16章 セラフィからの手紙  03

翌日午前、俺は領軍の駐屯地に向かった。


駐屯地は丘の中腹にあり、訓練場の周りに宿舎や倉庫、馬房などが並んでいる。


その庁舎の入口でハンターカードを見せ、「領主様の依頼」に応じて来たと告げると、すぐに応接室に通された。


そこで簡単な説明を受け質疑に答えると、そのまま訓練場に通された。


「剣術と魔法が得意とのことなので、両方の腕を軽く見せてもらいたい」


壮年の担当官がそう告げると、手に木剣を持った体格のよい兵士が3人訓練場に入ってくる。


俺も渡された木剣を手に3人の前に出る。


「1段位なら3人は相手にできるだろう。軽く打ち合ってくれ」


担当官は気軽そうに言うが、兵士たちはちょっと殺気立っていた。


さすがに3対1で対等だと言われたら、彼らのプライドも傷つくだろう。ただでさえ兵士とハンターなんて仲が良くなる要素はないのだし。


「でははじめ!」


もっとも、そうは言ってもこっちも事情があるので手は抜けない。無論手加減はするが。


「やめっ!」


俺が一瞬で3人の剣をはね飛ばして胴に一撃づつ加えると、それで剣の審査は終わった。


担当官が少し驚いたような顔をする。


「凄まじい剣技だな。1段位のハンターは数人来たが貴殿は別格に見える。次は魔法を見せてもらえるか」


射撃場に移動する。


100メートルほど奥の的(と言ってもただの岩だが)に向けて『ストーンバレット』『ファイアランス』『ウォーターレイ』を順に放つ。


着弾する度に的が削れていくのを見て、また担当官が目を丸くする。


「どれも基本的な魔法だが、威力と精度が極めて高い。うちの魔導兵にも見せたかったよ」


そう言いながら担当官は書類をその場で書き、俺に渡した。


「合格だ。これを持って領主館の城門の兵に渡してくれ。あとはそちらで対応する」


「分かった。世話になった」


手続きがやたらと手慣れているのは過去に何度も同じ事をやっているからだろう。


トリスタン侯爵が高段位ハンターを集めているというのも確からしい。


俺は駐屯地を後にすると、その足で領主館に向かった。





丘をさらに上ると、城壁に囲まれた領主の館が眼前に現れる。


その城門前に立つ衛士に先程の書類を渡すと、そのまま領主の館に案内された。


通された応接室でしばし待っていると、いかにも執事的な老年の男性が入ってきた。


「お待たせをいたしました。トリスタン家にて執事をしておりますノーマンと申します。お見知りおきを」


「1段位ハンターのスミスだ。よろしく頼む」


自分は今架空のハンター『スミス』なので、礼儀を弁えてないていで対応をする。もと社会人としてはこういう場面では気を抜くと敬語が出そうになるので正直辛い。


「書類によるとスミス様はかなりの手練れとのこと。当家としても今回の調査への参加はありがたく存じます」


「報酬が目的だ。それに見合った仕事はさせてもらうが、それ以上は期待しないでくれ」


「ええもちろんです。当然のことと思います」


かなり失礼な物言いをしたのだが、ノーマン氏は眉一つ動かさない。トリスタン侯爵の腹心なんだろう、さすがのプロである。


「条件は協会の方で聞いたが、再確認をしたい」


「こちらになります」


ノーマン氏が差し出した書類には、細かい契約条件が書かれていた。細かいと言っても前世の世界で交わされていたものに比べると非常に簡素ではある。もっとも、これはハンターに理解しやすいように最低限だけ書かれているのかもしれないが。


ともあれ内容は協会で聞いたものとほぼ同じであった。


「これで結構だ。調査隊の規模はどのくらいなんだ?」


「領軍から32名、ハンターがスミス様を含めて13名です」


「ダンジョンの規模は?」


「3階層まで確認をしております。1階層踏破にかかる時間はおよそ半日。出現するモンスターは3階層で3から4等級と聞いています」


「調査完了の条件は?」


「最奥部への到達、及びボスモンスターの有無の確認です。もしボスがいた場合、討伐は領軍が行いますので必要ありません」


「ふむ。俺たちは先に立って最下層まで領軍を連れて行く感じか」


「ご明察です。その代わりバックアップは十全に行わせていただきます」


「わかった。この後はどうすればいい?」


「1段位以上のハンターの方には離れにお部屋を用意しております。当日まではそこで過ごしていただければと思います。可能ならば領軍の様子などを見ていただけると助かります。その場合もちろん報酬をお支払いいたします」


なるほど、トリスタン侯爵は高段位ハンターを本気で取り込もうとしているみたいだな。


彼の野心を考えれば有能な人材を手元に集めようとするのは当然であるが、逆にだからこそ彼の野心が本物であるという証明にもなる。


「厄介になろう。案内してくれ」


いずれにせよセラフィと接触したい自分にとって、館の敷地内にいられるのはありがたい。


城門をくぐった時点で監視の気配は感じているので、恐らく調査当日まで行動はチェックされるのだろうが……インチキスキル持ちの俺には特に問題にもならないんだよな。





案内された離れは見た目こそ兵士の宿舎のようだったが、部屋は前世の高級ビジネスホテルレベルはあるもので、この世界ではかなりの高待遇であった。


数人のハンターがすでに先客としているはずだが、昼間は出かけているのか他の部屋に気配はない。


俺は自室に荷物を下ろすと、剣をもって外に出た。


宿舎の管理人らしき人物に素振りのできる場所を聞くと、館の近くにある訓練場に案内された。


侯爵自身が使うこともあるというその訓練場は小学校の校庭くらいの広さがあり、魔法の的なども設置されている。


俺はそこで素振りをしつつ、館全体の気配を『気配察知』と『魔力視』で調べる。


館には100人以上の人間がいるが、俺が探したいのは特殊な魔力をもった少女なので選別には時間がかからない。


30秒ほどで他の人間とは明らかに魔力の質が違う人間の存在を感知。


見つかったのは2人、『闇のかんなぎ』という役割を背負わされた少女セラフィと、その妹のシルフィだろう。


問題はどちらがセラフィかだが……1人は動きがあるが、もう1人はほとんど動きがない。


恐らく動きがあるほうがセラフィだろう。


手紙の内容が確かなら、にえに捧げられるシルフィは『洗脳』されていて軟禁状態にある可能性が高いからだ。


俺はセラフィと思われる存在に向かって『精神感応』を発動する。


『あ……っ!?これはクスノキ様の声……?』


『セラフィ、スキルを使って君の心に語りかけている。そのまま口にださないで返事をして欲しい』


『はい……はい! セラフィです。クスノキ様、来てくださったのですね! こんなお力までお持ちなんて……』


『今君の近くにいるから安心して欲しい。あまり長く話すと怪しまれるから、手短に済ますよ』


『はいっ』


セラフィの嬉しそうな反応に、俺は以前見た幼さの残る彼女の姿を思い出す。あの時と同じように、彼女は今まで不安にさいなまれていたはずだ。


『まず、シルフィについての手紙を出したのは君自身ということでいいんだね?』


『はい、間違いありません』


『君があの手紙を出したことを知っている人間は誰がいる?』


『昔から私に仕えてくれた使用人だけです。協会に手紙を届けるのを頼んだのですが、私やシルフィを気にかけてくれている人なので、父には知らせていないと思います』


『分かった。シルフィが連れていかれるほこらというのは、5日後に入るダンジョンということでいいのかな?』


『はい、そうです。父は『供物の祭壇』と呼んでいました』


『シルフィを助けたらどうしたらいい?ここに戻すのは危険だよね?』


『以前私にやったように、『暗示』を解いて欲しいのです。クスノキ様に『暗示』を解いてもらうと再びかかることがないみたいなのです。私はそれで今のところ『使えなくなった』と言われているので……』


『暗示』とは『洗脳』のことだ。


以前セラフィの『洗脳』を解いたのだが、その時に本人には『暗示』にかかっていたと説明していた。


しかしまた意外な副作用があったものだが……それなら今の内にシルフィに近づいて『洗脳』を解いてしまえばいいか?


『今シルフィに近づくことはできるのかな?』


『いえ、いまシルフィは一部の人以外は会えないようになっています。外に出されるのも祭壇に行く時だけかと』


『ふむ……』


何となく感じてはいたが、『供物の祭壇』とやらに行くまでがいつもの強制イベントな気がするな。ここは流れに沿って動いた方がよさそうだ。


「貴殿は初めて見る顔だが、新しく来たという1段位のハンター殿か?」


俺が考え事をしていると、訓練場の外から声をかけられた。


『セラフィ、一旦切る。人が来た』


俺はそう伝えて『精神感応』を切ると声の方に目を向けた。


そこにいたのは黒い翼を背に畳んだ体格の良い壮年の貴族。


強烈なギラギラオーラをまとう黒髪の野心家、トリスタン侯爵本人であった。

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