14章 勇者パーティ(前編) 08
「最下層に何かありそう、というのはケイイチロウ様のスキルで感知されたのかしら?」
俺がダンジョンの報告を一通り終えると、アシネー支部長は首をかしげながらそう質問した。
「いえ、これは完全に今までの経験からの推測です。『厄災』関係のモンスターが出現する場合、必ず何らかの特殊な状況が生まれるのです」
「なるほど。現場の感覚というのは非常に大切ですから重視したいところですわね。それがケイイチロウ様のものとなればなおさら」
「評価していただきうれしく思います。ですので、次は私一人でダンジョンに入りたいと思っているのですが……」
「ケルネイン子爵の動きが予想以上に早かったですわね。まさかもう手の者を送ってくるとは思いませんでしたわ」
「公爵閣下にお話は通っているのでしょうか?」
「ええ、実は先程公爵閣下の使いが来て、正式に勇者の協力者として受け入れるようにと連絡を受けましたの。合わせてその協力者を件のダンジョン調査に加えて欲しいとも言われましたわ」
「そうですか……」
なるほどここで強制イベント発生か。『厄災』関連の事件を俺一人で勝手に解決することはどうあっても許されないらしい。
「こればかりはどうにも仕方ありませんわ。そのボナハ某をここへ呼んで、顔合わせを済ませてしまいましょう」
「わかりました。しかし私は彼とは少し因縁がありまして……」
「あら、それは?」
「実は彼は以前アメリア団長を娶ろうと画策していたのようなのです。それを例の婚約でご破算にしてしまったので、少なからぬ恨みを買っております」
「なるほど、それが例の婚約の裏事情なのですね。ケイイチロウ様も色々と頼られて大変なことですわね」
アシネー支部長は皮肉とも咎めているとも取れる目つきで俺を見る。
「それに関しては対価は頂いておりますので。ともかく、そのようなわけで向こうがどのような態度に出るか分からないところがあります。先程もサーシリア嬢に言い寄っていたところに横槍をいれたものですから」
「その話を聞くだけでわたくしお会いしたくなくなりましたわ。トゥメックがいれば代わって対応させましたのに」
溜息をこぼしつつ、サーシリア嬢に「お待たせしている方々をお連れしてくださいな」と命じる支部長。
程なくしてサーシリア嬢に案内されて、ボナハ青年とお付きの制服武官2名が支部長室に入ってきた。
ボナハ青年は入室直前までサーシリア嬢に声をかけ続けていたようだが、アシネー支部長を見た途端に目を大きく広げて呆けたような顔になる。
キラキラゴージャス吸血鬼美女を初めて見た男としてはそれほどおかしな反応ではないが……。
「初めましてケルネイン様。わたくしハンター協会ロンネスク支部の支部長を任されておりますケンドリクスと申します。よろしくお見知りおきくださいませ」
「お、おお……。なんと美しい。これほど美しい女性にお目にかかることができるとは、わざわざロンネスクに来た甲斐があったといういものですなあ!」
大げさに腕を広げ感動を露わにするボナハ青年。申し訳ないが大根役者そのものの演技である。
その後ろで御付きの武官、特に女性の方が露骨に「またか……」みないな嫌な顔をしているのが目に付いた。もと雇われの身としてはなんとも同情を禁じ得ない。
そんな御一行様を相手に、アシネー支部長は眉一つ動かさず話を始めた。
「公爵閣下よりお話はいただいておりますが、ケルネイン様ご一行につきましては、勇者の協力者としてロンネスクにいらっしゃったということでよろしいでしょうか?」
「うむ、それはそうなのだが、その前に貴方と親交を深めるのが先であると今確信しているところです。なのでまずは今夜……」
「勇者については女王陛下の下命により、そこのケイイチロウ様に一任されているところでございますの。今後はケイイチロウ様の指示に従う形で責務を遂行されますようお願いいたします」
「いやいや、今は勇者よりも大切なお話を貴方といたしたく……」
「なお、勇者の協力者として相応しくないと現場にて判断された場合、ケルネイン様にはお帰りいただくことがございます。これはケルネイン子爵様と陛下との間にかわされた約定の一つ。今後はその点お含みおきいただいて、行動されることをお勧めいたしますわ」
「ケンドリクス殿、そのようなお話は後で……いえ、今なんと仰いましたかな?」
「勇者の協力者として相応しくない言動、例えば任務中に女性を口説くなどという行動に出られた場合、不適当として任を解かれる可能性があるということですわ。その判断を下すのはそちらのケイイチロウ様ですので、くれぐれもお忘れなきようお願いいたします」
なるほどそういう条件で参加を認めたわけか。さすがは女王陛下、抜け目なさではケルネイン子爵より何枚も上手のようだ。
しかし氷像がごとき無表情で応対する支部長は、まさに『魔氷』の二つ名にふさわしい冷淡ぶりであった。こんな態度を取られるくらいなら、まだからかわれていた方がマシである。
支部長の言葉にしばらく口をパクパクさせていたボナハ青年は、瞬きを忘れたように開ききった目を俺に向けた。
「この……卑劣な男が勇者の一行を率いていると……そういうことなのですかな?」
「ええ、女王陛下や公爵閣下からも信の厚い3段位ハンターですの。もちろんわたくしも全幅の信頼を置いておりますわ」
そう言いながら俺の腕を取り身体を寄せてくる支部長。なぜわざわざ相手の神経を逆なでするようなことを……あ、これはかなり嫌ってるってことですね。
「……しかしっ、私は子爵家の長子、いずれ人の上に立つ人間です。そのような男の下につくなどあり得ぬのですが」
ボナハ青年の血を吐くようなセリフに、ゴージャス美女はクスッと小さく嘲笑した。
「こちらのケイイチロウ様は先日陛下より名誉男爵に任じられていらっしゃいますの。また子爵位もすでに与えられることが確約済み。彼の下につくことは、貴族に名を連ねるならなおさら当然のことかと存じますわ」
ああ、そこでその札を切ってしまいますか……。男のプライドを真向から潰すのは本来悪手なんですけどねえ。
俺はこの後勇者パーティをどう率いていくかを考えて、胃がまた縮んでいくのを感じずにはいられなかった。
言葉に詰まりプルプル震えているボナハ青年の後ろで、女性武官がすごく晴れ晴れとした顔をしているのが唯一の救いであろうか。その気持ち、お察しいたします。
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