13章 首都 ラングラン・サヴォイア(後編)  07

恩賜おんしの儀』自体はつつがなく終了した。


その場にて下賜された褒賞は1億と200万デロン、名誉男爵の地位、そして将来的に子爵の地位と領地を与えることを確約するというものであり、一騎士爵に与えるものとしては破格などというレベルのものではなかった。この褒賞内容が女王陛下の口から宣された時、場内の雰囲気が一瞬だが大きく揺らいだ位である。


ちなみに名誉男爵というのはこの国独自の制度で、領地を与えられない男爵、というものらしい。戦時に戦功を積んだものが大勢出た時に苦肉の策として生み出された制度のようだ。


直前に行ったヘンドリクセン氏との打ち合わせはなんだったのか……と言いたいところだが、さすがに『魔王の影』と四天王の討伐、そして女王陛下の救出という功績を上げてしまった以上どうしようもなかった。


そして儀式を無事乗り切った俺は……なぜか女王陛下のお茶の席に招かれていた。


中庭の四阿あずまやにしつらえられたお洒落な円卓には、女王陛下と俺だけが座っている。


脇にはメイドが2人控えているのみで、他は誰もいない。


「驚かせるつもりがつまらん邪魔が入って台無しになってしまったな。なあクスノキ卿?」


「は」


「ま、卿のことだから薄々感づいてはいたのであろう? リュナスが女王であるとな」


「は」


「この間のように普通に話をせよ。それともお話をしてくださいませ、とでも言った方がいいか?」


「は、いえ。あの時の話し方はやはり演技でいらっしゃったのですか?」


「うむ、演技というより、昔の喋り方がああだったのだ。私がリュナシリアンではなく、リュナスと呼ばれていた頃のな」


目の前に座って優雅に茶をたしなんでいるのは深窓の令嬢風美少女である。


その彼女が『陛下口調』とでも言うのだろうか、王様のような喋り方をするのは凄まじい違和感があった。


「今回は卿には色々と助けられた。余の心持ちとしてはあの程度の褒賞ではとても足りぬのだがな。色々としがらみがあるゆえ許して欲しい」


見た目は完璧な深窓の令嬢が、その整った唇を皮肉げに歪めて笑うのは背筋にゾクリと来るものがある。


「いえ、むしろ私にはあまりに過ぎた褒賞です。これ以上を望むつもりはありません」


「ふふん、皆が卿のように控え目なら余もやりやすいのだがな」


そこで女王陛下はティーカップに口を付け、そして傍らにいるメイドに目を向けた。


「そうそう、この者が卿に礼を言いたいそうだ。卿は覚えているか?」


見ると、そのメイドはまだ子どもの獣人族であった。


三つ編みに束ねた灰色の髪と、猫のような耳を持つ、とても可愛らしい顔立ちの女の子である。


気になるのはその少女がキラキラオーラをまとっていることなのだが、今はそれは脇におこう。


「はい、あの違法奴隷商の所にいた、呪いをかけられていた娘ですね」


そう、彼女はあの時俺が呪いを解いた娘であった。名前は確かラトラだっただろうか。


ラトラは俺の前までくると、ぺこりとお辞儀をした。目の前にある猫の耳をつい触りたくなってしまったのは仕方がない。だって猫の耳なのである(一般的猫好きの本能)。


「クスノキ様、あの時は助けていただきありがとうございました。呪いを解いていただかなかったら、わたしはきっと死んでいたと思います。クスノキ様のお心に感謝いたします」


「どういたしまして。元気になってよかったよ。お城で働くことになったんだね」


「はい、行く先がなかったわたしを女王陛下が憐れに思ってくださって、こちらで働くことを許されました」


うん、しっかりした娘さんである。ステータスでは12歳だったと思うのだが、もしかしたら獣人族は成長が早いのだろうか。そういえば、ラトラはスキルも多く身につけていたはずである。


「この娘はなかなか見どころがありそうだったのでな。城の方で預かることにしたのだ。卿が領地に居を構えるようになったら卿に預けるつもりだ。本人もそれを望んでいる」


女王陛下の言葉を受けて、ラトラは「よろしくお願いします」と言いながら、すがるような目で俺の方をじっと見た。子どもにそういう目をされたら、父親をやっていた身としては断れるはずもない。


「……は、分かりました。しかし領地と言われましても、私にはどうにもその感覚がなく……」


「卿が望んでいないというので、一応先送りという形にはしたのだ。それでもぎりぎりの妥協なのだぞ。もっともこちらとしても、卿に領地を与えることで行動に制限をかけてしまうのは避けたかったというのもある。今は卿の力が必要な時であるからな」


「『厄災』ですね」


「そうだ。ふむ、お前たち、少し離れよ」


女王陛下はラトラともう一人のメイドを下がらせた。


彼女らが十分な距離まで離れると。言葉を続ける。


「今回の卿の働きを見て、正直『厄災』に対抗するには卿の力が不可欠であろうと考えるようになった。『王門八極』は強力な戦力ではあるが、まさか『魔王』の分身にすらあそこまで苦戦するとは思ってもみなかった。それが一度に現れるなど、まさに悪夢でしかない」


「はい、私も『厄災』の眷属とは何度か遭遇していますが、あれらの主が一度に現れるとなると、対抗するのは非常に厳しいかと感じます」


「そこよ。卿が何者であるか、それはこの際く。問題は、卿の力で『厄災』本体は討伐できるのかということだ。『邪龍』本体とも戦ったのであろう? 卿自身どう判断している?」


「『邪龍』はまだ幼体でしたので成体になったときの力は未知数ですが、対抗は不可能ではないでしょう。『魔王』に関しても同様です。ただ……」


「ただ?」


「私が知る限り『穢れの君』には聖女の力が必要なようです。また、『魔王』討伐には勇者の力が必要というのは陛下もご存知のことかと思います。とすれば、他の『厄災』についても、単に力で上回っていれば討伐できるわけではないのではないでしょうか?」


『穢れの君』を封印する聖女達のことや、今回の『魔王の影』の最後の言葉などを考えると、『厄災』討伐にはそういう『フラグ』のような存在が不可欠であるという気がする。


完全にゲーム的な思考ではあるが、各『厄災』をラスボスとするならば、それを倒すことを宿命づけられた『主人公』が必ず対となって存在するのではないだろうか。


そしてその『主人公』は恐らく、この世界にとってイレギュラーである自分ではない――そんな気がするのだ。なにしろ自分は単なる『もと中間管理職のおじさん』でしかないのだし。


俺の推測に対して女王陛下は一瞬だけ目を伏せた。


「なるほど、卿の意見は一考に値するかもしれん。もう一度過去の資料を当たらせよう。少なくとも『魔王』に対して勇者が必要なことは『魔王の影』も口にしていたようだしな」


「その勇者ですが、クロウが偽物であった以上本物を探す必要があるのではありませんか?」


「無論すでに捜索の指示は出している。しかしこればかりは時間がかかる。何しろ有望なものを一人づつ連れてきてステータスを調べねばならんからな」


「勇者であることはステータスにはどのような形で表れるのですか?」


「『運命の者』『宿命の器』『救世の徒』といった称号がつくと言われている。クロウは『運命の者』という称号がついていたのだが、奴の身体を調べたところやはり欺瞞ぎまんする魔道具が見つかった」


「やはりそうでしたか。しかし……うん?  『宿命の器』……?」


その称号は最近どこかで見た気がする。一体どこでだっただろうか。


視線を巡らすと、遠くでメイド2人がこちらの様子をうかがっている。


よく見ると1人は切り揃えた黒髪の少女であった。間違いなくエイミと呼ばれたあの忍者少女であろう。今気づいたが、この娘さんもキラキラオーラ持ちである。


そしてもう一人は猫耳の獣人族ラトラ――



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名前:ラトラ オルクス

種族:獣人 女

年齢:12歳

職業:奴隷

レベル:17


スキル: 

格闘Lv.2 短剣術Lv.3 投擲Lv.4

四大属性魔法(火Lv.2 水Lv.3 

風Lv.4 地Lv.1)

算術Lv.2 毒耐性Lv.1 気配察知Lv.2 

暗視Lv.2 隠密Lv.2 俊足Lv.3 

瞬発力上昇Lv.1 持久力上昇Lv.1 


称号: 

軽業の才 宿命の器


状態:

呪い 空腹 内臓疾患


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これが呪いを解く直前の、彼女のステータスであった。







「まさかこのような形で勇者が見つかるとは。これを偶然と言っていいものかどうかすら悩ましいな」


ステータス鑑定の結果を聞き、執務室の机でリュナシリアン女王陛下は嘆息した。


国の頂点に相応しい重厚な作りの机の向こうで金髪碧眼の美少女が渋い表情をしている姿は、贔屓目ひいきめに見てもやはり違和感しかない。


「もはや神の導きとしか言いようがございませんな。もっとも勇者という存在自体が神の手によるものでしょうから、不思議はないのかもしれませんが」


そう答えたのは老紳士ヘンドリクセン氏。やはり彼は女王陛下の最側近であった。


あの後、俺の言葉によってラトラのステータスが調べられることになった。


俺は女王陛下とともに執務室まで移動、そこに調査結果を携えたヘンドリクセン氏が合流したところである。


なおラトラはエイミと共に使用人控室にて待機しており、今この部屋には3人しかいない。


というか俺はここにいていいのだろうか……。


「なんにせよ、これで懸案の一つは解決となるわけだが……また卿のお手柄だな?」


女王陛下が俺を見る。


「いえ、これはあの違法奴隷商を摘発した陛下の手腕によるものでしょう。そうでないのならただの偶然に過ぎません」


「ふむ、そういう見方もあるか。欲のないことだな。ところでヘンドリクセン卿、ラトラが奴隷に落とされた理由は分かったか?」


「どうやら彼女の集落を奴隷商が襲ったようですな。彼女はかなり抵抗したようなのですが、逆にそのせいで呪いをかけられたようです。確か奴隷商から押収した物品に、呪術関係のものがあったと記憶しております」


「そちらも偶然か。神の手を信じざるを得なくなりそうだ。ふふっ、クスノキ卿の背後にも神の存在があるのかもな」


冗談めかしつつも探るような目で俺に視線を投げかける女王陛下。それは間違いなくあると自分でも思われるのだが……正直にそう言えるはずもない。


「スキルを神の与えたものと考えるなら、そうなのかもしれませんね。誰にでも言えることとは思いますが」


「なるほど、そのような言い方もできなくはないか。もっとも卿の持つスキルは、聞いただけでも稀有けうなものばかりのようだがな。まあ、その力を国のために使ってくれるなら、余としては文句はない」


「すでに爵位をたまわっている身なれば、この力は国を守る為にふるうつもりです」


こういう本意を探られるような言い方をされるのは何回目だろうか。過剰な力を持つ者の定めと言えばそれまでだが、そんな存在は前世でも創作の中にしか存在しなかったんだよな。まさか自分がそうなるとは思っていなかっただけに、正解の対応など知るべくもない。


故に返答は当たり障りのないものにせざるを得ないのだが、女王たる美少女は目を細めて笑顔を見せた。


「余個人としても、卿にはそうあって欲しいと願っている。ところでヘンドリクセン卿、勇者ラトラは今後どのように取り扱う? またクリステラに預けるか?」


「それについてなのですが、魔王軍四天王クロウの一件で、勇者を首都に置くことを不安視する向きも出てくるのではないかと思います。彼女自身には何の罪もありませんが、彼女に対して警戒を露わにする人間も出てくるでしょう。言いたくはありませんが、彼女が獣人族であることも無視できません」


老紳士の指摘に、女王陛下は溜息をつく。


「人種による差別感情についてはいかんともし難いか……。くだらぬと言えばそれまでだが、『魔王』への切り札となる勇者に無用な負担を強いるのも得策ではあるまい。となると、叔父上にでも預けるか、それとも外部の信用できるものに託すか……。そんな都合の良い者がいるか?」


「1人おりますな。うってつけの御仁ごじんが」


老紳士がニヤリと笑うと、美少女も何かに気付いたようにハッとして、すかさずニヤリと返した。


そのやりとりを見て、俺の背筋に冷たいものが走ったのは言うまでもない。


「クスノキ卿、ハンターである貴殿に、女王として依頼したいことがあるのだが――」


女王陛下、返事を聞く前に承諾することが決まっている依頼は、命令と変わらないと思いますよ?

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