6章 穢れの足音(後編) 01

「ちょっと!!どういうことか説明しなさいよっ!!」


廃墟から帰って2日後の朝、ネイミリアを伴ってハンター協会に行くと、そこにはまなじりが裂けんばかりに目を怒らせた金髪碧眼キラキラ美少女が待ち構えていた。


「アンタがっ!何か変なことを吹き込んでっ!ソリーンをだましたんでしょっ!!」


こちらに指先をビシッと突きつけて叫ぶその少女は、言うまでもなく以前アルテロン教会で見かけた聖女リナシャであった。


白い修道服風ドレスはかなり場違いな服のはずだが……うむ、協会のコスプレ軍団に混じるとあまり違和感はないな。


「人が真剣に話してるのに!どこ見てんのよっ!いまわたしの胸見てたでしょ!変態っ!」


ちょっと放っておいたらこの聖女、俺の社会的地位を破壊し始めてきた。


いや確かに大きいのだが……失礼にならないよう見ないようにしていましたよ、もちろん。


「申し訳ないが、私は貴方を知りません。私を糾弾きゅうだんするにしても、自己紹介をしていただかないと訳が分からないのですが」


「このっ!なんなの澄ました顔してっ!そうやって真面目なソリーンを勘違いさせたんでしょっ!!」


ああだめだこれは……、俺は助けを求めるようにカウンターの方を見る。


……ひえっ、どうしてそんなに冷たい視線で睨んでいるのですかサーシリアさん。





とりあえずサーシリア嬢に仲立ちしてもらって、協会の会議室にて聖女リナシャの事情を聴くことになった。


『教会の聖女にまで手をだしたのかよ……』とかいう声が聞こえた気がするが……ここのところ働き過ぎのせいか幻聴が多いな。


会議室でもリナシャの勢いはおさまらなかったが、サーシリア嬢がなだめてくれて一応事情を話す気にはなってくれた。


「虚偽の報告をしたってことで大司教にとがめられて、ソリーンが反省室に閉じ込められたのよ!『けがれのきみ』を倒したとかウソをついて、大聖女の位を狙ったんだって!」


「『穢れの君』本体ではなかったようですが、確かに『穢れの君』みたいなのは倒しましたよ」


「それよそれ!アンタがその場でソリーンに吹き込んだんでしょ!『貴方は穢れの君を倒しましたよ』って!」


再びビシッ!と俺を指さす聖女。


「そんなこと吹き込んで私に何の得があるんでしょうか?」


「そんなの知らないわよ!大方ソリーンを差別する人間に金でも貰ったんでしょ!」


おっと、ここにも冤罪が。しかし聖女ソリーンを差別する人間か。


確かに彼女は『魔人族』という少数種族ではあるが……やはり種族間の軋轢あつれきとかあるのだろうか。いや、前の世界を考えるとあって当然なんだろうな。


「少なくとも私は種族で差別はしませんし、聖女ソリーンに対しても何の感情も持っていませんよ。それにお金にも全く困っていません。むしろ稼ぎは多いくらいですから」


後半の部分でサーシリア嬢が頷いている。そういえば俺の資産状況を彼女は全部知ってるんだよな。


「だから何?他にも理由はあるかもしれないでしょ!どっちにしろ重要なのは、アンタがソリーンをそそのかしたってこと!」


「その場にはカレンナルさんもいらっしゃったんですが、彼女から話はお聞きになりましたか?」


「カレンナルも同罪ってことで反省室に閉じ込められてるわよ!どうせ彼女もアンタの被害者なんでしょ!」


「彼女まで……。ですが確かソリーンさんは『聖女の封印球』を持ち帰ったはずですよ。そちらは確認されたのですか?」


「ええ見たわ。ただの鉄の球だったけどね!あんなものまで用意して、どれだけ用意周到に準備してソリーンを騙したわけ!?」


ああなるほど見えてきた感じかな。しかし動機がまだ不明瞭なんだよな。


でも今のリナシャの状態じゃ話がきちんと聞けるかどうか……。


と考えていたら、


「師匠はそんな人じゃありませんっ!」


隣で聞いていたネイミリアがいきなり声を上げた。


「先程から聞いていれば一方的にまくし立てて、貴方は人の話をきちんと聞くことができないんですかっ!」


「なっ、なによ……っ!」


別方向からの思わぬ反撃に鼻白むリナシャ。


自分とあまり変わらない年齢の少女に強い言葉で責められ、さすがに気勢が少し削がれたように見える。


「私も廃墟でソリーンさんとご一緒しましたけど、『穢れの君』に思われるものをソリーンさんが封印したのは本当です!わたしもその場にいてこの目で見たので間違いありませんっ」


「えっ、なにそれっ。他に見てた人がいたなんて聞いてないんだけど……っ。いえ、アナタも一緒にウソをついている可能性が……」


「大体、ソリーンさんが虚偽の報告をしたっていうこと自体が嘘だと思わなかったんですか?貴女の様子だと、貴女はソリーンさんをとても大切に思ってるんでしょう。どうしてそれを信じてしまったんですか?」


「だから、ソリーン自身も騙されてるんだって思ったの。大司教様がウソをつくはずもないし……」


リナシャの態度がだんだんと落ち着いてくるのが分かった。これはネイミリアのファインプレーだな。


今ならもう少し情報を得られそうだ。俺はチャンスと見てリナシャに疑問をぶつけてみた。


「済みません、先程貴女がおっしゃった『大聖女の位を狙う』というのはどういうことですか?『穢れの君』の封印とどういう関係が?」


リナシャは一瞬だけさっきの勢いで声を上げようとしたようだったが、グッとこらえて静かに口を開いた。


「私たちは『聖女』と呼ばれているけど、実は『大聖女候補』でもあるの。『大聖女』っていうのは教会の中では教皇様に次ぐくらいの地位で、それになるのは立派なことだって言われてるわ。だから『聖女』は皆、『大聖女』を目指してるの」


「なるほど」


「もちろん『大聖女』になるには実力も実績も必要。だから『穢れの君』封印というのはとても重要な意味を持つわけ。ソリーンは実力もあるし、真面目だし、今回もし本当に『穢れの君』を封印したということになれば、『大聖女』にかなり近づいたはずよ」


「ふむ……。ところでつかぬことをお聞きしますが、貴女と大司教様はなにか血縁関係のようなものがおありですか?」


俺の妙な質問にリナシャは少し眉をひそめたが、先程ネイミリアにたしなめられたためか素直に答えてくれた。


「血縁はないわ。ただ、私は大司教様の息子夫婦に養女として引き取られた人間なの。もともと貧乏農家の生まれだったんだけど、聖女の資質があるからっていって小さい頃にね」


「それは……申し訳ありません。大変繊細なことをお聞きしました」


「さっき一方的に怒鳴っちゃったからこれでお相子よ。でも、アナタがもしソリーンを騙したのではないなら、一体どういうことなのかしら……」


リナシャは腕を組んで黙り込む。


さて、何となく裏が分かってきたような気もするが……しかしこんな単純な推理で果たして大丈夫なのだろうか?


正直これがゲーム的イベントなら、多分間違いないとは思うんだが。

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