14章 勇者パーティ(前編) 01

「サーシリアから聞きましたが、首都ラングランでも大層ご活躍だったそうですわね、クスノキ名誉男爵様?」


ラングランから帰った翌日、俺は早速アシネー支部長に呼び出された。


いつもの通りソファにゴージャス美女吸血鬼と二人掛けしているのだが、なぜか俺は今、その真紅の瞳ににらまれて縮こまっている。部屋が少し寒い気がするのは気のせいではない……いや、気のせいのはずだ。


「え、ええ。『邪龍』の本体が現れたり、『魔王の影』が現れたり、女王陛下が誘拐されそうになったり、確かに色々ありましたね。あ、それとおかげさまで3段位に上がることができました。ありがとうございました」


「それはおめでとうございます。もとより昇段を疑ってはおりませんが、喜ばしいことでございますね。それで、その時の試験官と随分仲良くなられたとか?」


「ローゼ……いや、副本部長のことですね。『邪龍』と一緒に戦いまして、それなりに認めていただいたようです」


「そうですわね。『ご主人様』として認めさせたとか。まさかあの『黒雷』ローゼリスを手懐てなずけるとは、わたくしも予想外でしたわ」


どうして支部長までゴミを見るような目で俺を見るのだろうか。美女にこういう目で見られたいと主張していた後輩がいたが、現実は胃が痛くなるだけである。


「そういえば、『勇者』を連れてお帰りになるというのも驚きましたわ。しかもその勇者にも『ご主人様』と呼ばせているとか」


「いやあれはラトラが将来的に私の下で働くという話でそう呼んでいるだけですので、呼ばせている訳では……」


「まあ。あんな可愛らしい勇者を自分の好みに育て、将来的にも手元に置いておくという訳ですのね」


まさかこっちの世界で光源氏扱いを受けるとは驚きである。このままだと際限なく危険人物扱いされそうなので、俺は話を逸らそうと試みる。


「そ、それより、ロンネスクの近くに大規模なダンジョンが出現したと聞きました。今日の呼び出しもその話だったのでは?」


「逃げるのもお上手になったみたいですわね」


口を尖らせる美女はそれはそれで魅力的ではあったが、下手に反応すると藪蛇やぶへびになりそうなのでグッとこらえる。


「まあいいですわ。それよりダンジョンのことですが、少し困っておりますの」


そう言って、アシネー支部長はようやく本題に入った。




ロンネスクの東、逢魔の森の手前に大きな穴があると確認されたのは、俺がちょうど昇段審査を受けていた頃だった。


地面に開いたその穴には地底に向かって下りていく階段が備わっており、人を招くかのようだったという。


その穴をダンジョンであると判断したロンネスクの領主、コーネリアス公爵閣下は調査を都市騎士団に命じ、ハンター協会もまたそれに協力することになった。


しかしダンジョンは思った以上に広く深く、一週間以上かけてようやく6階層まではたどり着いたが、そこで調査が一時頓挫とんざしてしまう。


5階層までは2~3等級が主で、4等級のモンスターが時折出る程度の難易度であったが、6階層は5~6等級のモンスターが跋扈ばっこする危険地帯であったのだ。




と、そこまで語り、アシネー支部長は少し間を置いた。


「ケイイチロウ様のおかげで騎士団のレベルも上がっており、先に進めないこともなかったのですが、食糧も心もとなく、一旦ロンネスクに戻って準備をし直すと言うことになったのです」


「ダンジョンに全ての戦力を割くわけにもいかないでしょうし、当然の判断でしょう」


「ふふっ、貴方の存在の大きさを実感しましたわ」


いやそこで腕に抱き着かなくてもいいんじゃないでしょうか。サーシリア嬢の話だと俺をからかってるだけっぽいから無言で耐えるけど。


「……とりあえず私の方で調査をするということでよろしいでしょうか?」


「お疲れのところを申し訳ありませんが、公爵からも貴方が帰り次第依頼して欲しいと言われておりますの。是非お願いいたしますわ」


「わかりました。ネイミリアと勇者ラトラは確定で連れて行きますのでご承知おきください」


「結構ですわ。それとダンジョン調査の報酬ですが……わたくし自身、というのはいかが?」


アシネー支部長のキラキラ美女ジョークも久しぶりで何か安心するな。ジョークの割に濡れた瞳で見上げてくるとか演技過剰なのが困りものではあるけど。


「たかがダンジョン攻略の報酬としては高すぎますよ。せいぜいお食事一回同伴とかその程度でしょう」


「まあ、ではぜひそれでお願いしますわ!」


え、冗談で返したつもりだったのに、なんか本気で喜ばれているような気が……。


というかアシネー支部長、そういう子どもっぽい顔もできるんですね。美女はどんな顔をしても魅力的だから得だよなあ。





相変わらずカウンターで忙しそうなサーシリア嬢に目で挨拶をしてから協会を出る。


と、スッと斜め後ろに近寄ってくる気配があった。


現れたのは、切りそろえた黒髪の下に鉢金はちがねをつけた、凛々しい顔の少女。女王陛下直属の密偵集団『影桜』の腕利き忍者少女エイミである。


忍者っぽい黒装束はハンター協会のコスプレ軍団の中でも目立つ方だが、彼女は自分の姿を相手に明確に視認させない『おぼろ』というスキルを持っているらしい。俺の『幻覚看破』スキルは、首都でその『朧』スキルを破った時に身に着けたものだ。


「クスノキ様、ネイミリア様たち一行は家にお戻りになりました。勇者ラトラ様に接触してくる者は特におりません」


「お疲れ様。昨日ここへ来たばかりだからね。勇者の情報も一般には伏せられているから、さすがに今日動く人間がいたら逆に驚きだよ」


「どこにも目ざとい者はおりますので」


「確かに。ラトラはちょっと目立つしね」


王家の密偵である彼女がここにいるのは、無論女王陛下の指示によるものである。


勇者であるラトラを俺に預けるに当たって王家が丸投げをするはずもなく、お目付け役という名目で彼女が派遣されたのだ。


ただどうも、彼女が俺付きになったのは、俺自身をハニートラップなどから守るという目的もあるようだ。俺はそちらの方はまるっきり苦手な分野なので、ありがたいと言えばありがたい。


「そうだ、明日から例のダンジョンに潜ることになったから。ネイミリアとラトラは連れていくけど、もし君も来るつもりならパーティとして参加してくれ」


「それは姿を見せて参加しろといういうことですか?」


「ダンジョンはなにがあるか分からないからね。俺の目の届くところにいて欲しい」


「……分かりました」


「それと、いつも食事とか寝るのとかはどうしてるの?」


「その辺りはどこでも。そう訓練されていますので」


「どこでもって……。どうせパーティとして参加するなら、俺の家で生活しないか?まだ部屋は余ってるし、今更1人増えてもなんてことはないから」


「なるべく人前に姿を現すなと教えられておりますので」


「人に紛れて目立たなくするのも君たちの技術の内なんじゃないのか?」


「……」


本当かどうかは知らないが、前の世界の忍者には、一般人に紛れて生活する「草」と言われる人たちがいたとかなんとか……。適当な事を言っている自覚はあるが、さすがに年頃の娘さんが野宿とかそういうのを見過ごすわけにもいかないだろう。


少し考えてから、エイミはぼそっとつぶやくように言った。


「……クスノキ様にとってその方が都合がよろしいならそう致します」


そう言いつつも、その表情には幾分か安堵が含まれている気がする。いくら訓練を受けていても一人で野宿はないよな、やっぱり。

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