20章 凍土へ(後編) 01

「なるほど、魔王が策を弄するというのは聞いた事があるが、随分色々と仕掛けられたものじゃな」


俺とガストン卿は連れだって廊下を歩きながら、砦の作戦室に向かっていた。


ちなみに故あって、勇者パーティとリルバネラは部屋で待機である。


どうやらすでに小規模な戦闘が何度か行われた後らしく、砦は厳戒態勢にあり、武装した兵士たちが廊下を早足で歩いている。


「ええ、女王陛下の誘拐だけでなく、いくつもの策を用意していたようです。部下の裏切りも計算に入れて策とするあたり、結構な策士かと思います」


「とすると、この砦も力押しで落とすつもりはないのかもしれんのう。ゴルドもそれは考えておるじゃろうが、いよいよ本気で考えねばならんかもしれん」


ガストン卿が苦い顔をしているうちに、作戦室にたどり着いた。


俺たちが入ると、老年の将軍、ゴルド・グリューネン司令官以下10名ほどの将校が地図を中心になにやら話し合っているところだった。


その中には漆黒の鎧を着けた金髪剣士、『王門八極』クリステラ嬢の姿もある。


グリューネン司令はこちらを見ると片手を上げた。


「おおガストン卿、準備は終わったかの。それでは戦線の説明を……うん? 後ろにいるのは卿の部下か? お主が部下を連れて歩くなど珍しいの」


「まあそろそろ弟子を取ってもいい頃だでのう。こやつの身分は儂が保証するゆえ、済まんが同席させてやってくれんか」


「ふむ、お主が言うなら構わん。では説明を始めよう」


グリューネン司令官はそう言って将校たちに向き直った。


さて、俺が今『朧霞おぼろかすみ』スキルで身を偽っているのには理由がある。


一つは勇者パーティが帰還したことを公にすべきか判断しかねたということ。これは軍の士気や今後の作戦にも関わることのため、司令官の判断を仰ぐ必要があると考えた。


もう一つは前世のメディア作品群の知識がざわめいたということ。


魔王が策を練るタイプの『厄災』であるなら、この砦の内部にすでにスパイがいてもおかしくないと考えたのだ。もしそうなら、俺たちが健在であると知られない方が都合がいい。


そして実際、今司令官の説明を聞いている将校たちの中に一人、見間違えようがないほどのギラギラオーラをまとった人物がいた。


それは30前後に見える神経質そうな顔をした痩身そうしんの男で、雰囲気からすると貴族の子弟のようであった。


出発前には見たことがなかったので、恐らく増援の将校だろう。


「……今まで通り、この砦に拠って魔王軍を迎えうつ。今のところ高等級モンスターの姿は見えないが、四天王が8等級を使役するという情報は以前伝えた通りだ。高等級モンスターは4名の『王門八極』が対応するゆえ、我々の部隊は5等級以下を主に相手にする。現在勇者パーティが魔王城を攻略中である。そちらが決着するまで砦を守り切れば我らの勝利となる。ゆめゆめ功を焦ることのないよう、各自部隊を統率してもらいたい」


グリューネン司令官の訓示が終わると、副官が各部隊の配置について再確認を始める。


それが一通り終わったところで、先のギラギラ将校が挙手をした。


「司令官閣下、質問が2点あります」


「ベルゲン大佐、何か?」


「はっ。まず1点目ですが、魔王配下の四天王などが使うと言われている拠点攻撃魔法への対処はどのように行われるのでありましょうか」


「うむ。伝承にある四属性混合魔法については砦にある『吸魔の器』を複数同時起動することになっておる。ただしそれ以上の情報は開示できん」


『吸魔の器』というのは砦などに設置される大型の魔道具だ。魔力を減衰させ魔法の威力を弱める機能があるらしい。


「承知しました。もう1点は先程観測された北方の火柱についてです。もしあれが勇者パーティによるものだとすれば、魔王軍には動揺があって然るべきと思われます。しかしながら、現在のところ魔王軍にはなんらの動きもありません」


「うむ」


「であれば、あの火柱は魔王軍にとって想定内のことであった可能性があります。最悪のケースとして、勇者パーティが返り討ちにあったことも考えるべきではないでしょうか」


ギラギラ将校……ベルゲン大佐の言葉に、他の将校たちの間にわずかな動揺が走る。


なるほど確かにその指摘は間違っていない。ただまあ、ここで大っぴらに言う内容ではないのも確かではあるんだよな。


「ベルゲン大佐、卿は昨日到着したばかりなので知らぬのも当然だが、我々は勇者パーティの力を直接この目で見ておる。あの火柱が魔王の仕掛けたものであったとしても、それで討たれたとは考えられぬ」


「そうだね。ボクは勇者パーティの1人をよく知っているけど、彼が倒されるなどということは万に一つもないよ。例え相手が魔王であってもね」


司令官の言葉にそう付け足したのはもちろん『王門八極』のクリステラ嬢だ。


そんな評価をされるとはどうにもこそばゆいが、勇者パーティが倒されたと絶望されるよりははるかにマシだろう。


司令官とクリステラ嬢二人になだめられて、ベルゲン大佐はやや不機嫌そうに首を振った。


「出過ぎたことを申しました。我々も援軍として砦の防衛に全力を尽くします」


「いや、卿の指摘ももっともである。ただ勇者パーティがどうであれ、我らがこの砦を放棄することはありえぬ。この砦を抜かれれば、首都まで守るに適した地はない。諸君、ここが緒戦の地にして最終防衛線であると肝に銘じよ」


「はっ!」


司令官のげきが飛び、将校たちが部屋を出ていく。ベルゲン大佐も目元をピクつかせながら足早に去って行った。


残ったのはグリューネン司令官と副官、クリステラ嬢、それにガストン卿と俺だ。


「ところでガス爺、その横の人物は一体誰なんだい? ガス爺が弟子を取ったなんて話、聞いた事もないと思うんだけどね」


クリステラ嬢が俺をちらりと見て言う。それを聞いてグリューネン司令官がガストン卿に詰め寄った。


「なんとそうであるのか? ガストンよ、説明はしてもらえるのであろう?」


「そう怖い顔をするなゴルド、事情はすぐに分かる。さて、もういいであろう?」


ガストン卿はそう言って部屋の扉にかんぬきをかけた。さすが老練の戦士、見た目に反して気配りが細かい。


俺が『朧霞』スキルを解くと、ガストン卿を除く3人は目をいた。


「貴殿はクスノキ卿……!? いやはや、その変化の技も凄まじいが、もうここに戻ってきたということも驚くばかりだのう」


「まったく君は……。ボクを飽きさせることがないね」


クリステラ嬢がウインクをするが、表向き男性のはずだからあまり勘違いされるようなことは避けていただきたい。


「驚かせて申し訳ありません。少々気になることがございまして、このような形にての帰還の報告となりました」


「ふむ、話を聞かせてもらえるか」


司令官にうながされ、俺は魔王城であった一連の出来事を報告した。もちろん『隠棲いんせい派』を解放したこと、『魔王』本体はまだ生きていることもなどもすべてである。


「なるほど、まさか『魔王』の本体がこちらの軍で直接指揮をとっておるとはの。しかしそれにしては動きが鈍い気もするのう。奴は勇者パーティを倒したと思っているのであろうに」


「普通に考えればここで一気に攻勢に出るのでしょうが、どうやら『魔王』はかなり策を弄するタイプのようです。実は私が気になっているのもその点なのです」


「それはこの砦を攻撃するにあたっても策を練ってくるということかの?」


「ご賢察の通りです。私が危惧しているのは、すでにこの砦に『魔王』の手先が入り込んでいるのではないかということなのです。ですのでこのような形での帰還となりました」


俺がそこまで言うと、グリューネン司令官は白い眉を厳しく寄せて「ふむぅ」と唸った。


その間を逃さず、クリステラ嬢が近づいてきて俺の顔を覗き込む。


「で、君のことだからもうその手先とやらに目星はついているんだろう?」


「確証はないが怪しい人物はいたね。さっき質問していたベルゲン大佐だ」


ベルゲン大佐についてはギラギラオーラを確認した時点ですぐに『解析』をしていた。


しかし彼はステータス上は完全に『白』であった。


恐らく何かを企んでいるのは確かだろうが、それが『魔王』の指示によるものか、それとも単に彼自身の意志によるものかは見分けがつかなかったのだ。


「さっきの男、確かに儂もなんとなく嫌な感じを覚えたのう。はっきりとは言えんが、人をあざむこうとしている臭いというか、そんなものがあったわい」


ガストン卿が頷くと、司令官はさらに「ふむぅぅ」と唸った。


「どうしたのじゃゴルド、少しばかり探りを入れればよいだけだろう? このクスノキは偽の勇者すら見破った男、これ以上信用できる話もそうはないぞ」


「それは知っておる。しかしのう、ノストン・ベルゲンはそれがしの家の本家筋の人間での。それが何か企んでいるとなると、それがしも心穏やかでいられぬのよ。この場を預かるものとしては失格ではあるのだがな」


「なんと、それはまた難儀なことよのう」


なるほど本家筋の人間が最悪『魔王』と通じてるなどということになれば、グリューネン家にも累が及ぶ可能性は高い。彼はお孫さんたちを大切に思っているようだし、隠そうとはしないまでも、なるべく穏便に済ませたいという気持ちは理解できなくはない。


「しかしクスノキやボク達『王門八極』が関わった以上、ベルゲンの目的や背後関係を探らないという選択肢はない。もちろんその結果判明したことを女王陛下に隠すこともできない。違いますか司令官閣下?」


クリステラ嬢が鋭い目を向けると、グリューネン司令官は「その通りだの」という言葉を溜息とともに吐き出した。


「見苦しいところを見せてしまったの。ベルゲン大佐に関してはこちらで監視をつけよう。何かあれば諸君にも必ず知らせると約束する。ただ、この砦には諜報活動を得意とするものがおらぬのだ」


司令官が副官をちらりと見ると、副官も首を横に振った。


その可能性は考えていたので、俺はすでに考えていた案を口にする。


「勇者パーティに諜報を得意とする者がおりますので、彼女に任せていただけませんか?」


「勇者パーティにそのような者が?」


「ええ。陛下直属の密偵、と言えばその腕はご理解いただけるかと」


「『影桜』……かの。うむ、頼めるなら是非にも頼みたい」


「承知しました。彼女にはベルゲン大佐の監視と、もし決定的な行動に移ろうとした場合の阻止を依頼します。よろしいでしょうか?」


「よろしく頼む。ところで勇者パーティは今後どのように動くつもりだろうか?」


心の整理がついたのか、グリューネン司令官は老練な将の顔に戻って俺を見据えた。


自分は戦に関しては素人どころの話ではないのだが、しかし恥を忍んで前世のメディア作品群の知識を総動員した今後の対策を、女王国でも指折りの宿将に開陳することにした。


「もとは『魔王』のいるであろう本陣に背後から突入しようと考えていたのですが、『魔王』が策を弄してくる以上、またそれに国の貴族が関わってる可能性がある以上、それを見極めることも必要かと考えています。ですのでまず勇者パーティについては次のように情報を流していただいて――」

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