11章 魔王軍四天王  06

サヴォイア女王国より遥か北に、永久凍土と呼ばれる氷に閉ざされた土地がある。


その土地には数百年に一度『魔王城』が現れ、その城の玉座にて『魔王』が誕生するという。


永久凍土には、古に『魔王』に帰順した民『凍土の民』が住まう国があり、その国民は『魔王』誕生の際には『魔王』の兵となることが定められている。


そして『魔王』の兵の中でも力ある者が『四天王』に選ばれ、『魔王』から特別な力を与えられる。


そして今代の『魔王』誕生からすでに一月ほど経とうとしている――



バルバネラはおおよそそんな情報を話してくれた。


「それで、貴方はどうして遠くからこんなところまで来たのですか?」


俺は正座をしている女悪魔になるべく優しく話しかけた。そうしないとならないほどバルバネラは縮こまっていたのだ。


「……アタシの能力はモンスターの召喚。召喚するには魔素がいる。その魔素は北では集まらないんだ。だからここに来た。魔素さえあれば、アタシはいくらでも強くなれるから……」


「どうやってこんな遠くまで?」


「この羽は飾りじゃないんだよ……。魔王様のお力で、アタシは遠くまで飛べるんだ……」


「なるほど……」


しかし新しい情報が一度に入ってくるのも困りものである。『凍土の民』のことは本にも書いてなかったし、あのアシネー支部長ですら話してはくれなかった。いや、もしかしたら故意に伏せられている情報なのかもしれないな。


「ところで貴方は『凍土の民』とのことですが、その『凍土の民』とはどのような方たちなのですか?」


「……さあね。一応教えられてるのは、遠い昔に迫害されて北に逃れたってことだけ。南の連中に恨みがあるから、魔王様が誕生したら共に戦って恨みを晴らせってことらしいよ」


そう言ったバルバネラは、少し投げやりな感じに見えた。先程の、四天王としての自信に満ちていた態度とはちぐはぐな所を感じる。


もしかしたらそのちぐはぐさが、彼女がキラキラオーラをまとっていること――つまり彼女が改心する可能性があること――と関係しているのかもしれない。


「……もしかして『凍土の民』は、全員が魔王に従うことをよしとしていないのではないですか?遥かいにしえの恨みに縛られるのを、全員が納得しているわけではないのでは――」


俺はそこまで言いかけて、空を見上げた。


何者かが空から接近してくる。俺の『気配察知』でようやく感じられるほど『隠密』に長けた高レベル者。恐らく四天王の二人目といったところだろう。


「空から新手だ。警戒してくれ」


俺が言うと、ネイミリア以下が空を見上げて構える。


そいつは見えるところまで近づいてくると、滞空したままこちらを見下ろし、そしていきなり魔法を放ってきた。


空中からは螺旋らせんの炎槍が多数迫り、そして地上一帯に高熱が膨れ上がる。


恐らく『スパイラルアローレイン』と、火柱を発生させる『エターナルフレイム』との並列発動。


『並列処理』スキル持ちの魔導師型四天王といったところか。


俺は氷魔法『フローズンワールド』で発生する高熱を相殺、炎の槍は『ウォーターレイ』で迎撃する。


「……っ!」


その隙にバルバネラが飛び上がり、あっという間に新手の四天王の所まで飛んで行った。


そのまま二人して飛び去るかと思われたのだが――


「おいぃ、バルバネラよぉ、随分と情けねえじゃねえか、人族に捕まっちまうなんてよぉ」


新手の四天王は男悪魔だった。遠めにはっきりと分かるギラギラオーラ持ちの、街のチンピラみたいな見た目の男だ。


「……うるさいよ。かなりの手練れなんだ、『勇者』かもしれないよ……」


「ぷぷぷっ、自分が負けたからって何でも『勇者』扱いはいただけねえなぁ」


「アンタの魔法だって簡単に消されたじゃないか……」


「おめ、ふざけんなよぉ?あれが全力のハズねえだろうが。ったく『腰抜け』の連中はこれだからよぉ」


「ここは引きなよ。魔王様だってまだ待機を命じてるんだ……」


「てめえだって戦って負けたんだろうが。帰って長老にしばいてもらうんだなぁ。ああ、てめえより妹をしばいた方が効くんか、なぁ?」


「……くっ、勝手な事言うな。アタシは行くよ」


「ああ行っちまいな。オレはこいつらを片付けっからよぉ。なんだ、可愛い娘っ子がいるじゃねえか。こりゃちょっとお楽しみもありかぁ。どうせみんな殺しちまうんだしなぁ」


「……ゲスが。好きにしな」


そんなやりとりをして、バルバネラは俺の方をちらりと見てから飛び去っていった。


まあなんだ、いろいろヒントがある会話をしてもらうのはありがたい。


「さあて、じゃあそこのクソ男から殺っちまうかぁ。ちぃと魔法に自信があるみたいだが、上には上がいることを知っておいた方がいいぜぇ?」


なんかホントに完全なチンピラなんだよな。これで本当に四天王なんだろうか。


少し近寄ってきたので、解析の射程に入ったようだ。




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名前:ゲイズロウ

種族:凍土の民 男

年齢:23歳

職業:魔導師

レベル:76

スキル:

格闘Lv.11 杖術Lv.14 

投擲Lv.7

四大属性魔法(火Lv.33

水Lv.21 風Lv.21 地Lv.23)

算術Lv.2 

魔力操作Lv.27 魔力回復Lv.28 

状態異常耐性Lv.3 魔法耐性Lv.13

並列処理Lv.4 四属性同時発動 Lv.5

気配察知Lv.8

暗視Lv.8 隠密Lv.15 俊足Lv.2

剛力Lv.7 剛体Lv.8 不動Lv.2 

瞬発力上昇Lv.4 持久力上昇Lv.2 

称号: 魔王軍 四天王

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なるほど魔法特化型のステータスだ。


と言っても、『並列処理』と『四属性同時発動』が気になる他はそれほどでもないような……。


だめだ、俺基準になってるな。一般的には十分以上に脅威となる存在だろう。特に炎属性のレベル30超えはかなり恐ろしいはずだ。


「皆離れてくれ。彼は俺一人で対応したほうが良さそうだ」


「はい師匠」「負けないでねっ」「はい、お気をつけて」「分かりました、お任せします」


4人が下がると、チンピラ風四天王……ゲイズロウはニヤニヤと笑いながら舌なめずりをした。こういうリアクションをする人物を実際にいるとは驚きであるが、しかし彼の眼には、看過できない濁った光が宿っていた。


「そっちの4人は後で可愛がってやっから大人しく待っててなぁ」


「自分はロンネスクのハンターのクスノキだ。貴方も魔王軍四天王ということでよろしいか?」


俺が小悪党的セリフを無視して話しかけると、気分を害したように牙をきだした。


「てめえにゃ用はねえんだよなぁ。燃え尽きて灰になっちまいなぁ」


ゲイズロウは空中から、先程とは比較にならないほどの速度で炎魔法を連射し始める。


躊躇ちゅうちょなくこちらを殺しにくるその攻撃魔法は、なるほど確かに四天王を名乗るにふさわしい質と量を誇っていた。


誇ってはいたのだが……


「……っ!?んだてめぇはよぉっ!」


ゲイズロウが目を見開く。自慢の炎魔法全てが苦もなく相殺されればさすがにうろたえるのも仕方ないだろう。


しかし俺の方も、このゲイズロウをどうするか実は少し迷っていた。


普通に考えたら倒してしまった方がいいのだろうが、死の近いこの世界に来ても、俺はまだ人を殺めたことはないのである。


無論、ここでゲイズロウを逃がしたら、それ以上の命が失われるであろうことは想像に難くない。バルバネラと違い、ゲイズロウの目にはもうどうにもならない狂気のようなものが宿っている。ここで倒さねばならない相手なのは間違いない。さすがに魔王軍四天王が相手であれば殺人罪に問われることはないであろうし、結局は自分のエゴの問題である。


ただまあ、平和な日本に長く生きてきて、それなりの倫理観を備えている以上、殺人への禁忌感はいかんともしようがなかった。


「ふざけんなぁ、ホントに『勇者』だってのかよぉっ。だったらオレの手柄にしてやらぁ!オレの最高奥義を食らいなぁっ!カオススフィアあああぁぁぁっ!!」


ゲイズロウが両手を前に突き出す。その先に4つの異なる色の光が現れ、それが混じり合って一つの極彩色の光球を形作る。その光球には、今にも暴走しそうな魔力が幾重にもうねっている。


『四属性同時発動』による強力な破壊魔法――恐らくそんなところだろう。


「なるほど、ああやるのか」


俺は九属性を同時発動。それを超能力で無理矢理凝縮、融合させる。


そこには何もかもを飲み込む虚無の空間、光学処理で可視化されたブラックホールのような『何か』かがあった。


脳内で電子音。『九属性同時発動』スキルを得たに違いない。


「死いぃぃねえぇぇやあぁぁっ!!!」


ゲイズロウが極彩色の光球……『カオススフィア』を放つ。


同時に俺もその虚無の球を射出。


空中で両方の球が接触し、爆発が起こるかと思われたが……


「はぁ!?」


虚無の球は極彩色の光球を一瞬で吸い込み、そのままの速度で呆けているゲイズロウに命中、ゲイズロウの身体をも一瞬で吸い込んだ。


そしてそのまま虚空に消えていき、はるか上空で、まるで第二の太陽の如き輝きを放ちながら爆発、消滅した。


「ああ、ついにやってしまったか……」


まあ、さっきの魔法を放った時点でこうなることは薄々分かってはいたが……さすがに絶対的な禁忌を犯したことへの胸糞の悪さはどうにもならない。


とはいえ、俺も覚悟がなかったわけでもない。歳を取ると心もそれなりに鈍磨どんまする。これもじきに慣れてしまうのだろう。


「さすが師匠で……す?師匠、どうしましたか!?もしかして魔力の使い過ぎでは!?」


嬉しそうに駆け寄ってきたネイミリアが、俺の様子を見て慌てたように見上げてきた。


リナシャとソリーンも駆け寄ってきて、身体を支えてくれた。


多分顔色はそれなりに悪くはなっていただろう。


「ああ、違うよ。俺は大丈夫。ちょっと思う所があってね。心配してくれてありがとう。とりあえずこれで事態は解決したみたいだし、テントに戻ろうか」


「帰りは私たちがお守りしますので、無理をなさらず」


カレンナルの言葉に礼を言って、俺はもう一度空を見上げた。


あの先を飛んでいるはずのバルバネラ。


「……もしかして『凍土の民』は、全員が魔王に従うことをよしとしていないのではないですか?遥か古の恨みに縛られるのを、全員が納得しているわけではないのでは――」


俺のこの問いに、彼女は飛び上がり際にこう答えていたのだ。


「その通りだよ」


と。

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