12章 首都 ラングラン・サヴォイア(前編)  03

宿は一晩3万デロルのそこそこにいい所を確保した。というか、爵位持ちは安い宿には泊まるのは暗黙の了解でタブーらしい。


王家の采配で召喚状の期日前後1週間は無料になるとのことだが、まだその期間前なので自費である。もっともインチキ能力のお陰で稼ぎは数億デロルあるので問題ない。サーシリア嬢も経費で落ちるらしく同じ宿である。


次に向かったのはハンター協会の本部。


サーシリア嬢に案内されて向かった先には、6階建ての庁舎ビルのような近代的な建物がそびえていた。


開け放しになっている入口をくぐるとお約束の大ホールになっており、左にカウンター、右に掲示板が並んでいる。


ただどちらもその数はロンネスクの倍はあり、カウンターに並ぶハンターや掲示板の前に集まるパーティに至っては3倍はいるだろう。


その中を、サーシリア嬢は躊躇ちゅうちょなく奥に歩いていく。


何人もの男性ハンターが彼女をチラチラと見ては目を見開いたり口笛を吹いたりしているのはお約束であろう。フラフラと近づいて来ようとして、パーティの少女に叩かれている少年がいるのも微笑ましい。


周りには一瞥いちべつもくれないサーシリア嬢に従って関係者以外立入禁止的な扉をくぐると、事務室のようなところにたどり着いた。


サーシリア嬢が近くの職員に二言三言伝えると、その職員は部屋を出ていき、数分するとメイドさんを連れて戻って来た。


……ん、メイドさん?


なぜハンター協会にメイドさんがいるのだろうか?しかもこのメイドさんキラキラオーラまで持ってるんだが……。


「お待ちしておりましたクスノキ様。私は副本部長のローゼリス・ギと申します。貴方様の3段位の審査を担当させていただきますので、よろしくお見知りおきください」


そう言って、洗練された所作で一礼したのはそのキラキラメイドさんであった。


「あ、いや、こちらこそ……。いえ失礼しました。私はロンネスクから参りましたケイイチロウ・クスノキです。この度は3段位の審査にて大変お世話になります。よろしくお願いいたします」


俺は一瞬理解が追いつかず、言葉に詰まりながらも何とか挨拶を返したのであった。





俺はメイドさん……ローゼリス副本部長に案内され応接室に向かい、サーシリア嬢は自分の要件を済ませるため別の部屋に向かった。


サーシリア嬢は廊下ですれ違った女子職員に呼び止められ、


「サーシリアじゃない!久しぶり、どうしたの、戻ってきたの!?」


「久しぶり!違うの、ちょっと出張で来ただけ。アイナも変わってなくて安心した」


と、いかにも会社員女子的な会話を始めていた。こういうやりとりは世界が変わっても同じなんだと少し安心してしまう。


彼女たちを横目で見ながら応接室に入る。実用一点張りの部屋で、俺は副本部長と差し向かいで席に着いた。


「まずはケンドリクス支部長からの書類を拝見いたします」


俺が取り出した書類を受け取る副本部長の容姿は、一言で言えば、肌の浅黒いエルフの成人女性ということになるだろうか。


シニョンで後頭部にまとめられた黒髪、鋭く輝く金色の瞳を収めた切れ長の目、そして意志の強さを表すように結ばれた唇、そういったパーツが計算され尽くされたバランスで配置されている。


掛け値のない超絶美女であり、協会の副本部長である以上間違いなくキャリアウーマンなのであろうが……何度見てもその格好はメイドさんそのものである。


ただまあ、なぜか女性の露出が多めなこの世界にあって、長袖ロングスカートのメイド服は妙な安心感を覚えてしまうのも確かである。もっともその身体のラインが出にくいはずの服を一部強烈に押し上げている部分があるのだが……絶対見ないようにしよう。


俺がそんなアホな決意を胸に刻んでいると、副本部長は書類から目を離し……俺を刃のような鋭い目で睨みつけた。


「貴方様が3段位審査を受ける資格があることは確認いたしました。審査は模擬戦1日、狩場での実地審査3日で行います。明日以降で希望の審査開始日をお教えください」


「……あ、はい、それでは明後日からでお願いいたします」


俺はその威圧感あふれる眼光に少々たじろぎつつも答えた。なんだろう、失礼な事をした覚えはないのだが。


「分かりました。では明後日朝9の刻少し前に協会にお出でください。その場で模擬戦を行いますので、戦う準備を忘れずに」


「分かりました」


「その翌日から実地審査に入ります。現地で2泊しますので、その用意もあらかじめしておいてください。場所については当日まで伏せますのでご理解を」


「承知しました」


「それと、いくつか質問をさせていただきます。よろしいですね?」


そこで副本部長の眼光が一段と鋭くなる。今にも金色の瞳からレーザー光線が迸って、俺を貫くような勢いである。本当に、俺は一体何をしてしまったのだろうか。


「お答えできる範囲であれば」


「結構です。まず、貴方様は『二つ名』というものをご存じですね?」


「ええ。当人の能力や業績によって自然に付けられる呼び名のことだと認識しています」


「その認識でよろしいでしょう。では、貴方様はご自分についている『二つ名』をご存じですか?」


「……いえ、それは初めて聞きました。私に『二つ名』がつけられているのですか?」


「認識されていないのですか?ここにはロンネスク出身のハンターも来ることがあり、彼らが貴方様の『二つ名』を口にしていましたよ」


本当に初耳である。いや、確かに俺のこれまでの『やらかし』を考えれば、何かついていて当たり前ではあるのだが……インチキ能力のおかげとは分かっていてもちょっとだけ嬉しくなってしまうのは、失われたはずの少年心のせいである。


「お聞かせいただいても?」


俺が少しだけ、本当に少しだけ期待に胸を膨らませて聞くと、それまで冷静沈着を絵に描いたような副本部長が急に情にかられたように立ち上がった。


そして俺をまるでゴミでも見るかのような冷たい目で見下ろしながらこう言った。


「『美女落とし』だそうです。ロンネスクでは先程のサーシリア、そしてケンドリクス支部長をはじめ、多くの美しい女性を口説かれたようですね?」


俺は何を言われているのか理解できず、しばらくの間瞬きするのすら忘れていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る