか」


「さすがにそれは色々と問題があるのでは……」


「あっ、それいいわねっ。そうしましょっ。面倒な話は一気に片づけるに限るわぁ」


「メニル、お前最初からそのつもりだっただろう?」


アメリア団長が白い目で見ると、メニル嬢はペロッと舌をだしつつ聞こえないふりをする。


それを愉快そうに眺めていた子爵は、立ち上がりながらこう言った。


「では、家族には今から伝えることにしよう。それとクスノキ殿、実はアメリアの相手に関しては、私がその実力を直々にみると以前から公言していてな。悪いがこの後、練兵場で一勝負してもらうぞ。兵たちの中にもアメリアに憧れているものは多い。そこで実力を見せてもらわないと色々と不都合もあるのでな」


ニヤリと笑う真紅のたてがみを持つ偉丈夫の姿を見て、アメリア団長の勝負好きが父親譲りであることを俺は悟るのだった。

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