20章 凍土へ(後編) 02
その後部屋に戻った俺は、勇者パーティを集めて事情を説明した。
勇者パーティの帰還はしばらくの間秘密にすること、ゆえに皆はこの部屋から出ないで過ごしてもらいたいことを伝え、最後の戦いにそなえてゆっくり休むよう指示をした。
姉バルバネラのもとに急ぎたいリルバネラは不満そうな顔をしたが、ソリーンがなだめてくれている。
そちらは任せることにして、俺は王家の密偵エイミを呼び、ベルゲン大佐監視の依頼をした。
「わかりました。そのベルゲンという将校の監視を行います。対象が就寝した時に報告に戻る形でよろしいでしょうか?」
疲れているはずなのだが、監視任務と聞くとエイミは表情を引き締めた。
「定時報告はそれでお願いするけど、緊急用に俺のスキルでエイミとは常時話せるようにしておこう」
「常時話せるようにするとは、どのような……?」
『聞こえるか? これが俺のスキル。心で念じることで会話ができるんだ』
超能力『精神感応』を発動して話しかけるとエイミは一瞬だけ目を見開き、すぐに平時の顔に戻った。
『このようなお力までお持ちなのですね。離れていてもこれで常に話ができるのですか?』
『そうだね、常にスキルを発動していないとならないけど、エイミ一人分なら問題ない。何かあったら知らせて欲しい』
『分かりました。では早速行って参ります』
そう言うとエイミは忍者装束を整え、『
それを見たリナシャが俺に声をかける。
「あれっ? クスノキさん、私たち外に出ちゃダメなんじゃなかったの?」
「エイミにはちょっとやってもらうことがあってね。彼女は人に見られても大丈夫なスキルを持っているからいいんだ」
「ふうん、エイミさんも大変だねっ」
リナシャと入れ替わりに、凍土の民の幼女リルバネラが俺のところに来た。
来たと言っても一定の距離からは近寄らないのだが。
「ねえ、バルバネラお姉ちゃんは大丈夫なの? 待ってるうちに怪我したりしない?」
「君のお姉さんは強いから大丈夫。それに彼女は強いモンスターに戦わせるのが得意だからね。前には出てこないよ」
「本当に?」
「本当に大丈夫。それよりお姉さんに会うには、戦いの場に行かなくちゃならないんだけど、それは大丈夫かい?」
「うん、それは大丈夫。お姉ちゃんを助けるんだから」
幼い少女が決意のこもった瞳で頷く。
それを優しい目で見ていた聖女ソリーンが、後ろからリルバネラの肩を抱きながら言う。
「クスノキ様はできると言ったことは絶対におやりになりますから安心していいですよ」
「うん」
「私はどちらかというとリルバネラちゃんの方が心配です。こんなに小さい子を戦場に出すなんて……。クスノキ様、リルバネラちゃんはどうやって連れていくおつもりですか?」
そういえば考えていなかったな。
「俺が背負っていくっていうのは?」
「や」
「だよね……」
幼女の一言で粉砕されていると、ソリーンが助け舟を出してくれた。
「リルバネラちゃん、クスノキ様に連れていってもらうのが一番安全なのよ。お姉ちゃんが言うようなことはしないから」
「でも……」
「お姉ちゃんはクスノキ様が強いって言ってなかった? お姉ちゃんとクスノキ様は一度戦ったことがあるのだけど、その時もクスノキ様はなにもしなかったのよ」
「それは言ってた……けど……、小さい子は危ないって……」
リルバネラは両手をグッと握って俺を上目遣いで見る。
この歳の子が、近親者から言われたことを自分の中で覆すのは難しいだろう。
「リルバネラ、俺は君を無事にお姉さんのもとに届けると約束したんだ。無事に、だよ。だから俺にその約束を守らせてくれないかな」
こういう時はお願いしてみるのが一つの手である。子どもの良心を利用するようで申し訳ないが、ここは方便ということで許してもらいたい。
「……ヘンなことしない?」
「もちろんしないよ。お姉さんが言っていたようなことをしたら、俺がこのお姉ちゃんたちに怒られるしね。それにお姉さんが言ってたことも俺が勘違いさせてしまったからなんだ。だから本当のことじゃないんだよ」
「……」
疑わしそうな目でじいっとこちらを見ていたリルバネラだが、俺が嘘をついてないようだと判断したのか、しぶしぶと言った感じで首を縦に振った。
「分かった、おじさんに連れていってもらう。お姉ちゃんのところに絶対に連れていって」
「ああ、約束するよ」
というわけで、なんとかリルバネラとの間に最低限の信頼関係は築けたようだ。
あとはエイミがベルゲン大佐についてうまく何かをつかんでくれるのを待つだけだ。
もっとも本当に魔王とつながっているのなら、魔王が攻めてきたタイミングで必ず動きはあるだろうから、最悪現行犯でおさえてくれればいい。
大義名分さえあれば『闇属性魔法』という最終兵器も使えるのだから、つくづくインチキがついてまわる話である。
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