17章 エルフの里再び  03

ユスリン女史の案内で、俺たちは里の訓練場に移動した。


訓練場は森に面した広場で、遠くに的らしきものがいくつも並んでいた。


エルフらしく、魔法と弓が鍛錬の中心となるのだろう。


すでに何人かのエルフが弓術や魔法の訓練をしていたが、少なくない人数のエルフが光属性を使いこなしているのが見て取れた。


うん、さすが武闘派集団、どうやら俺が心配する必要はなかったようだ。


一心不乱に己の鍛錬に励む彼女らだったが、俺たちの一団が入って行くと動きを止め、興味深そうにこちらの様子をうかがうようになった。


「ではネイナル、始めるぞ」


ユスリン女史やネイナルさんは胸当てを装着して、すぐに練習に入った。


ただやはり、どう見てもネイナルさんは無理な気が……何しろ胸当てが全然機能してないのである。


俺は2人を呼び止めた。


「すみません、まずは『聖弓』を使ってみませんか? あれは魔力を矢に変えて放つものらしいので、最初に普通の弓との違いを見ていたほうがいいと思います」


「ほう、そのような弓なのか。それなら一度使ってみた方がいいだろう」


「わかりました。ケイイチロウさんお願いします」


『聖弓』を再度渡すと、ネイナルさんはそれを持って的に相対した。


弓を左手にして、右手を弦にかけ一応構えているようだが、身体の横ではなく前に構えるような形になってしまう。


それでも弦をグッと引くと、光が生じて矢を成し、つがえるような形となる。


「いきます」


そう声をかけてネイナルさんが弦をはなすと、光の矢がレーザー光のように射出された。


その矢が的のそばの木に突き刺さると瞬間強烈な光芒が生じ、光が消えるとそこには空間のみが残された。


つまり光の矢を受けた木がまるまる消滅したのだ。


「なんとまあ、これはまた強力というか、特殊過ぎる弓だな。まさに神の手による武器だ。なるほど使い手を選ぶわけだ」


ユスリン女史がしきりに頷いている横で、ネイナルさんは肩で息をしていた。


ネイミリアが慌てて駆け寄る。


「お母さん大丈夫?」


「……ええ大丈夫、ただの魔力切れだから。この弓は魔力をかなり消費するみたいね」


あれだけ高い魔法関係のステータスを持っていても一発で魔力切れとは。


対『邪龍』用の武器だから仕方ないのかもしれないが、これは色々と大変そうだ。


俺はネイナルさんに『魔力譲渡』を行いながら、結局は止めだけを頼む形にするしかないだろうと考えていた。





弓の訓練はその後も継続して行った。


せっかくなので俺もユスリン女史に弓を教わったのだが、例のインチキ『天賦の才』スキルのお陰か、あっという間に上達した。


「初めは確かに素人そのものだったのだがな。半日もしないうちに達人レベルに達するとは、ケイイチロウ殿は一体どれだけの才能を内に秘めているのだ?」


半ば呆れたように俺を見るユスリン女史。


その切れ長の目に熱がこもっているように見えるのは、光の加減のせいだろうか。


「師匠ですから! ね、師匠そうですよね?」


ネイミリアがまた無理な説明をして、俺の腕を引っ張る。


「そうです。ご主人様ですからっ」


なぜかラトラとエイミまでが同調して俺の腕を取る。


「ふふっ、なるほど今回新しい娘たちが一緒に来たのはそういう訳か。だがこちらもこの機を逃すわけにはいかないのでな」


じりじり近づいてくるユスリン女史。ネイミリアたちとの間に妙な緊張が走っている。


一体彼女たちは何をしているのだろう?


「ケイイチロウさん、弓の腕が上達したなら私に教えてくれませんか?里長の言うことは高度過ぎてわからないんです」


そこに少し頬を膨らませたネイナルさんがやってくる。


確かに今優先すべきはネイナルさんの弓の上達である。俺はそっと腕を引き抜いて、ネイナルさんと的に向かった。


「あっ師匠、お母さんも……もうっ!」


ネイミリアが何か言っているが、さすがにこれは仕方ない。


「じゃあネイナルさん、3本ほど射かけてもらえますか?」


「はい。見ててくださいね」


3回射るが、一度も的に当たらない。


というより弓が引ききれないので矢がまともに飛んでいるとも言い難いありさまだ。


恐るべし豊穣の女神体型……ではなく、このままではらちがあかない。


「『聖弓』を使って練習しましょう。先程見た感じでは、あれは弓の形をしていますが、ちょっとでも引ければ矢がきちんと飛ぶようですので」


「でも魔力が足りませんわ」


「常に『魔力譲渡』を使います。どちらにしても慣れる必要がありそうですし」


「そうですね。ケイイチロウさんから魔力をいただけるなら大丈夫かも知れません」


ネイナルさんに『聖弓』を持たせ、俺がその後ろに立って背中に手を当てる。


さすがに森の木を的にするのも問題がありそうなので、地魔法でいくつか岩を作って的にする。


「さすがケイイチロウさん、あんな大きな岩を簡単に生成できるんですね」


うむ、近距離で見るおっとり系美人エルフの笑顔はちょっと破壊力が大きすぎるな。


後頭部に突き刺さる3人分の視線が痛い。


「とりあえずあの岩に向かって射かけてみて下さい。常に『魔力譲渡』を使いますので、魔力切れは大丈夫だと思います」


「はい、分かりました。あっ……んぅ……はぁ……ぁ」


『魔力譲渡』、ホントにこの反応だけはどうにかならないものか。


後頭部に刺さる圧も上がるし、周囲で見ている他のエルフさんたちもうらやましそうな顔で見てるし。


……いや、羨ましそうなはずはないな。あれは呆れ顔なんだろう、多分。


「いきますね……んぅっ」


ネイナルさんが『聖弓』から光の矢を放つ。


一応的の岩には当たったが、狙いからは逸れていたように見える。


「魔力は大丈夫そうです。またいきます……あん……っ」


いや、射る時に妙な声は出さなくていいんですよ。ネイナルさんが声を出すたびに周囲の圧が上がるのでおやめくださいね。


それはともかく、何度か試射をするとそれなりに射撃の精度は上がってきた。


このあたりはさすがにキラキラキャラということだろうか。


「だんだん慣れてきましたわ。この弓ならきちんと戦えそうです。ケイイチロウさんの補助は必要ですけど」


「そちらはお任せください。あと狙う時は腕でなく、身体ごと的に向けた方がいいかもしれません」


「なるほど。それならケイイチロウさんが後ろから腕を支えて教えてくれませんか?」


「いや、それはちょっと……」


と、いい感じ(?)で訓練ができるようになってきたのだが、それを邪魔する気配がいきなり『気配察知』に引っかかった。


「ケイイチロウ殿、この感じはもしや……」


「『邪龍の子』ですね。しかも10体以上いるようです」


ユスリン女史に答えると、周囲に一気に緊張が走る。


「師匠、本当ですか!?」


「ああ、間違いない。多分『聖弓』の力を感じたとかそんなところだろうね。ありがちな話だよ」


「それはありがちな話……なんですか?」


俺がネイミリアに答えると、それを聞いたエイミの目が少し鋭い光を帯びる。


つい前世のメディア作品群の知識で「ありがち」と言ってしまったが、こちらの世界では奇異に映るセリフだったかもしれない。


「また里の民を避難させた方がいいか?」


「いえ、奴らの狙いは『聖弓』とその使い手でしょう。狙いが分かっているならブレスはすべて防げます。むしろこの場所の周辺に集めた方が安全です」


「ケイイチロウ殿がそう言うなら従おう」


ユスリン女史が指示を出すと、その場にいたエルフたちはあちこちに散っていく。


その動きの早さはさすがの武闘派集団ぶりである。


「ケイイチロウさん、私、『邪龍の子』に狙われているんですか?」


振り返ると、そこには反則級の上目遣いを繰り出すおっとり系美人エルフが。


「……あっ、ええ、いや大丈夫ですよ、私がお守りしますので。いい機会です、『聖弓』で『邪龍』を落とす練習だと思いましょう」


「ふふっ、さすがケイイチロウさん、余裕なんですね。分かりました、頑張ります!」


やはりこういう時は多少の大言壮語も必要だな。


単なるインチキ能力頼みではあるが、周りを落ち着かせることができるのは重要である。


「師匠、私たちはどうすればいいですか?」


「ネイミリアたちは里長たちと協力して周囲に気を配っていてくれ。襲撃に乗じて他のモンスターが侵入してこないとも限らない」


「はい、わかりました」


返事をしてネイミリア、ラトラ、エイミの3人はユスリン女史の所に向かう。


俺はそれを見送って、ネイナルさんの側に立つ。


さて、気配からするとそろそろ見えてくるはずだが……


「あっ、ケイイチロウさんあれを!」


森の上空に、翼をはためかせた漆黒の巨大ドラゴンが姿を現し始めた。


その数十数体、普通であれば絶望的な光景であるに違いない。


「じゃあネイナルさん始めましょう」


「は、はいっ」


俺が背中に手を当て『魔力譲渡』を始めると、ネイナルさんは接近中の『邪龍の子』に向けて『聖弓』を構えた。

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