8章 騎士団長の依頼(前編) 03
子爵の申し出を断ると言う選択肢は最初からなかったため、俺は促されて子爵と共に練兵場に向かった。
練兵場では100人程の兵士が訓練していたが、下りてくる子爵を見ると訓練をやめ、リーダーの号令一下子爵の前に整列をした。
その統率のとれた動きだけで練度の高さがうかがえるが、なるほどアメリア団長の率いる都市騎士団の高練度ぶりのルーツがこれかと納得である。
厳しい顔をしつつ、俺の方をちらちらと見る兵たちを前に、子爵が声を上げる。
「訓練ご苦労。済まぬが少し練兵場を借りるぞ。こちらの御仁はクスノキ殿と言って、アメリアの夫となるかもしれん男だ。これから私と模擬戦を行うが、2段位のハンターの戦いなどそう見られるものではない。諸君らも大いに学ぶところがあるだろう。この場にてしかと見届けてもらいたい」
「はっ!!」
『アメリアの夫』あたりで結構な殺気が立ち上ったのは気のせいではないだろう。なぜなら複数の兵士が今にも襲い掛からんばかりの目で俺を
子爵が話をしている間に、アメリア団長とメニル嬢、そして子爵家の方々も練兵場に下りてきた。
もしかしたらこれが子爵家にとっては家族への『お披露目』になるのかもしれない。
だとしたら随分と脳筋だが……まあ何となく納得いってしまう父娘ではある。
「私は使い慣れたこの剣を使う。クスノキ殿も持参された剣を使うとよかろう」
子爵が腰の剣をスッと抜きながら言う。その剣が名剣であろうことは言うまでもないが、抜剣の動作があまりに自然な子爵の腕も相当に高そうである。
俺も子爵と距離を取って相対し、オーガの大剣を構える。
「アメリア、号令を掛けよ」
子爵が言うと、アメリア団長が「はっ」と言って一歩前に出る。
俺の方を見るとき少し済まなそうな顔をしていたが、正直この流れは子爵を見た瞬間予想していたので大丈夫だったと後で伝えよう。
「両者よろしいか?では、始められよ!」
開始と同時に子爵から闘気ともいうべき気配が立ち上る。
アメリア団長に勝るとも劣らないその圧力は、気が弱い者ならば立ちすくんでしまうだろうレベル。
俺はその圧力をすぅと潜り、歩を詰めて大剣を振るった。試される側の俺としては先に仕掛けるのが礼儀であろう。
「ふんぬっ!!」
第三者から見れば嵐とも見えるであろう俺の剣撃を、子爵は受け、払い、流す。これだけですでにクリステラ嬢……『王門八極』に迫る技量である。
「ちあッ!」
極小の、本当に極小の隙を突いて子爵が攻めに転じる。
無論一方的に打ち込まれるつもりはない。そこから休みのない、一瞬を無限に引き延ばす打ち合いが始まった。
『縮地』を含め近接用のスキルをすべて使い切っての高レベル者同士の剣のやりとりは、練兵場の地を
永遠に続くかと思われる、暴風の如き打ち合い。
しかしいかな達人であっても、体力は無限ではない。
数十合目か数百合目か、そこで子爵の息が
「参ったッ!」
子爵が剣を鞘にしまい、両手を上げた。その顔には口惜しさと共に、やりきった清々しさが浮かんでいる。
「う……おぉッ!」
兵士たちが歓声ともどよめきともつかない声を上げる。
「クスノキ殿の剣、しかと見せてもらった。貴殿をアメリアの夫となるにふさわしい男と認めよう!」
子爵と握手をし、健闘をたたえ合う。
これが本当に結婚を賭けた勝負であり、なおかつ自分の剣技が才能と努力によるものであったのならとても感動的な場面だっただろう。
しかしどちらの条件も満たしていないという事実が、俺の人並みの良心をチクチクと苛むのが悲しい。
その苦しさを顔に出さないよう必死に耐えていると、
「おおこれは愛しのアメリア殿ではありませんか。ここでお目にかかれるとは運命を感じるものでございますねえ。やあやあニールセン子爵様、アメリア殿を呼び寄せたということは、いよいよ自分との結婚をお認めになるということですよねえ。大変結構なことですよ、うむうむ結構結構」
城門の方から、『空気?それって読むものじゃないよねえ』的ギラギラオーラを周囲に振りまく男が現れた。
「あれがケルネイン子爵の長子ボナハだ」
子爵は俺にそう耳打ちすると、10人程の供を引き連れたその男のところに向かった。
ボナハという人物は、この世界としては標準的な体形をした、濃い茶色の髪の下にはこれまた平均的な顔を持つ20歳前後の男だった。
一見すると穏やかな顔つきだが、目つきに人を侮ったところがある……そこそこ裕福な家庭に生まれたが世間知らずに育った、という雰囲気の青年である。
「おおボナハ殿ではありませんか。明後日お出でになるとうかがっておりましたが、何か急な御用事でもおありかな?」
「いやいや、今日は私の想い人が近くにいるような気がしましてねえ。いてもたってもいられなくなり推参申し上げたまでですよ。私の想いの強さでしょうか、果たしてアメリア殿はこちらにおられた。これはもう、天の導きでありましょうなあ」
いくら客人とは言っても、ボナハ青年の言葉は子爵を相手にするものとは思われない。
彼はあくまでケルネイン子爵の長子というだけで、爵位を持っているわけではないはずだ。
貴族の上下関係として、子爵と対等に話すことさえあり得ないはず。
にも関わらずあの態度がとれるのは、子爵とボナハ青年の間にそれなりの……歪んだ力関係があるということだろう。
子爵はそんな彼の態度を気にしたふうもなく、大げさに両手を広げて答える。
「おおそうでしたか。しかしそれならばこちらとしても大変に都合がよい。何しろたった今、アメリアの夫となるべき人間が決まりましたからな!」
子爵の宣言に、ボナハ青年はにやけ顔を凍り付かせた。
「……今何と?」
「アメリアにはすでに夫となるべき人間がいるということですな。大変
「それは、約束が違うのではないかな?」
「いえいえ、私が申し上げたのは、アメリアに決まった相手がいないのであればボナハ殿を推挙いたしましょうということ。相手がいたのであれば無論その話は無しということになります。むしろ約束通りということになるでしょうな」
「ニールセン卿……そのような詭弁が通るとお思いなのですかな?」
「詭弁も何も、約束通りですぞ。よもやボナハ殿は貴族が交わした約を疑うとおっしゃるか?であれば、女王陛下の裁定を仰がねばなりませんがいかがか?」
「うぐ……っ、猪風情が口だけは立つ……!いやいや、それではこのことは我が父にしかと伝えますがよろしいか?」
「貴殿の父、ケルネイン子爵は法を重んじるお方。己に理のない話を聞くとも思えませんな」
「ニールセン卿が我が父のことをそのように語るのはいささか不快ですなあ。しかしこれ以上話をしても無意味な様子。今日のところは失礼仕るといたしましょう」
ボナハ青年はこめかみのあたりを震わせつつもそのまま立ち去るかと思われたが、なぜか迷いなく俺の方を見て言った。
「貴殿が我がアメリアに言い寄る男のようだねえ。身に過ぎた欲が、貴殿の身を滅ぼすことのないように祈っているよ」
紹介されてないのになぜ分かったのだろうと思ったら、知らないうちにアメリア団長とメニル嬢が俺の両脇に来ていたのである。
そのままスルーされると思っていたのだが……というかワザとじゃないですよね、お二人さん。
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