16章 セラフィからの手紙 02
またしばらく家を空けるという話をすると、家の同居人たちはそれぞれ違う反応を示した。
「ご主人様、お早いお帰りをお待ちしています。ご主人様がいらっしゃらない間も、わたし強くなるために頑張ります!」
と健気なことを言って俺を泣かせるのは猫耳勇者のラトラ。
「……陛下にはお側を離れるなと言われているのですが、しかし何か深い理由があるご様子。お帰りになるまでは私はラトラの方に注力いたします」
任務に忠実でありつつ、しっかりと裏を読んでくれる王家の密偵エイミ。
「ケイイチロウさん、今度は少し危ないことをしようとしていませんか?必ず帰ってきてくださいね。ケイイチロウさんは大切な人なんですから」
偽のカードを手配した関係でそれとなく事情を察しつつ、しっかり釘を刺すやり手協会職員のサーシリア嬢。
「私を連れて行かないってことは、また新しく女性を捕まえてくるつもりなんですよね。さすが師匠、もうどうなっても知りませんから」
半目の下からジトっと湿った瞳を向けてくるのは魔法マニアエルフのネイミリア。「また新しく」って、そんなこと一度もしてませんからね?連れて行かないのはネイミリアがどう考えても潜入とかに向かないからですよ?
「勇者パーティの方もまだこれからなのに済まないね。しかし緊急の要件でね。どうしても行かなければならないんだ。アメリア団長のところで訓練に参加できるようにしておくから、俺が帰るまでの間はそちらに参加するようにしてくれ」
「はい」
と3人とも返事はしてくれたが、ネイミリアだけはまだ不機嫌だ。
「サーシリアさんはまたアビスの世話を頼むね」
「任せてください」
例のペーストを食べている黒猫アビスに「お前も大人しく待ってるんだよ」と声をかけると、「んな……にゃあ、んなんな……」と、一応返事をしてくれた。
「ご主人様はお忙しいのに、わたしの面倒まで見てくださっているんですね」
ラトラがお茶を出してくれる。家事の方も覚えがいいとはエイミの言。
「今回の件は本当に急なんだよ。普段はハンター業が中心だから」
「あの時首都にいらっしゃったのもそうなんですか?」
「半分はね。結局魔王の影が出てきたりで確かに忙しかったけど」
「魔王……わたしが実際に討伐に出発するのはいつになるんでしょうか」
ラトラが不安そうなのは当然だろう。この質問にはエイミも表情を固くしている。
「この間大きい動きをしたばかりだからしばらくは大人しくしているとは思う。けど、ラトラのことが知られたら動き始めるかもしれないね」
「動くというのは……?」
「一つはラトラを直接狙ってくることかな。と言っても四天王を2人倒したし、俺がいることも分かってるだろうから可能性は低いけどね。もう一つは大軍で攻めてくること。伝説だと魔王はモンスターを使役できるみたいだし、軍備が整い次第攻めてくるんじゃないかな」
「そうなったら戦争ってことになるんですか?その、凍土の民とかいう人たちと」
機嫌が少し回復したのか、ネイミリアが話に加わってくる。
「多分ね。モンスターを使役できる以上凍土の民を前面に出してくるとは思えないけど、結局は戦争にはなるだろう」
女王陛下によると、すでに北面に兵を配置しているとのことであった。『王門八極』も数名派遣されているらしい。
「戦争が始まったら、わたしたちも参加するんですよね?」
「そうなるけど、魔王軍と正面から戦うことはないと思うよ。多分別動隊として直接魔王城に乗り込むことになるんじゃないかな」
ラトラに答えつつ、前世のメディア作品群での勇者の扱いを思い出す。
ゲーム的には魔王の軍勢と正面からやり合う勇者パーティはあまり見たことないし、現実的には少人数での強行突入みたいになるんだろう。
やってることは特殊部隊による暗殺だな。もしかしてラトラが暗殺者スタイルなのはそのせいか?
「それまでに強くなっていないといけないんですね。エイミさん、わたしをもっと鍛えてくださいっ」
「もちろん。ラトラは必ず強くなれるから大丈夫、頑張りましょう」
「乗り込む時は師匠も一緒に行ってくれるんですよね?」
ネイミリアが聞くと、ラトラとエイミも俺に目を向ける。
「当然そのつもりだよ」と答えると、3人は安心したような表情を見せた。
果たして魔王はいつ動くのか。軍備が整い次第と言ったが、彼らにとっての軍備とは主にモンスターを集めることだろう。
そう考えた時、ふと思い出したのは魔王軍四天王バルバネラ。
彼女のような召喚師が使役するモンスターが魔王軍の主戦力なのだとしたら、彼女が行っていた『魔素集め』が重要な要素なのかもしれない。
だがまあ、今考えるのはそのことではない。
俺はダウナー系女悪魔の姿を頭から追い払うと、『身分を偽って敵地へ潜入』というお約束なイベントへと気持ちを切り替えるのだった。
トリスタン侯爵領はロンネスクからはるか西、馬車でも2週間はかかる距離にあった。
もちろん俺の足で飛ばせば2日ほどで到着となる。
トリスタン侯爵領は広大な農地が広がる土地で、中央に行くに従って建築物が増え、中心街をなすタイプの都市であった。
その中心街は小高い丘を囲んでおり、その丘の上に砦と見まごう無骨な館がそそり立っている。華美を排したその構えは、主トリスタン侯爵の野心を知らなければ、もと日本人の自分にはむしろ好ましく思えたかもしれない。
「さて、まずは情報収集だな。支部長に言われた通り協会へ行くか」
トリスタン公爵領のハンター協会は、ロンネスクのそれを一回り小規模にした感じの建物であった。
中に入るとコスプレ軍団がたむろしているのも同じである。
掲示板を一通り見るが、内容はロンネスクのものと大きくは変わらない。
むろんここには『逢魔の森』のような特殊な場所はないので、全体的なモンスターのレベルは低い。
少し目に付くのは鉱山でのモンスター出現情報くらいだろうか。
トリスタン侯爵領の主要産業の一つが鉱山資源の産出らしいのだが、それを裏付けるような情報ではある。
とはいえそれ以外は特にめぼしい情報はない。俺は掲示板の前を離れカウンターに向かった。
眼鏡をかけた受付嬢に挨拶をし、偽の1段位のハンターカードを見せる。
「すまない、ここは初めてなんだが、狩場やなにか特別な情報があったら聞きたい」
並のハンターが受付嬢にいきなりこんなことを聞いても通常は相手にされない。しかし1段位以上は話が別である。
「1段位のスミスさんですね。狩場については掲示板にある通りで、それ以上の情報は特にありません。ただ高段位のハンターには領主のトリスタン侯爵から依頼が出ております。お聞きになりますか?」
「頼む」
「領軍と合同で、領内に出現した大規模ダンジョンの調査を行うというものです。すでに募集は打ち切られておりますが、1段位以上なら今からでも参加できます。報酬は1日50万デロル。期間は最長8日。その間の食糧は領軍もち。ただしドロップアイテムはすべて領軍預かりが条件です」
「悪くないな。参加するには?」
「領軍の駐屯地へ直接行ってください。その場で能力を試されるそうです」
「ふむ。分かった、ありがとう。それとここの領主が高段位のハンターを集めてるという噂を聞いたんだが、今の依頼はそれと関係があるのか?」
そう聞くと、眼鏡の受付嬢は少し嫌な顔をした。
「それについては私からお答えできません。あくまでハンター個人でのやりとりのお話ですので」
「そうか、悪いな変なことを聞いて」
「いえ」
なるほど、協会にとっては「高段位ハンターの引き抜き」みたいな扱いなのかもしれないな。
とはいえハンターはあくまで独立した個人だから、協会がその去就に口を出すことはできないということだろう。
領主としてもハンターを引き抜かせろとは言えないから、適当な依頼を出してハンターを集め、使えそうな人間を個人的に引き抜くとかまあそんなところか。
俺はカウンターを離れ出口の方に向かった。
ともあれ「大規模なダンジョンの調査」というところから、セラフィの手紙に書かれていた内容が事実である可能性は高くなった。
後は先程の依頼に乗っかって領主の館に入りこみ、セラフィ本人に直接確認を取ればいいだろう。
今日のところは宿を取って、それから酒場にでも行っておくか。トリスタン侯爵領の情報も多少得ておかないと怪しまれるからな。
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