21章 聖地と聖女と  10

「おお! 我らの盟主様が復活なさる!」


「永遠の命を! そして永遠の楽園を!」


コンコレノ・ギザロニ両司教の陶酔したような声が周囲にこだまする。


完全に常軌を逸した2人の雰囲気に、神官騎士たちの足が止まる。


宙に噴き出した瘴気は、やがて光を飲み込むような闇となり、次第に人の形を取っていく。


そしてその闇が剥がれるように散っていくと、現れたのは顔半分が黒い骸骨となった美青年。


タキシードに似た服をまとった痩身、闇色のマントが肩から広がり翼のようにはためいている。


以前見た『けがれのきみ』の分霊に似ているが、それよりさらに高い格を備えているように見える。



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穢れの君


スキル:

四属性魔法(炎・水・風・土)

死霊魔法 欣求穢土の法

魔力操作 魔力回復

気配察知 剛力 剛体

物理耐性 聖属性耐性 

回復 再生 不死



ドロップアイテム:

魔結晶12等級 


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分霊のスキルに加えて、『欣求ごんぐ穢土えどの法』なるスキルが見える。


名前的には「穢れた土地を求める」みたいな意味だろうが……




「くくくほおぉぉぉぉ、我が身は現世うつしよに顕現したりいぃぃぃぃ。よよよよ夜闇が訪れるたびに万の魂を召し上げ、十の夜過ぎれば常世とこよの国を作り上げてくれようぅぅぅぅ」


例の妙なエコー付きの声は、聞いただけで肌が粟立つほどの怖気を感じさせる。


その圧に耐えながら、大聖女様が絞りだすように声を出す。


「あれはやはり『穢れの君』! まさかこのような形で復活するとは……」


「なんと! それはまことですか大聖女様。うぬう、コンコレノどもめ、何を考えておるのか……っ」


枢機卿は歯がみをするが、こちらも『穢れの君』の圧力を前に動くことができない。


動きが止まった神官騎士たちを尻目に、コンコレノ・ギザロニ両司教はさらに声を上げた。


「おおおっ!! 我らが盟主様!! なにとぞその力もてこの世に楽園を!!」


「我らにもその楽園に住まう栄誉をお与えください!!」


「むむむむふふうぅぅぅ、なななな汝らはよう働いたたたたた。そそそその願い聞き届けようううぅぅぅ」


宙に浮かぶ『穢れの君』が両の腕を広げると、その直下の地面から高密度の瘴気が立ちのぼり、急激に周囲に広がっていく。


コンコレノ司教らは一瞬でその瘴気に飲まれて見えなくなった。


「いけません! 全員下がりなさい!」


大聖女メロウラと聖女ソリーンが迫る瘴気を『セイクリッドエリア』で退ける。


しかし瘴気は魔法の効果範囲を回り込みつつ、這うようにしてあたり一面に広がっていく。


大聖女様が浄化した土地が、再び瘴気に呑まれて変容していくのが分かる。


黒い霧のような瘴気が薄らぐと、そこに残ったのはひび割れ瘴気が噴き出す大地。


まるで地獄の荒野を絵にかいたかのような景色であった。


もしかしたらこれが『欣求穢土の法』スキルの効果なのかもしれない。


さらに瘴気が数か所に集まりだし、巨大なモンスターの姿を形作っていく。


現れたのは様々な骨が雑多に組み合わさって作り上げられた異形の獣。三つの首と長い尾を持つ四つ足のモンスター。



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ボーンキメラ


スキル:

ブレス(炎・水・毒) 気配察知 剛力 

剛体 再生 物理耐性 聖属性耐性



ドロップアイテム:魔結晶7等級 


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7等級は2~3体ならリナシャたちでなんとかできるだろうが、聖堂騎士団にはかなり骨だろう。


しかも大聖女一行を囲むボーンキメラの数は7。明らかに過剰戦力だ。


その上『穢れの君』の下にはコンコレノ司教らが……いや、司教だったモノが2体いる。


青白い肌をし、虚ろな目をしたそれは上位のゾンビに見える。




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レヴナントプリースト


スキル:

四属性魔法(炎・水・風・土)

反生命魔法 気配察知 剛力 

剛体 再生 物理耐性 

聖属性耐性 不老



ドロップアイテム:魔結晶6等級 


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こちらもかなり強いアンデッドだ。


彼らの願いは確かにかなえられたようだ。しかし彼らがそれを喜んでいるのかは、生ける者すべてを恨むような顔からうかがい知ることはできない。


「いいいいい忌まわしい聖女たちいいいぃぃぃ、そそそそその魂を穢れに浸すがよいいぃぃぃぃ」


『穢れの君』の言葉が合図となり、ボーンキメラの包囲網が狭まる。


いち早く反応したのは聖女リナシャたちだ。


「ソリーン、カレンナル、一体ずつやっちゃおう!」


「そうですね。私が魔法で動きを止めますから、リナシャとカレンナルがとどめを!」


「わかりました。この刃にて穢れを断ちましょう」


3人は素早く一体のボーンキメラに向かって走り出す。


いままで『穢れの君』に気圧されていたホスロウ枢機卿が、それを見てハッとした顔で叫ぶ。


「円陣を組めっ!! 大聖女様をお守り申し上げよっ!!」


「はっ!!」


神官騎士たちも我を取り戻し、大聖女様を囲むように素早く円陣を組む。


「枢機卿、私がセイクリッドエリアで動きを止めます。一体ずつ倒しましょう」


「はっ! よし、第一分隊は私に続けっ!」


ホスロウ枢機卿を先頭に、30人程の神官騎士が一体のボーンキメラに突撃を開始する。


「セイクリッドエリア!」


大聖女様が魔法を発動するとまばゆい光が同心円状に広がり、その範囲に入ったボーンキメラたちの動きが明らかに鈍る。


『穢れの君』ですら片腕で顔を覆い嫌がっているところを見るとその効果はかなり強そうだ。


そんな中、いち早く接敵したのはリナシャたち。


ソリーンの『セイクリッドランス』が頭部に直撃、前足をカレンナルが切断し、前に崩れたところをリナシャのメイスが滅多打ちにして粉砕する。


アンデッドは相性がいいと言っても、3人で7等級を瞬殺は凄まじい。


一方ホスロウ枢機卿の部隊は、部下の神官騎士たちがボーンキメラを取り囲んで牽制している。


「セイヤアァァッ!」


隙を突いて枢機卿が一気に飛び上がり、ボーンキメラの頭を槌鉾つちほこで叩き潰した。


明らかに熟練者の一撃、なるほど聖堂騎士団をまとめているのはその実力も認められてのようだ。


残りは5体、聖女を守る神官騎士たちは防御に徹し、遊撃の二部隊は次の獲物に向かっていく。


これなら何とか……と言いたいところだったのだが、そこでコンコレノ・ギザロニ司教が変化したレヴナントプリーストが腕を振り上げ魔法を放った。


霧に還ろうとしていた二体のボーンキメラの上に、妖しい光が降り注ぐ。


するとあろうことか、霧が再凝縮し、再びボーンキメラを形作った。


彼らの使う『反生命魔法』は、命亡き者を復活させる回復魔法のようだ。


ボーンキメラの復活に気付き、リナシャが口を尖らせる。


「はぁっ!? ちょっとそれはナシでしょっ!」


「リナシャ、あのゾンビを先に倒しましょう!」


「私が先に行きます!」


カレンナルが前に出てレヴナントプリーストに向かおうとする。


しかしその前に素早く立ちふさがる二体のボーンキメラ。


回復役を守ろうと動くのは当然の話だが、これはかなり厄介な状況である。


ボーンキメラを前に急停止するリナシャたちを見て、『穢れの君』があざけりの笑みを漏らす。


「ぬふふふふふううぅぅぅ。ぃぃぃいいいい命ある者があがく姿は、見るに堪えぬほどに醜いものよのおおおぉぉぉぉ。あああああらがわずにおれば、すみやかにあるべき姿に還れるものををををぉぉぉ」


「たわけぃっ! 『厄災』風情がっ!!」


ホスロウ枢機卿がまた一体のボーンキメラを倒す。


しかし瞬時に復活する異形のモンスター。さしもの武人も歯ぎしりをする以外の手立てはない。


「いけません、魔力がもう……っ。枢機卿、ここは撤退をっ」


大聖女様が悲痛な声を上げる。


どうやら無理をして強力な『セイクリッドエリア』を発動していたようだ。


邪魔をする力が弱まったからか、7体のボーンキメラが一斉に攻撃の意志を見せる。


「ふぬははははぁぁぁ。にににに逃げることは叶わぬううぅぅぅ。いいいい忌むべき聖女もろともすべて穢れにまみれよおおおぉぉぉぉ」


『穢れの君』の青年の顔が、勝利を確信して醜く歪んだ。

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