8章 → 9章
―― トリスタン侯爵領 領主の館 領主執務室
「なんだと、セラフィがニールセンの手勢に奪われたというのか?」
「はい侯爵様。逃げ帰ってきた灰魔族の話では、相手は赤毛の女騎士だったそうです」
「ニールセンの長女か。あれは相当の手練れと聞いているが……こんな時に戻っているとはな」
「そちらに関しては、どうもケルネイン子爵の長男が半ば脅すような形で求婚していたそうで、対応するために戻ってきていたようです」
「あのボンクラめ、余計なことを……。まあ今は捨て置く。それよりセラフィだ。あの地での儀式は済ませたのだろうな?」
「山から
「ふむ、ならばまだ良い。しかしセラフィの身柄がニールセンの元にあるのは不味いな。洗脳させているから口を割ることはあるまいが……。『闇の皇子』の兵どもは、今頃ニールセン領にてひと騒ぎ起こしているのであろう?」
「いえ、それが……子爵領にはたどり着かなかったようです」
「何?ではどこへ?」
「探らせているのですが、全く見つからず……。召喚されなかったということではないかと……」
「街道から人を追い払う時には召喚できたのであろう?であれば、儀式さえ成功していれば、それなりの数の兵が現れたはずだ。すでに時は満ちつつあるのだからな」
「いかにも。とすれば、何者かに討伐されたということも」
「ニールセンの小娘だけでできるとは思えんが……大規模な召喚は時間差があるのかもしれんな。いずれにせよセラフィは早急に回収せねばならん。」
「それでは、すぐに使いの者を送りましょう」
「いや、ここは私自ら
「ははっ、ではその旨を先触れで……」
「いや、先触れは出さずに乗り込んでやるとしよう。ニールセンに対応する時間を与える必要もない。そうだな、ついでにケルネインも呼べ。あやつらに謝罪させてやれば、ニールセンに対して貸しも作れよう。それと……ロンネスクの近くにある祭壇についてはどうなっている?」
「は。そちらにはすでにシルフィ様が到着しております。近い内に降魔の儀式に入れるかと」
「うむ、いよいよ『厄災』復活の時だな。逃れ得ぬこの濁流の如き流れにどう対処するか、それで貴族としての価値も決まるというものだ」
「おっしゃる通りでございます」
「濁流を渡り切れぬ者は消え、渡り切る者は栄誉を手にする。その中で人に先んじて濁流を越えたいと思うなら、力ある者をあらかじめ濁流に蹴落とせばよい。そうであろう?ふふふ……」
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