15章 勇者パーティ(後編) 03

祭壇の後ろ……ではなく正面にあった大きな扉を抜けると、その先はやはり迷宮のような構造になっていた。


俺たちが進んできたドラゴン回廊よりは明らかに等級の低いモンスターを蹴散らしながら進むと、ほどなくして出口が見えてきた。


差し込む光の具合から見て昼間のようだ。


外に出ると、そこは石畳の上に朽ちた石像が並ぶ、遺跡らしき場所だった。


広さは野球場ほどか。その外側はうっそうとした森に囲まれている。


振り返るとすでに出口は消えており、そこには巨大な石像がそそり立つばかりである。


なるほどここは『邪龍』討伐用のキーアイテムを手に入れるための古代遺跡ダンジョン、そんな感じの場所であったらしい。


「遺跡……でしょうか。おおよその場所が分かればいいのですが」


エイミは周囲を見渡しながら手がかりを探しているようだ。


俺は『千里眼』を発動しようとして……聞き覚えのある鳴き声に動きを止めた。


「にゃあ」


「アビス?」


足元にすり寄ってくる黒い子猫を抱き上げる。間違いなく飼い猫のアビスだった。


「アビスがここにいるということは、ロンネスクが近いのでしょうか?」


「そうだといいんだけどね。アビス、どうしてお前はここにいるんだい?」


子猫が答えるはずもないのだが、つい口にしてしまうのが猫好きの性である。


普通に考えたら、ダンジョンの出口で丁度よく飼い猫が待ち受けているなどあり得ない話だ。


ゆえにアビスがここにいるということは、そのままアビスが普通の猫ではないことを示している。


そしてさらに言えば、これは次に訪れるであろう展開を暗示していた。


「エイミ、近くに『奈落の獣』がいるかもしれない。注意してくれ」


「……はい、分かりました」


なぜか、と聞き返さないあたりやはり優秀な少女である。


アビスを抱いたまま周囲を探る。『気配察知』に感。やはりか。


森の中から漆黒の獣が躍り出る。


着地した『奈落の獣(半身)』は、低い唸り声を漏らしながら、ゆっくりとこちらに歩を進めてきた。


「『奈落の獣』、本当に現れるとは……」


エイミが息を飲んで構える。


不意にアビスが俺の腕を脱けだした。


小走りに走って、黒い巨獣の前に進み出ていく。


グルオオォォォ……!


『奈落の獣』が、自分の足先にも満たない大きさの子猫に対して牙を剥きだす。


しかしその威嚇に対してアビスは泰然自若たいぜんじじゃくとさえしているように見えた。


小さな子猫と巨大な肉食獣、どちらも黒い猫という以外対照的な二頭は、じっと睨み合ったまま動かない。


いや、互いに微かな鳴き声を発しているようだ。一見するとヒソヒソ声で話し合っているようにも見える。


これがまれに見られるという『猫会議』か――


などと猫好き的思考をめぐらせていると、突然『奈落の獣』が俺の方に歩き出した。


だが明らかに攻撃をするという雰囲気ではない。


獰猛どうもうな光を宿していたはずの朱の瞳には今、敵意よりも好奇心が勝っている。


「……え、何だ?」


黒い巨獣が目の前で前足を揃えてお座りをしたので、俺の口からつい言葉がでてしまった。


いや、あまりに意外な展開である。


「にゃあ」


離れたところでアビスが鳴いた。む、あれは餌をねだるときの声だな(猫好きの精神感応)


そこで俺はピンときた。もしかしてこの『奈落の獣』は――


俺はインベントリから大きめの皿を取り出して、そこの例のペーストを大量生成した。


この時点で黒い獣は鼻をピクピクさせ、グフッとのどを鳴らしている。


「これを食いたいのか?」


皿を目の前に置いてやると、待ちきれなかったような勢いで山盛りのペーストにかぶりつく『奈落の獣』。


その微笑ましい(?)様子は、スケールの違いを除けば猫そのものである。


空になった皿を前にして、何かを訴えかけるような目でこちらを見る漆黒の獣には、もはや最初にあった威圧感など微塵もなくなっていた。


俺はとりあえずこの獣が満足するまで食わせてやることにした。『厄災』の一体は、俺にはすでにデカい猫にしか見えなくなっていた。


恐らくドラム缶ひと缶分くらいは食べたであろうか、巨大な獣は満足したのかその場にゴロンと横になり、あろうことか寝始めてしまった。


エイミが恐る恐るという感じで横に来て、満足げな顔でいびきをかいている『奈落の獣』を見る。


「クスノキ様、これは一体……」


「『厄災』も結局猫だったということ……かな?」


「にゃあ」


俺の言葉に答えるように鳴くと、アビスは横になっている『奈落の獣』に近づいた。


そしてその額を、『奈落の獣』の額に押し当てると、『奈落の獣』の巨体はすうっと黒い霧に変わり、アビスの小さな身体に吸い込まれるようにして消えていった。


魔結晶とアイテムが残ったところを見ると、なぜか討伐判定になったようだ。



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名前:アビス

種族:堕落の獣

年齢:0歳

職業:猫

レベル:10


スキル: 

気配察知Lv.10 縮地Lv.10 暗視Lv.10 

隠密Lv.10 俊足Lv.10 瞬発力上昇Lv.10

持久力上昇Lv.10 反射神経上昇Lv.10

     

称号: ケイイチロウの飼い猫


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『奈落の獣(半身)』を吸収した感じなので『解析』をしてみたが――


「ぶふっ!」


「クスノキ様、どうされましたか?」


「い、いや、何でもない」


と言ったがもちろん何でもなくはない。


というか『堕落の獣』って何? シャレか? おっさんジョークなのか?


ステータスが結構なくらい上昇しているので、やはりアビスが『奈落の獣』を吸収、というか融合したのは間違いないんだろうが……。


これは『奈落の獣』を無害化したと考えてもいいのだろうか。いや、多分そうだな。だって猫があのペーストを前にして野生を保てるはずがないのである。


「アビスも食べるか?」


「にゃあ」


俺は答えるアビスを再び抱き上げると、ペーストを生成して飽きるまで食べさせてやるのだった。

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