3章 都市騎士団 03

キラキラ騎士団長との遭遇から2日間は特に何事もなく過ぎた。


身体的にはともかく、さすがに精神的な疲労を感じたので、うち1日は休みとした。


ネイミリアは大叔父である副支部長の家に遊びに行った。


副支部長のご令閨れいけい(3人いるとか。さすがのキラキライケメンである)の1人が姉と慕う人であるらしい。


俺は懸案であったロンネスクの図書館に向かったのだが、まさかの休館日であった。


予定を変更して、先日手に入れたオーガの大剣を背負うためのハーネスを調達しにいった。


前に防具を買った店に行くと、流用するのにちょうどいい汎用のハーネスがあったらしく、2時間程で用意をしてくれた。


大剣を背負って確認のために店備え付けの鏡をのぞいてみると、そこには立派なコスプレ剣士が誕生していた。


俺は胸の奥に生まれた何とも言えないむずむず感を、街の外に出て大剣を素振りすることで追い払った。


休みとは一体……。




その翌日はネイミリアと共に狩り兼魔法講座を行い、さらにその翌日。


俺たちが早朝ハンター協会のホールに入ると、サーシリア嬢が待ち構えていたように迎えてくれた。


「おはようございますケイイチロウ様ネイミリア様、本日は例の件のご相談をさせていただきたいのですが、よろしいでしょうか?」


「はい、問題ありません。時間は?」


「申し訳ありませんが半刻ほどお待ちください。応接室の方にお茶を用意いたします」


いつも思うが、サーシリア嬢の応対は見事である。日本で同等の対応を求めようとしたら、かなり上位の企業を訪問しなければなるまい。


半刻の後、俺たちはハンター協会ロンネスク支部の支部長室に案内された。


ん、支部長室?


「初めまして、クスノキ殿、ネイミリア殿。わたくしはアシネー・ケンドリクスと申します。ハンター協会ロンネスク支部支部長職を拝命しておりますの。お見知りおきくださいませ」


格式は高そうだが華美ではない、あくまで実用的なたたずまいの支部長室で俺たちを迎えたのは、妙齢のご婦人――若い女性であった。


白銀の長髪に赤い瞳、目元は涼しげながら眼光は鋭く、笑みが浮かぶ唇からは犬歯と言うには長すぎる牙がのぞいてる。


服装はいわゆる女性用のスーツに似ているが、受付嬢と同じようにその胸元はこれでもかと開いており、さらにくるぶしあたりまで流れるスカートは、「それ破れてません?」というレベルで深いスリットが入っている。


開いた胸元とスカート左右のスリットからは魅力的な肉感がはみ出しているのだが……言うまでもなく俺は全力でそこから目を逸らしている。


いや、本当は目の前の人物そのものから全力で目を逸らしたい。


そのまま部屋を出て剣の素振りに出かけたい。


「わたくしはメインキャラでございますのよ」的キラキラオーラ全開のゴージャス美女吸血鬼など、元中小企業中間管理職としては絶対に関わりたくないのである。




支部長室の応接セットに4人の人間が座っている。


1人はもちろん自分、正面にキラキラゴージャス美女支部長、右にキラキライケメン副支部長、左にキラキラ超絶美少女エルフである。


キラキラ超絶美人受付嬢が給仕してくれたお茶に口をつけながら、俺はキラキラ死をするのではないかという恐怖を感じていた。


「まずはくだんの氾濫について、解決までの道筋を、クスノキ殿の口から改めて説明していただけるかしら?」


「分かりました。では私のスキルの説明から……」


俺は千里眼による偵察からヒュドラ討伐までの経緯を、細大漏らさず報告した。


上位種モンスターやマンティコア、オーガエンペラーについては、ドロップアイテムを一部提示して証拠とする。


なお、ヒュドラの魔結晶その他はあらかじめ支部長の机の上に置いてあった。


一通り報告を終えると、支部長はふうっと息を漏らした。それだけなのに妖艶ようえんさがにじみ出るのが恐ろしい。


「ありがとうございます。副支部長のトゥメックの報告とも合致しますし、証拠の品も間違いありません。クスノキ殿の今の報告を、ハンター協会は真実であると判断いたしますわ」


「かなり特異な報告であるとは認識しています。協会の判断に感謝いたします」


俺がかしこまってそう言うと、吸血鬼美女は目を細めてつやっぽく笑みをこぼした。


「所員に聞いた通り、クスノキ殿はハンターとしては格別の見識もお持ちに見えますわ。今回の件といい、わたくしは貴方にも、貴方の能力にも大変興味がありますの。初対面ではありますが、もしよろしければこの機会に貴方の出自などを可能な範囲でお聞きしたいのですが、いかがかしら?」


「いや、私は見識などはむしろ狭い方で……、ただ商人のようなことをやっていたので、交渉などに多少慣れているだけに過ぎません。能力については、確かに人とは違うスキルを持っている自覚はありますが……」


「空間魔法、それだけで貴方の価値は国内でも上位に入りますのよ。ご謙遜なさらないでいいわ」


「え……?」


レアスキルとは分かっていたが、まさかそこまでとは。サーシリア嬢にでも聞いておくべきだったか。


「その上単騎で氾濫に突入、5等級上位種を殲滅せんめつしつつ長駆ちょうくしてヒュドラを討伐。神話の英雄もかくやという活躍ですわね。これ程の才能は、近隣の国を含めても聞いた事がございませんわ」


「しかし、『王門八極』という方たちなら可能と副支部長がおっしゃっていましたが……」


「『王門八極』に比するだけで異常と思いたまえ。会って数日だが、君は本当によく分からない男だな」


副支部長が呆れ顔をしている反対側で、ネイミリアが腕を組んでうんうんとちょっと誇らしそうに頷いている。


これって芸能オタクの妻が言っていた『後方彼氏面』……『後方弟子面』なんじゃないのか?なんだそれは。


「くすくすくす……。クスノキ殿は確かに見識に穴があるようですわね。そこも大変興味深くはありますけれど」


そこでゴージャス美女は席を立ち、俺の側までくるとグイッと顔を近づけてきた。


真紅の瞳が俺の目を射る。何か吸い込まれるような……そこでピロリンと聞き慣れた電子音。


「ふふ、やはり効きませんわね。底の知れない御方、本当に面白い」


待って、今俺は何を評価されたのですか?美女の瞳に見とれてただけなんですが。


「支部長、そろそろ事務的な話を進めた方がよいのでは?」


「そうね。クスノキ殿、貴方が事を大きくしたくないとお考えになっていることは聞いております。しかし今回、それを聞くことは極めて難しいのですわ」


「それは何故でしょう?」


「今回の件は、先日撃墜されたワイバーンの件と合わせて、ロンネスクの領主レベルで情報の提出を求められておりますの。都市の安全に関わることなので、協会としても適当に対応するわけには参りませんのよ」


だからネイミリアさん、そこで「あ……っ」とか言わないでくださいね。


ほら、超仕事できますオーラ全開のゴージャス美女さんがこちらを探り始めましたから。


「何か気になることがおありのようね?」


ああこれ本社の監査で怪しいところチェックされて言い訳できない奴ですね。わかります。


「これなのですが……」


俺はインベントリから7等級魔結晶と、その他ワイバーン素材を取り出した。

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