21章 聖地と聖女と  08

それから二日後、大聖女様たちとホスロウ枢機卿率いる聖堂騎士団は、予定通りに『聖地』浄化へと出発した。


『聖地』が瘴気しょうきに侵されているというのは一般には伏せられている事実のため、表向きは大聖女一行が聖堂騎士団に守られて『聖地』に巡礼に行く、というていである。


そのため派手な出陣式なども行われることはなかったが、それでも大聖女と今話題のロンネスクの聖女が見られるとあって、見送りの観客はかなりの数に上った。


俺はその観客に混じって、大聖女らが乗る馬車と、それに続く200騎ほどの聖堂騎士団を見送った。


大聖女メロウラ様は慣れているのか、優雅に微笑みながら観衆に手を振っている。


リナシャとソリーンはややぎこちない動きでそれにならっているが、キラキラ美少女が3人揃っているのはなんとも絵になる光景である。


ちなみに『聖地』は首都から西に行くこと2日ほどの場所にあるのだが、リナシャあたりは走って行けばすぐなのに、とか言っていそうではある。


ともかくも、俺はギラギラ司教であるコンコレノ、ギザロニ両名が随行しているのを確認し、その足でサヴォイア城に向かった。


顔パス状態で案内された城の一室には、忍者少女エイミと『王門八極』のクリステラ嬢、ガストン老がすでに揃っていた。


少し遅れて、リュナシリアン女王陛下とその側近ヘンドリクセン老、ハリナルス教皇猊下、そしてハンター協会の本部長レイガノ氏が部屋に入ってくる。


いやこれ、全員がキラキラキャラなのもアレだけど、半端でないメンツが揃っていてちょっと恐ろしい。


今更ではあるが、このメンツが俺の意見がきっかけで集まっているという事実が胃に悪すぎる。


部屋に設置された円卓に全員が席につくと、女王陛下が口を開いた。


「皆、よく集まってくれた。なかなかに面白い人間が集まったものだが、これもクスノキ名誉男爵の人脈のなせるわざなのだろうな」


陛下がいたずらっ子のような目で俺を見る。


もちろん俺は高速で首を横に振り……たいところなのだが、それは無礼に当たるので「いえ、滅相もありません」と礼をする。


実態としても女王陛下の一声で集まった面々であって、俺は今回使い走りと言った方が近いだろう。


ともかくも軽い冗談で場をなごませると、陛下は言葉を続けた。


「さて、今日集まってもらったのは、恐らく二日後に起こるであろう騒動について、各組織でどう対応するかの最終確認をしたいからだ。ただその確認の前に、最新の情報を共有したい。エイミ」


「はっ」


指名されてエイミが姿勢を正す。


「まず、『永遠の楽園』派ですが、集会所と思われる館には200人程が常時集まっているようです。出入りしている人間には人種、性別に特に偏りはありません。十数名を抽出して調べましたが、目だった共通点は今のところ見つかっておりません。また、その集会所と思われる館は、所有者が貴族であることが分かっています」


「うむ」


陛下が相づちをうって先を促す。


「地下のダンジョンの様子は以前と変わらず大きな動きはありません。二日に一体の割合でモンスターが出現していますが、今のところはすぐに討伐ができております。コンコレノ、ギザロニ両司教の動きですが、昨夜『封印球』を持ち出したことを確認しました。彼らがその後外部の者と接触することはありませんでした」


「予想通りですね。『封印球』は彼らが『聖地』に持って行ったと考えるのが妥当でしょう」


盗ませるのが策の内とはいえ、教皇猊下の顔色は決してよくはない。


「現在集会所周辺には人員を多数配置し監視を続けております。以上になります」


「ご苦労。では二日後の各担当の動きを確認したいが、質問はあるか?」


「ちょっといいですかい?」


手を挙げたのはレイガノ本部長だ。


巨躯の彼だが、さすがにこの場では少し縮こまっているように見える。


「どうしてその集会所とやらにさっさと踏み込まないんですかね。『永遠の楽園』派とやらを全員ふんじばっちまえば解決な気もするんですが」


女王陛下は俺の方をちらりと見てから、その質問に答えた。


「理由は二つ。まず『永遠の楽園』派は今のところ何の行動にもでていない。国法に照らしても、何もしていない連中を怪しいというだけで逮捕するわけにはいかぬ。もう一点はその集会所に使われている館が貴族の持ち物であるということだ。貴族の持ち物を改めるにはそれなりの理由と手続きが必要なのだ」


「なるほど、確かにそれは面倒ですな。逆に言うと、事が起きればその貴族とやらにも嫌疑がかかるというわけですか?」


「そうなるな。無論すでにそちらの動向も探っている。といっても今のところなにもないのだがな」


「わかりました。ところで『永遠の楽園』派ってのはどんな連中なんですかね?」


その質問には教皇猊下が答える。


「彼らの教義は、死者による永遠の楽園の創造、すなわち生者をすべてアンデッドに変えることだと言われています。無論それは『永遠の楽園』派の中でもかなり過激な一派の教えが伝わっているのだと思いますが、大枠は変わらないでしょう」


「それはまたヤバそうな話で。奴らはそのアンデッド化を力ずくで実行する連中なんですか?」


「少なくとも過去に取り締まりを受けた時は、実際に死体を盗んだり、殺人まがいのことまでしていたと言われています」


「なるほど、ちょっと困った奴らのようですな。それに加えてダンジョンとなると結構な騒ぎが起きそうですかね。こっちも腕利きを結構な数待機させてはいますが、気合を入れ直させますわ」


そう言ってレイガノ本部長は背もたれに巨体を預ける。


入れ替わりでガストン老が口を開く。


「ところで『聖地』の方では『穢れの君』が復活する可能性が高いそうじゃが、そちらは何もしなくていいのかの?」


「そちらはクスノキ名誉男爵が対応してくれることになっている」


陛下が言うと、全員が俺の方を見る。


「なるほど、それなら安心じゃな。であれば我らはこちらの騒動に集中すればいいというわけかのう」


「そうなる。『聖地』での討伐が終わり次第クスノキ卿も戻ってはくるだろうが、さすがに頼りきりというわけにもいくまい?」


「ですな。ダンジョンが開いたら儂とクリステラを中心に突入することになりそうじゃが、今の話だと相手はアンデッドになるという感じですかな。聖堂騎士団が出払っているというのは少々痛いですのう」


「ボクの部隊は多くが『光属性』を身につけているから対応できると思うよ。接近戦専門ではあるけどね」


ガストン老の言葉にクリステラ嬢が反応する。『光属性』と『魔力圧縮』については、すでに『王門八極』経由で伝えてもらっているところだ。


「ふむ、なんとかなりそうではあるが……想定されるモンスターはどの程度かの?」


「以前ロンネスクで封印球の封印が破られた時は、7等級のドラゴンゾンビ一体、ほか5等級のエルダーリッチなどが複数体現れました。もちろんそれ以下のものは多数現れましたので、少なくともそれらと同等以上のものは現れるでしょう」


これは俺が答えた。


「あいわかった。いずれにしろ初動で被害を抑えるのが重要になりそうじゃの。何も知らずにダンジョンがいきなり開いたら大惨事になるところだったのう」


「その通りだ。事前にこうして対策を練ることができるのは幸運と言うほかない。クスノキ卿の働きには感謝せねばな」


女王陛下がもっともらしく頷いて俺を見る。


「では、状況が分かったところで各人員の配置などを再確認してくれ。当日はダンジョン発見を理由に住民の避難を行うが――」


その後トップたちによる打ち合わせは続けられた。


これで首都での『邪教徒の暗躍』イベントは最小限の被害で抑えられるだろう。


あとは『聖地』で『穢れの君』本体を討伐するのみだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る