21章 聖地と聖女と  07

「話には聞いておりましたが、貴公はなかなかに面白い御人おひとのようですな、クスノキ名誉男爵殿」


「は……恐縮です」


下水道探索の翌日、俺はアルテロン教会のトップ、ラースキン・ハリナルス教皇猊下げいかと会話をしていた。


一通り状況証拠が揃ったことと、大聖女様たちの『聖地』出発まで時間がないということで、今進行している『邪教徒の暗躍』イベントについて教会側にも知らせておく必要があった。


またトップの教皇がそのイベントの黒幕かどうかも一度見ておく必要があり、俺が陛下に無理を言って教皇猊下への拝謁はいえつをねじ込んだのだ。


猊下の「面白い」という言葉には、そのあたりの皮肉もあるはずだ。


「先日メロウラが来て、貴公とのお話が大層有益であったと申しておりました。『噂』とはまるで違う人物だとも」


ハリナルス教皇猊下は一見穏やかそうな雰囲気をまとう白髪白髯はくぜんの老紳士だった。


しかしふと見せる圧の強さは、もと中間管理職程度ではとうてい太刀打ちできそうもない。


「その『噂』というのが何を指しているのか分かりかねますが、悪い『噂』のことであれば嬉しく思います」


「もちろんよからぬ『噂』の事を指しておりますが、私の心配が杞憂に終わったようで安心していたところですよ。彼女が貴公を呼ぶというのを一度は止めたくらいですので」


ああそれって『美女落とし』とかいう二つ名のことですよね。それは根も葉もない……いや、葉っぱはちょっとあるかもしれませんが根はまったくない無責任な噂話です。


と心の中で冤罪を主張していると、教皇猊下の圧が急に強くなった。


「ところで先日はこの大聖堂を色々と『見学』なさっていたようですが、何か貴公の興味を引くものは見つかりましたかな?」


「は、それは……」


おっと、どうも俺が大聖堂の立ち入り禁止区域を歩き回ってたことがバレてるな。恐らく防犯の魔道具か何かがあったのだろう。


しかしそれなら話が早い。


予想に反して(?)教皇猊下がキラキラオーラをまとっていることを考えれば、正直にすべて話すのが最善手だろう。


「はい、いくつか興味深い情報を得ることができました。実は本日、無理を言って猊下への拝謁を願い出たのもそれが理由なのです」


「ほう? 勇名とどろくクスノキ名誉男爵殿がわざわざお持ちくださった話となれば、詳しく聞く必要がありそうですね」


「ぜひお聞きいただければと思います。ただ、可能ならお人払いをお願いいたします」


俺が部屋にいる護衛の神官騎士に目を向けると、教皇猊下は「お前たち、部屋の外で待機しなさい」と騎士たちに命じた。


部屋に二人だけになると、教皇猊下は机上にあるティーポットのような魔道具を起動させた。


「ご存知かもしれませんが、これは音を漏らさないようにする魔道具です。教会でこのようなものが必要というのは少々お恥ずかしいのですがね」


皮肉げ、というより本当に恥ずかしいという雰囲気で言いながら、教皇猊下は俺に椅子に座るよう促した。


「さて、その興味深い情報というものをお話しいただけますか?」


「分かりました。まずは私が聞いたことを、なるべくそのままお話します」


俺はホスロウ枢機卿、コンコレノ司教、ギザロニ司教の会話をそのまま話した。


教皇猊下はその話を静かに聞いていたが、俺が話し終えると微かに頷いた。


「ホスロウ枢機卿はいいとして、コンコレノ、ギザロニ両名の会話は確かに興味深いですね。確かに彼らには以前から目をつけてはいましたが、封印球を狙っているというのは聞いた事がありません。ただ彼らがそれを狙う理由が分かりませんね」


「猊下、封印球というのは、リナシャ様、ソリーン様が『穢れの君』を封印したものでよろしいのでしょうか?」


「ええ。それ以外にも過去に封印したものが二つほど置いてあります。『穢れの君』の分霊は100年おきくらいに現れるものでありますので」


「なるほど……。例えばその封印球を、瘴気の満ちた場所に持ち込んだとしたらどうなりますか?」


「それは私にも分かりません。ただ、よくないことが起きるのは確実でしょう。なるほど、彼らが『聖地』に封印球を持ち込むとお考えなのですね?」


「はい。彼らは『穢れの君』を復活させるつもりなのではないかと考えています」


俺がそう言うと、教皇猊下の顔つきが厳しくなった。


「しかし彼らがそれをする理由がありません。『穢れの君』が復活すれば、彼らも無事では済まないでしょうから」


その通り、普通に考えれば『厄災』を顕現けんげんさせるなどただの自殺行為である。


しかしその自殺行為を平気で実行する存在を、前世のメディア作品群はよく登場させていた。


そう、『邪教徒』という何でもアリの連中だ。


「猊下、もしかしたら大変に失礼なことを申し上げることになるかもしれません」


「構いません、聞きましょう」


「アルテロン教会内部に、例えば邪教と言われるものを崇拝するような者たちがいるようです」


教皇猊下の目の端が少し引きつったようにピクリとした。


「……貴公はなぜそう考えるのですか?」


「もとはただの勘です。誤った信仰心から理屈に合わないことをする人間がいると聞いたことがありましたので。しかし先程のコンコレノ・ギザロニ両司教を調査した結果、そういった存在がいる可能性が高まりました」


俺の言葉を聞いて、教皇猊下は目をつぶり深く息を吐いた。


「切れる、という話は聞いておりましたが、なるほどこれは女王陛下も気に入るわけですね。実は過去、邪教……とは呼んでおりませんが、異なる教えを信仰していた一派がいたのです。『永遠の楽園』派と呼ばれていたのですが、もう100年も前に潰えたと聞いていたのですがね」


「それはどのような宗派だったのですか?」


「簡単に言えば、アンデッドによる楽園の創造を目指す、というものです。彼らによればアンデッドとは永遠の命を持つ者、という解釈になるのだとか」


ああはいはい、どこかで聞いたような教義ですねえ……という相づちはもちろん封印する。


「『穢れの君』を復活させることで楽園を作り出す、ですか。もしコンコレノ司教らがその一派だとしたら、つじつまが合うことが多くありそうです」


「つじつま、とはどういうことでしょうか? 先程コンコレノ司教らを調査した、とおっしゃっていましたが、それが関係するのですか?」


「はい、実は――」


俺は例の館の件、そして下水道のダンジョンの件をすべて語った。


話が進むにつれ、教皇猊下の眉間にしわが深くなるのが分かる。


「――これらはすべて女王陛下にもお伝えしている情報になります。陛下の側でも『影桜』を使って裏を取っておりますので間違いありません」


俺がそう念を押すと、教皇猊下は天を見上げて少しの間瞑目めいもくした。


「……大変なお話ですね。恥ずかしながら、そこまでの大事に至っていようとは思ってもみませんでした」


「彼らの隠蔽いんぺいが非常に巧みだったのでしょう。利によってまとまる集団と違い、思想信条によってまとまる集団は機密を外に漏らしませんので」


「そうですね、そう考えておきましょう。それより今はどう対応するかでしょうね。ことはもはや教会だけで対応できる範囲を超えているようです。急ぎ女王陛下と協議をしなければなりませんね。その前にまずは『聖地』浄化の遠征を延期しないとなりませんか」


「そのことに関してなのですが、もう少しお話をさせていただきたいのです」


「うかがいましょう」


「まず先程の邪教……ではなく『永遠の楽園』派でしたか。その一派は、この大聖堂にも先の二人以外複数いるようです」


実は今日大聖堂を訪れた時に気付いたのだが、弱いギラギラオーラ持ちの人間が他にも数名いたのだ。これには俺も少し驚いた。


教皇猊下がかすかに目を見開く。


「それも調査で分かったのですか?」


「いえ、これは私の持つ特別なスキルで分かりました。そのようなわけですので、教皇猊下が急に命を下されると、彼らに感づかれる恐れがあります」


「なんと……」


「そしてもう1点は、コンコレノ司教らの企みをそのまま実行させてはどうかという提案です。これは女王陛下も了承済みの策になります」


一点目の話は絶句で済んだ教皇猊下だが、二点目の提案で目が点になってしまった。


「いやクスノキ名誉男爵殿、何をおっしゃられるのか。無論それは何か理由があってのことでしょうが……」


「彼らが『穢れの君』復活を目論んでいるとして、今回それを事前に止めても、『穢れの君』自体はいずれ別の形で復活するでしょう。でしたら大聖女様たちが揃っている場所で復活してもらった方が話が早く済むということになります」


「理屈としてはわからないではありませんが……」


そう言って厳しい顔をした教皇猊下だが、何かに思い当たったのか、急に眉間のしわを解いた。


「……なるほど、結局は神託の通りになるということですか」


「神託、ですか?」


「ああ申し訳ありません。実はメロウラが、『聖地』で『穢れの君』が復活するであろうという神託をすでに受けているのです。我々ももとはその場で討伐することを考えていたのですが、自然とそこに至るとはさすがに複数の『厄災』討伐に関わった勇士、考え方が並の人とは違いますね」


なるほど、そんな神託があったから大聖女様も俺を呼んだのか。


「もちろん『聖地』には私も加勢に行くつもりです。問題は『穢れの君』が復活した時、同時にどれほどの戦力が現れるかということですね。『聖地』ということならアンデッドは出現が難しそうですが……」


俺がそこまで言うと、教皇猊下は明らかに苦い顔をした。


「実は『聖地』というのは、過去に『厄災』によって非業ひごうの死を遂げた者たちを鎮めるための場所でもあるのです。地下には遺体も多数埋葬されており、アンデッドにとってはかなり都合の良い場所といえるかもしれません」


おっと、それもありがちな設定……ではなくて、いよいよ『聖地』での『穢れの君』復活が確定的になる情報ですね。


しかしここで決めつけるの危険であろう。


『聖地』で『穢れの君』が復活するとして、それと首都の地下のダンジョンがどう関係するのか、そこは不明なのだ。


その辺りはトップ会談で対策を練ってもらうしかない。俺ができるのはそのお膳立てまでだ。


「それでは猊下、可能であれば今から女王陛下の元に案内させていただきたく思うのですが、よろしいでしょうか?」


「今から? 時間的には問題はありませんが、身軽とはいえない身でありますので、すぐには難しいかと」


「ここから直接陛下の執務室に転移いたします。時間はかかりません」


「貴公は今『転移』とおっしゃいましたか? それはもしや伝承にある失われた秘術のことですか?」


「そのような話もあるようですね」


教皇猊下はしばらくの間目を見開いて俺を見ていたが、急に息を吐くと微かに笑みを浮かべた。


「私も長く生きてきましたが、貴殿のような人物は会ったことはおろか、聞いたことすらありません。貴殿がメロウラの神託に現れないというのも、その辺りに理由がありそうですね」


『神託』に現れない?


なるほど大聖女様が俺の素性を知りたがっていたのは、それがあったからなのか。


良かった、どうやら「クスノキは危険人物」という啓示があったわけではなさそうだ。


「分かりました、陛下の元に案内をお願いします。秘術を体験できるなど年甲斐もなく心が躍りますね」


うん、さすがに肝が据わっていらっしゃる。


この辺りの思い切りの良さ、フットワークの軽さは有能なトップの共通点なんだよなあ。


こういう人に複数巡り合えただけでも、俺はこの世界に来た甲斐があったのかもしれない。

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