26章  森の果て  03

 というわけで俺は今、里長の家の外で『千里眼』と『魔力視』スキルを使って強いモンスターがいる方向を探っている。


 ネイミリアたちは里長たちに話があるらしく家の中にとどまったままだ。俺一人外でつっ立っているのはエルフたちの視線が痛いが仕方ない。


逢魔おうまの森』を上空から『魔力視』で見ると、本当に多くのモンスターが徘徊はいかいしているのが分かる。


 里の周辺は3等級のモンスターがほとんどだが、周囲を見ていくと、4等級、5等級の姿がちらほらと見える。それら高等級モンスターの分布密度を見ていくと確かに偏りがあり、北東方向がやや高いようだ。


 とりあえずそちらに向かって転移して、また『千里眼』で探る……ということを繰り返していけば最奥部にはたどりつけそうだ。


 う~ん、やっぱりイージーすぎるな。探検の醍醐味が……今は必要ないか。


 俺が里長の家に戻ると、奥の部屋からネイミリアたちの声が聞こえてきた。


「……師匠が侯爵に……女王……確認を……」


「なんと……それでは……私たちも……」


「わかったわ……ネイミリアちゃんはそれでいいのね?」


 う~ん、明らかに俺が聞いたらマズい話をしているようだ。


 だけどネイミリアが女王陛下のことを口にしているのはどういうわけだろう?

 

 まさか俺が王配になる話が伝わって……まさかそんなはずはないよな。


 もし伝わっていたとしたら、彼女たちは今までのように俺に接しないはずだ。


「何となく向かう方角が定まったよ」


 とわざわざつぶやきながら廊下を歩いて部屋に入っていくと、皆が俺の方を意味ありげに見てくる。なんだろうこの雰囲気。俺は何か勘違いをしているんだろうか。


 俺が一瞬戸惑っていると、ユスリン女史が素早く俺の腕をとる。


「早いなケイイチロウ殿。それより侯爵になったという話ではないか。なぜそれを先に言わない?」


「いや、それは大した話ではないので……」


「そんなことはありませんわ。侯爵と言ったら大きな領地も与えられますし、国の重鎮ということになりますから。さすがケイイチロウさんです」


 と反対側の腕を取るネイナルさん。


 なんかこれが当たり前みたいになってるけど、この2人も間違いなく『そういういこと』なんだよな。特にネイナルさんは親子でってことになるから道徳的に激しくマズい。そりゃ女王陛下に「整理しろ」とか言われるよなあ……。


「自分には過ぎた話なんですが、女王陛下の評判にも関わることなので断ることもできませんでした。今は『大厄災』の対策をするということで、領地などについては先送りにしていただいています」


「ケイイチロウ殿のその謙虚さは素晴らしいと思うが、貴殿ほどの人間が上位貴族にならねば余計な波風も立つだろうからな。諦めて人の上に立つしかなかろう」


「そうです。ケイイチロウさんのように力も知恵も優れていて人格もしっかりした方が上に立つなら、民も安心できるというものですわ」


「それならいいのですが……。まあ、なんとかやっていくしかないとは思ってます」


「何も一人でやることはない。貴殿の周りには優秀な人間が多いようではないか。しかも皆力を貸してくれると言っているのだろう?」


 ユスリン女史の指摘はその通りなのだが……今の俺には激しく胃にくる案件である。


「はい、幸いそのようで、自分としてもありがたいと思っています」


「もちろん私もお手伝いしますわ。ネイミリアほどではありませんが、魔法には自信がありますし」


「そうだな。私も長い間里長としてやってきた経験がある。きっとケイイチロウ殿の役に立つだろう」


「へ……?」


 いやいやいや、ここでその流れがくるとは……。


 これどうしたらいいんだ? 女王陛下の言葉を考えれば断らないといけないのは確かなんだが、2人のキラキラした真剣な顔を見てしまうととてもじゃないが断れない。


 ちらりとネイミリアたちに目を向けると、なんか全員「どうせ承諾するんでしょ」みたいな顔してるし。


 ……まあでも、裏さえ読まなければ表面上は仕事を手伝うって話だから、断るのもおかしな話なんだよな。


 うん、そうだな。そういうことにしよう。今は『古代文明の遺跡』が先だし。


「……とてもありがたいお話です。お2人がいてくださると私としてもとても心強いです。その時はよろしくお願いします」


「本当ですか!? 嬉しいです!」


「うむ、任せよ」


 うぐぐ、胃が悲鳴を上げている。そういえばエルフ族には秘伝の胃薬とかありそうだな。せめて出発前にそれをもらっていかなくては……。





 ニコニコ顔のユスリン女史とネイナルさんに見送られ、俺たちは『逢魔の森』の奥地へ向けて出発した。


 まずは俺が目星をつけた地点に移動する。転移した先はもちろん森の中であるが、少しだけ木がまばらになっている場所であった。


「次の転移先を探すから、皆で近寄ってくるモンスターを倒してくれ。4、5等級も出てくるから気を抜かないように」


「はいっ」


 久しぶりの女子部……ではなく、勇者パーティ活動で皆の士気は高いようだ。


 いち早く近寄ってきた多数の巨大ハリネズミみたいなモンスターを瞬殺しまくっている。


 それを尻目に俺は『千里眼』『魔力視』を使って次の転移先を探す。


 高等級モンスターの比率が高く、転移が可能な開けた場所……うん、ここだな。


「次の転移をするからモンスターを片づけたら集まってくれ」


「はいっ」


 きびきびとモンスターを処理して集まってくる娘さんたち。嬉しそうに集まってくる姿は本当に可愛いらしいが、その正体は熟練ハンターもドン引きのガチンコ戦闘集団である。





 次に転移したのは河原だった。


 俺がこの世界に転移したばかりのとき、川沿いを歩いたのを思い出す。


 あの時は自分がまさか英雄的な人間になるとか女王陛下に求婚されるとか微塵も考えてなかったなあ。


 「ご主人様、川から何か出てきます」


 ラトラが川に向かって構えをとると、皆もそれにならう。


 水面が泡立ったかと思うと、そこから巨大なワニ型モンスターが出現した。全長は20メートルくらいあるだろうか。正直ドラゴンと言ってもいいレベルのモンスターだ。


 『解析』によると6等級らしいがこれは強そうだ……と思っていたら、ネイミリアが『雷閃衝らいせんしょう』でスタンさせ、後は一方的にボコボコにして倒してしまった。


「師匠、肉が落ちましたよ!」


 ネイミリアが嬉しそうにドロップアイテムを持ってくる。


 もう6等級も食材でしかないんだなあ。まあドラゴンを食材扱いしてる俺が言うのもなんだけど。


 しかし『古代文明の遺跡』探索ってこんなに緊張感なくていいんだろうか。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る