10章 エルフの里  03

翌朝、早い時間に食事を済ませると、俺はネイナルさんに従って里長の家に向かった。


無論昨夜はすぐに寝て、別段何かあったということはない。念のため。


ちなみにネイナルさんの料理は非常に美味しく、勧められるままにかなりの量を食べてしまった。若い身体になって一番嬉しいのは何と言っても飯を腹いっぱい食っても胃が文句を言わないことである。


案内された里長の家は一般の家の倍くらいある立派なものであったが、ネイナルさんはノックもせずに扉を開けて、さっさと里長の家に入ってしまった。


俺も後に続いたが、自分が生まれた田舎を思い出す近隣住民との距離感である。


「里長、いますかあ?」


ネイナルさんが声を上げると、奥の部屋から「ネイナルか。こちらにいるぞ」と女性の声が聞こえてきた。


ニルアの里の里長は、美しい絨毯じゅうたんがしかれた、オリエンタルな雰囲気の漂う部屋に一人座って本を読んでいた。ちなみにエルフの家は土足禁止である。


里長と言うので勝手に老齢の女性をイメージしていたのだが、目の前にいる女性は30前にしか見えないインテリ系美女であった。


やや緑がかった銀髪を後ろでまとめ、切れ長の目に理知的な瞳をたたえた、俺の感覚からすると超絶有能キャリアウーマンみたいな雰囲気の女性である。


『豊穣の女神』を体現したようなネイナルさんとは比べるとかなりスレンダーな体型だが、やはり出るところは出ている……などと観察したいわけではないのだが、エルフ女性の服は部分部分の布面積が小さいので嫌でも目に入ってしまう。


ともかくも、前世ではこういう雰囲気の女性が本社から出向してきて泣きたくなるほどダメ出しされた記憶があり、正直あまりお近づきになりたくないのだが……彼女がキラキラオーラをまとっている以上それは叶わぬようである。


「そちらは?」


里長は俺の姿を認めると、目をきらりと光らせながらネイナルさんに聞いた。


「こちらはネイミリアがお世話になっている、ハンターのクスノキさんです。今回ネイミリアを迎えに来てくださったようなのですが、ネイミリアがダンジョンに入ってしまったので、ついでにダンジョンの調査を手伝ってくださるそうです」


「お初にお目にかかります。そして急な来訪の無礼をお許しください。私はロンネスクでハンターをしておりますケイイチロウ・クスノキと申します。ネイナルさんがおっしゃるとおり、ダンジョンの進入許可をいただきたくまかり越しました」


俺が一礼すると、里長は少しだけ目の光をやわらげた。


「これは丁寧な挨拶痛み入る。私がここニルアの里の長、ユスリン・ニルアだ。ネイミリアの世話と言うと、貴方がネイミリアに雷魔法を教えた師匠ということか?」


「はい、一応そういうことになります」


「なるほど、確かに底知れぬ魔力を感じる……。それにおよそ人族とは思えぬ魔力の圧をお持ちだ。なるほどネイミリアが傾倒するのも頷ける」


「人より多少使えるのは事実ですが、まだ修行中の身でありますので、人の師などというのもおこがましいのですが……」


「ふふ、なるほどネイミリアの言う通りの御仁のようだ。さて、それでダンジョンに入りたいとのことだが、それはネイナルの言うように、調査をお手伝いいただけるという認識で良いのか?」


里長の目が少し探るような光を帯びる。


「はい。実際のところはネイミリアさんを迎えに来たついでではあるのですが、上役から早く帰れと言われておりまして、私が手伝うことで解決が早くなるならと思った次第です」


「ふふふっ、自由を旨とするハンターが上役とは面白い。そう言えばロンネスクではトゥメックが副支部長などをやっているそうだな。上役とは奴のことか?」


「ご賢察にございます。これでも一応、ロンネスクではそれなりに評価をされておりますので、長く留守にするなと言われております」


「それはそうだろう。私ですら貴方とネイミリアは手元に置いておきたいと感じる。あの心配性男ではなおのことだな」


里長はそこで相好を崩した。キャリアウーマン的な雰囲気が消え、無邪気さが表に出る。その笑顔は成熟した女性の意外な一面といった感じで、たいへんに魅力的であった。


「里長、それで許可の方は?」


ネイナルさんが促す。


「ああそうだったな。もちろん許可しよう。と言っても、ダンジョンは誰のものでもない。本来私の許可など取る必要もない」


「よかった。里長が駄目と言ったらお菓子はあげないところでした」


「なに?」


ネイナルさんの言葉に、里長の目の色が変わった。


「クスノキさんから里へいっぱいロンネスクのお菓子をいただいているんですよ。この後持ってきますね」


「おお、それはかたじけないなクスノキ殿!うむうむ、さすがネイミリアが認めた男。そのような気遣いまでできるとはなんとすばらしい!ニルアの里には甘味が少なくてな。トゥメックの奴も一向に土産を寄越さないし、一度買い出しにでも行こうかと思っていたのだ。そう言うことなら、昨夜起こしてくれても構わなかったのだが――」


キャリアウーマン風エルフ美女の正体は、実はスイーツ大好き美女でした。


なんというか……日本式御心づけはエルフにも有効だと証明されてなによりである。





里長の許可も無事出たので、ネイナルさんにお礼を言って、俺はそのまま森のダンジョンに向かうことにした。


ダンジョンまではなんと里長自らが案内してくれた。


道中モンスターも出たのだが、彼女自身かなりの使い手らしく、魔法で難なく返り討ちにしていた。


聞けば当たり前のことではあるが、『逢魔おうまの森』で生きるエルフは最低でもハンター3級に相当する強さらしい。


ちなみに里長のユスリン女史は、ハンターだと2段に相当する実力の持ち主とか。


エルフのイメージが武闘派集団のそれに変わりそうである。


「ここが入口だ。気を付けて行って欲しい」


何の変哲もない森の中、ユスリン女史は大きな二本の木の間を指さした。


なるほど『魔力視』スキルを使って見てみると、その場所以外は妙に霞がかかって見える。


「ありがとうございます。里長も帰りはお気をつけて」


「ああ、気をつけよう。ではな」


「――里長、少しお待ちを」


ユスリン女史がきびすを返そうとするところを、俺はためらいつつも呼び止めた。


前世のメディア作品群の記憶が、これだけは伝えておくべきだと騒いでいるのだ。


「実は今回の件なのですが、私の考えではこの後――」

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