7章 王門八極 01
久しぶりの休日を、俺は家で過ごしていた。
せっかく異世界で家を持つことができたのに、前世と同じで帰って寝るだけになるのはさすがに寂しい。
夢に見た猫まで飼うことができたのだ。たまには家で愛猫とゆっくり
そう思っていたのだが……
「すごく可愛い……ここが気持ちいいの?」
「なにこの子、ちょっと甘え過ぎじゃないの、あははっ」
「アビスはこのオモチャが好きなんですよっ、ほらっ」
俺の愛猫アビスは、黒髪の美少女と金髪の美少女とエルフ美少女のアイドルになっていた。
床の上(ちなみに我が家は俺の意見で土足厳禁である)で転がったりじゃれ付いたり身をくねらせたりしてる黒い子猫を3人の少女が囲んでいる姿は大変微笑ましいのだが……俺の心には寒風が吹いていた。
まあうちの猫は世界一可愛いから仕方ないね(一般的猫好きの思考)
などと思っても、この心に暖かい陽はささないのである。
……いやそれよりなぜ教会の聖女2人がうちに遊びに来ているのかがよく分からないのだが。
俺は、3人と1匹を微笑ましげに眺めている女性――聖女の護衛兼世話役の女神官騎士カレンナルに声をかけた。
「カレンナルさん、その、聖女様がこのように信者でもない男の家に来て何の問題もないのですか?」
竜人族の美人はキリッと真面目な顔になって頷いた。
「はい、その点は問題ありません。クスノキ様は『穢れの君』討伐の功労者でもいらっしゃいますし、準騎士爵の爵位もお持ちの立派な方でいらっしゃいます。教会の人間としてはむしろ聖女様方と親交を深めていただきたく考えております」
「はあ。まあそれなら構わないのですが……」
「クスノキ様の貴重なお休みにお邪魔をさせていただいている点については大変申し訳なく思っております。しかし聖女様方も不自由な身の上、できればお相手をしていただけるとこちらとしては大変有難く……」
「ああ、それについては何の問題もありませんよ。私もただゆっくりしているだけのつもりでしたから、聖女様がこんな家で息抜きができるのなら
「は、ありがとうございます。私も教会にいるより、こちらにお邪魔したほうが休まる気がいたします。あ、今のは御内密に……」
「はは、分かりました」
大司教は種族差別とかしてたようだし、教会にも色々と裏事情がありそうだ。
まだ若い女性が職場の人間関係で気苦労をするのは同情を禁じ得ない。サーシリア嬢もそうだが、美人は美人で余計な苦労が多そうであるし。
「あっ、カレンナルが男の人と親しく話すのって珍しくない?えっちょっとまさかもうそんな関係っ!?」
金髪聖女リナシャの興味がいきなりこちらに向いたようだ。
「リナシャはすぐそういうこと言うから……。クスノキ様もカレンナルも困ってしまうわ」
「え~でも今のは怪しくない?カレンナルちょっと笑ってたし」
「師匠はそんな簡単に女の人に手を出すような人じゃありませんっ」
「えっでもネイミリアと、サーシリアさんだっけ?2人とはもう一緒に住んでるじゃない」
「だからそれは違うって言ってるじゃないですか!っていうか3人目に手を出したみたいに考えてるんですか!?」
「ネイミリアちゃん、いまのはリナシャの冗談だから……ね?」
「あうぅ~っ」
ああなんかすごく年頃の娘さん感全開の会話である。前世の長女もこの年頃は……全然口きいてくれなかった記憶しかないな。また心に寒風が……。
「にゃあ」
おおアビス、この心を温めてくれるのはお前しかいない。さあ膝の上においで。
「アビスちゃんこっちで遊びましょう?いい子ね、ふふっ」
聖女ソリーン様、それは残酷過ぎませんか。
翌日は騎士団の訓練指導を依頼されていた日だった。
遺跡での一件以来時折頼まれる仕事だが、自分としてはそれほど面倒に思うような仕事ではない。
むしろロンネスクを守る騎士団とつながりを持っておくのは、一ハンターに過ぎない自分にとってメリットは大きい。
その上騎士団の練度が上がることで戦力の増強がなされるなら、それは『厄災』の足音がすでに聞こえ始めている状況下において非常に意味のあることだろう。
俺自身がいくら強くなろうとも、一人でできることなどたかが知れているのだ。
「師匠、私そろそろ雷魔法が使えそうな気がするんです。何と言うか、魔力がそこまで上がってきたような感じがします」
都市騎士団駐屯地への道すがら、ネイミリアがそんなことを言ってきた。
「ふむ……。じゃあ明日はどこか高レベルの狩場に行ってみるか。今日は訓練が終わったら協会に寄ってみよう」
「はいっ。楽しみです」
ちなみにネイミリアを含めて、周囲の人間とのやり取りは準騎士爵になった今でも変わらない。
一応貴族という扱いではあるのだが、この国では騎士爵までは本人が望まない限り(貴族としてふるまわない限り)普通に接するようだ。
というか、協会の支部長と副支部長も実は騎士爵らしい。
なお、貴族と言えば領地を治める、みたいなイメージがあるが、それは騎士爵の上、男爵からになるとのこと。
俺自身は自分の領地を治める、などというのは想像もできない世界なので、もちろん目指すつもりは全くない。
騎士団駐屯地の訓練場では、いつもの訓練を行った。
訓練と言っても、インチキ能力で強くなった俺に高練度の騎士たちを指導する力などもとよりない。
では何をするのかというと……
「クスノキ殿、準備はよろしいですか?ではお願いします。第一小隊参るッ!」
都市騎士団、騎士コーエンが率いる第一小隊の騎士10人が、半包囲網を敷きながら俺にじりじりと迫る。
あと数歩で短槍の届く距離、というところで、前列の3人が見事な連携で突きを放つ。
完全に、人ではなくモンスターを想定した攻撃だ。
その攻撃を俺は手にした大剣で一息に弾き返すと、続いて繰り出される四方からの短槍を『縮地』を用いて
と同時に、連携の隙を見て、動きの止まった騎士を一人づつ大剣の腹で殴りつけて弾き飛ばす。
それでも果敢に攻め続ける騎士たちと攻防を続けること15分ほど……そこで「止め!」の声がかかる。
「はぁ、はぁ、ふぅ、ありがとうございましたッ!」
騎士コーエンを中心に今戦っていた10人がビシッと敬礼をして、小休止に入る。
そして入れ代わりに次の小隊が……という具合に、いわゆる模擬戦を行っているのである。
普段の鍛錬の成果を実践すると同時に、俺という高レベルの人間を相手にすることでレベルやスキルレベルを上げようという目論見だ。
こちらとしても訓練された騎士たちを相手に立ち回りの練習ができるので、非常にありがたい方式である。
さて、そんなこんなで10小隊100人を相手にした後は、お約束のキラキラ美人騎士団長との一対一の模擬戦になる。
彼女は、有名な(と言っても今のところ名前しか知らないが)『王門八極』に請われたこともある猛者らしく、とにかく強者と手を合わせることが好きらしい。
そんな人間は物語の中だけの存在だと思っていたのだが、まさか女性がその一人目として目の前に現れるとは思わなかった。
異世界恐るべし、である。
「クスノキ殿、よろしいか?」
訓練場の中央で、真紅のポニーテールをなびかせた女騎士と向かいあう。
蒼銀の鎧と盾、そして名のある名匠によるものと思われる長剣(ファンタジーでおなじみのミスリル製とか)を携えた彼女は、いかにもゲームの主要キャラといった出で立ちである。
「では参るッ!」
いきなり銀光が眼前に閃いたのは、『縮地』と同時の斬撃。
俺がそれを躱すと、盾を前に突進する『シールドバッシュ』、と思わせて盾の陰から紫電の如き三連突き。
それを大剣で弾きつつ、こちらも連続斬りで返し押し返す。
そんな荒れ狂う嵐のような打ち合いを数十合続け……
凄腕の女騎士にわずかに生まれた隙を逃さず、俺は大剣の切っ先をねじ込んでミスリルの剣を弾き飛ばし、すっ、と刀身を彼女の首筋に当てがった。
「参った」
負けてさわやかな顔をしている騎士団長と握手をして、俺はこの日の訓練指導を終えた。
「やはりクスノキ殿は強いな。正直強さの
ネイミリアが魔法の指導をしているのを、俺は騎士団長と肩を並べて遠巻きに見ていた。
「団長もこの短期間でさらにお強くなっていますね。普段どれほどまでに鍛錬を積まれればそうなるのか、私はそちらの方に恐れ入るばかりですよ」
「フッ、クスノキ殿のその謙虚さこそ見習いたいものだな」
「これは謙虚というわけでもないのですが……。それより団員の前で団長に恥をかかせていることにはなっていませんか?」
「我が騎士団の団員は、クスノキ殿に負けることを恥とは考えてない。貴殿は7等級を3体……正しくは4体、一撃で倒す強者だぞ。少しは自覚したらどうだ?」
「そうですね、それはいい加減自覚しないといけないかもしれません」
「ふむ……」
そこで騎士団長は言葉を切った。ちらとその顔を見ると、形の良い眉を寄せて、何やらためらいの表情を浮かべている。
「ところでだな、私のことを団長と呼ぶのを改めてもらえないか?言葉遣いも普段通りのものでお願いできると助かるのだが」
「はあ。ではどのようにお呼びすれば?」
「アメリアと呼んでほしい。ニールセンは自分にはやや
「分かりました、アメリア団長」
「むぅ、団長はいらないのだが」
「さすがにこの場では……。言葉遣いは個人的にお会いした時には変えるようにしますね。もしよろしければアメリア団長も私の事をケイイチロウとお呼びください」
「うむ、そうさせてもらおう。言葉遣いは個人的に……か。近々個人的な依頼をすることがあるかもしれん。その時はよろしく頼む」
「分かりました。私にできる事があればお手伝いはしますよ」
「う……うむ」
凛としたアメリア団長の横顔に、隠し切れない感情が浮かんでいる。
これは
自分の中では鋼の女、みたいなイメージなのだが、アメリア団長にも何か悩みがあるのかもしれないな。
彼女も年頃の女性であるのだし。
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