13章 首都 ラングラン・サヴォイア(後編)  05

「『王門八極』の『剣鬼』クリステラが女性だったとはわたくしも知りませんでした。失礼な態度を取ってしまい申し訳ありません」


「私も以前お会いしたのに気付かず申し訳ありませんでした。まさか女性だったとは思わず大変失礼をいたしました」


ローゼリス副本部長とサーシリア嬢が頭を下げると、クリステラ嬢は手で制止するような仕草をする。


「ああ、謝らないでほしい。こちらが勝手にそういうフリをしているだけだからね。ボクこそこんなところで『黒雷』ローゼリスと知り合いになれるとは思っていなかった。サーシリアさんとも再会できるとは思ってなかったし、嬉しいよ」


クリステラ嬢が事情を察してすぐにネタばらしをしてくれたので、俺の胃へのダメージは最小限で済んだ。


結局4人で食事をとる形になってしまったが、あのままでいるよりは遥かにマシだろう。ただ小さめの4人掛けテーブルなので、3人のキラキラ嬢に囲まれ壁際に押し込められている自分としてはかなり窮屈な状態である。


「今日はハンター協会がクスノキを派遣してくれて助かったよ。いい訓練ができたし、面白い話も聞くことができたからね」


「それは何よりです。協会としても、国の武官とつながりを持てるのは大変ありがたいお話ですので」


『剣鬼』と『黒雷』、2人の二つ名持ちが会話しているシーンというのはかなり貴重かもしれない。


「しかし女性であることを話してしまわれて良かったのですか?かなり重要な秘密だと思いますが」


「さすがにさっきの状態だとクスノキが可哀想だからね。それに協会の職員は口が堅いんだろう?なら大丈夫さ」


「職務上知り得た情報という扱いで秘密は厳守いたします。サーシリアもいいですね?」


「はい、厳守いたします」


「ところでクスノキにも二つ名があるのかい?さっきローゼリスさんがそんなことを言っていたと思うんだけど」


クリステラ嬢が興味津々に俺を見ると、他の2人も俺に目を向けた。どちらも冷ややかな視線なのはなぜだろうか。2人ともあれが事実とは反する名だと知っているはずなんだが。


「ああ、ええと、俺が言うのはちょっと……恥ずかしいというか……納得いかないというか……」


「『美女落とし』ですからね。ケイイチロウさんにはピッタリだと思いますよ」


サーシリアさんどうしてそんなこと言うの?誰も落としたりしてないの知ってますよね?


「へえ、それはまた隅におけないね。ちなみに落とされたのは誰なのかな?」


「それは名誉の為に言えませんけど、私が知っているだけで8人いますね。多分知らない所に同じくらいいると思います」


8人って、それ単に俺が知り合った女性の数ではありませんか?ただお話をしただけで「落とした」とか言うのって、小学生の言いがかりレベルなんですが。この世界ってそんな判定甘いの?


「困りましたねご主人様。話がだいぶ違うようですが?」


「いやだから、本当に勘違いで……。というかローゼリスさんやっぱりご主人様って言ってるよね?」


「そんな些細なことはどうでもいいではありませんか。さあ弁明を」


「あははっ、本当に面白いね。ちなみにサーシリアさん、その8人にボクは入っているのかな?」


「えっ!? いえ、入っていませんけど……」


「じゃあ9人にしてもらおうかな。その方が面白そうだ。あとメニルが入ってないのならその分も追加でお願いするよ」


「ええっ!?」


「『王門八極』を2人も……。わたくしも従者としてご主人様の武勇を誇らしく思います」


ああこれ、女性が3人集まって男をいじって遊ぶやつですね。そうやって女性同士で楽しく交流して親交を深めるんですよね。大丈夫、そういうことならサンドバッグにでも何でもなりますから仲良くなってください。もと中間管理職として、社員のコミュニケーション促進のためなら何でもしますよ。


……胃が耐えられる範囲で。






それから数日経ち、恩賜の儀前日、俺は服装を整え首都の行政府を訪れていた。


行政府は女王の居城・サヴォイア城の間近にあり、規模も美しさも城とは比較にならないものの、白を基調とした荘厳な建物である。


この場所で翌日の儀式について打ち合わせをするというのは、召喚状にあらかじめ記されていたことである。打ち合わせと言っても事前に褒賞の内容の確認を行い、謁見時の礼法指導を行うということだろう。


職員に案内されたのは『貴賓の間』と呼ばれる部屋であった。行政府というお堅いイメージからは遠い、かなり華美な調度品が備え付けられた応接の間である。名の通り貴族を通す部屋なのだろうが、こういった身分制社会を見せつけられる場所に案内されると、もと日本人としてはなんとも落ち着かない。


待つことしばし、ノックと共に部屋に入ってきたのは、白髪に白い口髭をたくわえた『これぞ執事』という出で立ちをした老年の紳士だった。護衛と思われる儀礼服に剣を下げた兵が一緒なのは、その老人の身分が高いことを表しているのだろう。


「お待たせいたしましたかな?私はロイド・ヘンドリクセンと申しまして、女王陛下の身の回りの世話をさせていただいている者でございます。この度は陛下よりクスノキ殿の応対を一任されております。よろしくお見知りおきくだされ」


絶妙な距離感で挨拶をしてくる老紳士の姿を見て、俺は脳内の逆らったらいけない人リストにロイド・ヘンドリクセン氏の名前を即記入する。


「女王の身の回りの世話」ということは、間違いなく女王陛下の最側近ということである。想定外に上の人が来てしまったようだ。しかもこの老紳士、例のキラキラオーラも完備である。


「お初にお目にかかります、ケイイチロウ・クスノキと申します。ロンネスクでハンターをさせていただいております。この度は女王陛下の膝下にお呼びいただき、光栄至極に思っている次第です」


「ほっほほ。これは礼法指導の方はすぐに終わりそうですな。まずはお互い席に着くと致しましょうぞ」


「は、失礼いたします」


高級応接セットの対面に座ると、ヘンドリクセン氏は護衛に指示を出し、部屋の外の警備にあたらせた。要するに人払いである。


「さて、クスノキ殿はこちらへいらっしゃってから、すでに色々と活躍をなさっているようですな。情報が多すぎて、文官たちはてんてこ舞いで困っておりますぞ」


「自分としては半分観光のつもりだったのですが、なぜか面倒事に好かれているようでして……」


目を細めて楽しそうに話す老紳士は、いかにも好々爺こうこうやといった雰囲気である。しかし話している内容はかなり怖い。『邪龍』の件もそうだが、あのリュナス嬢の一件はかなりヤバい案件だったのだ。なにしろ貴族家が取り潰しになってもおかしくない話であるからして……。


「ほほ、しかしその面倒事を見事に解決してしまう手腕は、改めて高く評価しているところでしてな。こちらとしてもクスノキ殿に対してどのような報償を与えるか、かなり頭を悩ませているところなのです」


「それは申し訳ないとしか言いようがありません。自分としてはたまたまその場にいたので解決に携わったという程度の認識なのですが、そうもいかないのでしょうね」


「いかにも。クスノキ殿のその控え目なところは我が主も大層気に入られておりますれば、尚のこと評価を高めざるを得ないのです」


「コーネリアス公爵閣下からの要望などはお聞きになられていらっしゃると思うのですが……」


「それについても我が主は笑っておられましてな。こちらとしても領地には限りがあるのでありがたいと仰せでしたぞ」


「そう仰っていただけるなら望外の喜びです」


「近々とある男爵領が取り上げになるので、そこを封じるという話もあるにはあるのですがな」


そう言って、しわを深めて笑いかけてくる老紳士。それってやはりリュナス嬢の一件がらみの処置ってことですよね。俺の心臓に杭を打ち込むような話なのですが、それは。


「まあそのようなわけで、こちらとしても少々手詰まりになりましてな。それなら本人に聞いてこい、というのが我が主の仰りようなのです」


「いやそれは、その、お手数をおかけして大変申し訳ありません」


ここに来てまさか「何が欲しいか言ってみろ」と来られるとは思わなかった。こういうのはトップダウンで否やはないと思っていたのだが……女王陛下はもしかして型破りな方なのだろうか。


「正直に申しまして、領地もこれ以上の爵位も遠慮したいのです。少々の報奨金や、勲章のようなものがいただければそれで十分です」


「ふむ……。それはもしや我が主とは縁を結びたくない、という意味ですかな?」


瞬間的に笑みを消した老紳士の目がキラリと光る。


ああしまった、領地も爵位もいらないというのはそういう意味になってしまうのか。


「そのような心積もりは毛頭ございません。私はすでにコーネリアス公爵閣下より騎士爵を頂いている身。この国、ひいては女王陛下とは強い縁を持たせていただいていると考えております」


俺が慌てて頭を下げると、老紳士は「ほっほほ」と笑った。


「いやいや、これは少し意地の悪いことを申し上げましたな。クスノキ殿のお気持ちは公爵閣下からもよくうかがっておりますので、疑っているわけではありませんぞ」


「恐縮です」


「しかしそのような意味に取る者も中にはおりましてな。貴殿も騎士爵を賜った身であるのならば、気を付けられたほうがよろしいでしょうな」


同じような事をクリステラにも言われた気がする。俺の中で急速にロンネスクに帰りたい気持ちが強まってきた。早く黒猫アビスと戯れないと、俺の胃は回復不能になりそうだ。


「しかし困りましたな。『邪龍』を退け、『厄災』の眷属を複数体討伐し、魔王軍四天王すらも倒し、首都の治安の維持にも多大な貢献をした貴殿に領地も爵位も与えぬというのであれば、我が主が吝嗇りんしょくなどと陰口を言われかねませんので――」


ヘンドリクセン氏がそこまで言った時、


ドオオオォォォンッ!!!


腹の底に響く爆発音とともに、地震のような振動が建物を震わせた。


音の発生源は明らかに王城の方向である。


扉の外で警備をしていた護衛が部屋に入ってくる。


「ヘンドリクセン様、ご無事でいらっしゃいますか!?」


「うむ。何事か?」


「サヴォイア城の一部で爆発が起きたようです。こちらへ!」


護衛に従って廊下の窓から城を見上げると、美しい白亜の宮殿の高所に無残な穴が開いており、そこから煙が立ち上っているのが見えた。


その穴の手前側……すなわち城の外側の空中に、翼の生えた人影が浮いているのが確認できる。間違いなくあの人影が城を破壊した下手人だろう。


『千里眼』で見ると、その人物は禍々しい装飾がついた黒いコートを羽織った男のようだった。側頭部から突き出た異様にねじくれた大角と、背から広がる6枚の黒い翼が、その人物が上位の存在であることを示していた。


「むう、あの場所は陛下の執務室が近い。狙いは陛下本人か……!」


横でヘンドリクセン氏が目を見開いて歯がみする。老練の紳士の顔にもさすがに焦燥の色が濃い。


俺が城に目を戻すと、6枚翼の人物は穴から城内へ侵入していくところだった。


「ヘンドリクセン様、私に城に入る許可をいただけませんか。力になれることがあると思います」


「うむ……、いや、陛下の側には常に『王門八極』が控えているでの。貴殿が出るまでもないであろう」


「城を破壊した人物が魔王であっても、でしょうか?」


そう言うと、老紳士は目を大きく見開いて俺を凝視した。

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