6章 穢れの足音(後編) 04

「こここここの地は忌まわしい生命の気に溢れておるななな。ななななんと腹立たしいことかかか。そそそそ即刻死の穢れで満たさねばならぬうううううっ!!」


夕陽に染まり始めた教会前の大通り、そこですでに『けがれのきみ(分霊)』は顕現けんげんを果たしていた。


人々が遠巻きに見守る中、石畳の道の真ん中に仁王立ちし、その両手を高く掲げている。


左半分の青年の顔が怒りの形相をとると周囲に黒い霧が立ちのぼり、華やかな大通りが一瞬でおどろおどろしい雰囲気に包まれる。


「アンデッドモンスターの親玉だっ!死にたくなければ逃げろっ!!」


俺が叫ぶと事態の異様さを察知したのか、通りの人々が散り散りに逃げ始めた。


死の近い世界でよかった。これが日本ならスマホを構えた危険意識のない人間が何人も残っただろう。


「にににに逃がすものかかかかかぁ!!」


周囲の黒い霧に中に密度の濃い部分が多数現れ、スケルトンやレイスなど、アンデッドモンスターが多数出現する。


中にはリッチやエルダーリッチまでいる。


分霊でこれなら、本体が来たら、中小の都市ぐらいなら簡単に滅びてしまうかもしれない。


「『聖焔槍せいえんそう』っ!」


その時、青い光をまとった魔法の槍がリッチを貫いて消滅させた。


言うまでもなく、その魔法を使えるのはエルフの超絶美少女しかいない。


「『光神牙こうしんが』!」


エルダーリッチを一撃で消し飛ばす光の矢を放つのはイケメンエルフ副支部長。


「『フローズンワールド』!」


まさかの凍結魔法でアンデッドをまとめて凍らせて砕いたのは、なんとゴージャス美女吸血鬼だ。支部長は氷魔法を使えたのか。


「街中でアンデッドって、マジかよっ!」


「いいからさっさとやるっ」


そして20人以上のハンターたち。オーガ狩りのゴレム氏やオークの谷で共闘した黒髪魔女、カッコいい中年ハンター氏の姿も見える。


どうやらサーシリア嬢に頼んだ伝言から、支部長が準備万端で待ち構えてくれたようだ。


『封印球』を持った大司教が怪しい動きをしているという話を聞いて、俺は封印が街中で破られる可能性が高いと読んでいた。


まあ読んでいたというより、単に前世の世界のメディア作品群を思い出して、「そういう『イベント』だろう」と思っただけなのだが。


「うううぬぬうううっ、忌々いまいましい生命どもめええええっ!」


む、皆の活躍に見とれていたら、『穢れの君(分霊)』が何か巨大なものを空中に召喚したようだ。


黒霧が集まり……それは全身が腐った、蝙蝠こうもりの羽が生えた恐竜のような姿に変わった。




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ドラゴンゾンビ


スキル:

ブレス(毒) 気配察知 剛力 

剛体 再生 物理耐性 聖属性耐性


ドロップアイテム:魔結晶7等級 


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本物のドラゴンの前にドラゴンゾンビは見たくなかったな。


ともあれ毒ブレスを街中で吐かれるのはどう考えても危険なので、申し訳ないが瞬殺は決定である。


神聖魔法出力大、念動力収束。


「『ホーリーランス』」


俺の手の先から極太レーザー光が拡散しながら射出され、中空にいるドラゴンゾンビを丸ごと包み込み、そしてもとから何もなかったかのように消滅させた。


それがいたことを証するのは、もはや地面に転がる7等級魔結晶のみ……。


『聖属性耐性』を持っていたから強めに撃ったんだが……まあ討ちもらすよりはいいだろう。


「だだだだから貴様のそそその力は何なのだあああああっ!!」


「『ホーリーランス』」


弱めの魔法を三連射すると、『穢れの君(分霊)』はまた頭だけになった。


そこに丁度現れる聖女二人。


俺の左右に立って、『穢れの君(頭だけ)』を見て目を丸くする。


「ええと、これって、また封印すればいいのでしょうか?」


「えっ、あの頭だけなのが『穢れの君』なの!?」


「速やかに封印をお願いします」


俺が言うと、ソリーンは頷いて、リナシャは納得いってないといった風で『穢れの君(頭だけ)』に向き直った。


「「シールインピュアリティ!」」


聖女2人による同時封印術行使。


美少女2人は両手を前にかざし、全く同じ姿勢で術を発動。


これ、もしかしたらすごく絵になるシーンではないだろうか……間に変な男がいなければ。


俺が自責の念に囚われている間に、強烈な光が『穢れの君(頭だけ)』を包みこみ圧縮、後には銀色の球だけが残された。


「「ふう……っ」」


体力を消耗し、同時にふらつく2人の聖女を両方支えながら、俺は無事イベントが終了したことを確信した。





両脇に美少女を抱える俺を見てネイミリアが機嫌を悪くしたり、「今のはまさに『聖龍浄滅光じょうめつこう』……」とか言ってる副支部長がいたり、「貴方の予想通りになりましたわね。知勇兼備とはまさにこの事。わたくしもそろそろ覚悟を決めなくては」とか支部長に意味不明のことを言われたりしたが、事後処理は領主様が直々にお出ましになって粛々しゅくしゅくと執行された。


分霊とはいえ『穢れの君』が姿を現したということで都市中に激震が走るように思われたが、騒動自体が一瞬で終わったのと目撃者が少なかったこともあって緘口令かんこうれいが敷かれ、一般市民にはただのアンデッドモンスターの襲撃という話になっている。


ただ、俺が7等級のモンスターを一撃で消滅させたことはさすがに隠し切れず……。


「ケイイチロウ・クスノキ、貴殿をロンネスク領主アルハンデ・コーネリアスの名の下に、ハンター1段に認定する」


領主様のお屋敷(ほぼ城)にて、俺はついに「1段ハンター」に認定された。しかも……、


「また、合わせてワイバーン、ヒュドラ討伐についても貴殿の功績と認め、7等級モンスター3体の討伐の功により、貴殿に準騎士爵の位を授けるものとする」


ハンター協会の昇級認定を領主様が直々に行うのはおかしいと思っていたが、さすがに叙爵されるとは思わなかった。


いや直前に知らされていたけど、本当に直前だったのである。どうせ避けられない人事だから知っていてもどうにもならなかったのだが。


しかし異世界に来て二月足らずでこれは、30年かけて課長止まりだった俺にはさすがについていけないのも事実……。


キラキラエリートビジネスマン風コーネリアス公爵閣下から頂いた叙任の書状を手に、俺はどこか遠くを見つめるのであった。

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