第221話 管理者


「使徒だと確認したわ」

 

 クリニックの診察室で、"ナンシー"が無表情に言った。

 

「それで?」

 

 対面に座った"マーニャ"が笑みを向ける。

 

 その顔をしばらく無言で見つめてから、"ナンシー"が眼を閉じて小さく息を吐いた。

 

「記憶を改竄された痕跡は無く、自我を操作された様子も見られない」

 

「つまり……正常であると?」

 

 "マーニャ"が訊ねる。

 

「困ったことに……そのようね」

 

 答える"ナンシー"が顔を歪めている。

 

 "ナンシー"は、アイミッタに接触することを思いとどまった。

 

 "マーニャ"とレンに会っただけで去った。

 

「……信じたくないわね」

 

 使徒達が、"ナンシー"の認識外から干渉を受けて操られている。

 

「創造主かしら?」

 

「違うでしょう」

 

 "ナンシー"が否定した。

 

「どうして?」

 

「創造主ならば、このような小細工を必要としないからよ」

 

「そうね。私もそう考えるわ。わざわざ、私の知覚可能な領域には触れてこないでしょう」

 

 "マーニャ"が頷いた。

 

「創造主の意図したものではない」

 

「創造主というものが私の想像する存在ならば、このような関与の仕方はしてこないわ。人や……生き物の都合……それらの状況に干渉するはずがない」

 

「……私を騙している者がいると?」

 

 "ナンシー"の額が縦に裂けて金色の瞳が現れた。

 

「創造主になりすましているお馬鹿さんがいるわ。隠蔽に長けた存在ね」

 

 "マーニャ"が微笑を浮かべた。

 

「この惑星は……創造器によるものだと? 創造主は存在しない……そういうことかしら?」

 

「う~ん……創造主という高位の存在は居ても居なくても一緒なのよ」

 

「なぜかしら?」

 

「認識できないからよ」

 

「存在を知覚できるなら……偽者ということになると?」

 

「違うかしら?」

 

「……いいえ、貴女の言う通りだわ」

 

 "ナンシー"が机上へ視線を落とした。

 

「創造器を創り出した存在こそが創造主である……私はそう考えているわ」

 

「そうね」

 

「私は創造器を創ることはできない。でも、創造器を稼働させることはできるわ」

 

「……そういうことになるわね」

 

「私は、"ナンシー"……貴女が創造主をやっているのではないかと疑っていたのよ」

 

「使徒と同じように自我を操られていた可能性はあるわ」

 

「それはないわ」

 

 "マーニャ"が首を振る。

 

「なぜかしら?」

 

「貴女に気付かれずに操るほどの存在……少なくとも、私が認識可能な宇宙空間には存在しないわ」

 

「しかし……」

 

「でも、隠れることが上手な存在なら居るかもしれないわね」

 

 笑いながら、"マーニャ"が手を差し伸ばした。

 

 赤い光を放つ正八面体の金属が浮かび上がって回転を始める。

 

「それは?」

 

 "ナンシー"の額の瞳が光を増した。

 

「お使いをこれに入れたいのだけれど……どうかしら?」

 

「使徒を?」

 

「これに入れると、もう戻すことはできないわ。一方通行なのよ」

 

「……使徒達、全てを?」

 

「まさか。捕獲した使徒2体だけよ」

 

「それなら問題ありません。処分する予定でしたから」

 

 "ナンシー"が頷いた。

 

「ありがとう」

 

「それは、どういった物なのかしら?」

 

「う~ん、説明は難しいのだけれど……とても簡単に表現すると、トレーサー? 痕跡を辿って根源の所在を突き止める装置ということになるわ」

 

「そんなものが存在するのね」

 

「非売品よ。私が愛用する小道具の一つなの」

 

 "マーニャ"が軽く手を振って正八面体を消し去る。

 

「……今後は、使徒が貴女達に接触することはないわ」

 

「表向きは?」

 

「少なくとも、私はそれを命じない」

 

「でも、おかしな動きをする使徒がいるかもしれないわ」

 

「貴女の判断で処分して構いません」

 

「良いの? マイチャイルドは本当にやるわよ?」

 

「創造主に成りすます存在……そんなものが本当に存在するなら、見つけ出して処分して下さい」

 

「管理者としての依頼ね?」

 

「はい。正式に依頼をします」

 

「了解よ。帰って、マイチャイルドに伝えるわ」

 

 

******

 

 

『……ということになったわ!』

 

 2頭身の"マーニャ"が両手を腰に当てて胸を張る。

 

(ナンシーさん、関与していなかったんですね)

 

『シロね! 彼女は知らなかったわ』

 

(でも、無意識に操られている可能性がある?)

 

『とても低い確率ね』

 

 "マーニャ"が腕組みをする。

 

(使徒はどうなりました?)

 

『最小単位に分解したわ』

 

(分解……)

 

『素粒子レベルから調べる必要があるのよ』

 

(アイミッタは?)

 

『あの子は別口ね』

 

(ナンシーさんは無関係?)

 

『彼女は、アイミッタを守護する側よ』

 

(……良かった。安心しました)

 

 "ナンシー"と争わずに済むらしい。

 

「レンさん? "マーニャ"さんですか?」

 

 隣に座っているユキがレンの様子に気が付いた。

 テーブルを挟んで、ミルゼッタとアイミッタが座っている。

 場所は、第九号島の船渠。久しぶりに4人で昼食をとっていた。

 

「ナンシーさんは関与していなかったみたい」

 

「そうなのですね」

 

 ユキが、ほっと安堵する。

 

「なんか、創造主とは別の存在がいるらしい」

 

「"マーニャ"さんのような?」

 

 ユキの問いに、レンの視界の中で2頭身の"マーニャ"が首を振っている。

 

「……創造器を使って、上位の個体に変化をした……しようとした存在だろうって、"マーニャ"さんが言ってる」

 

 "マーニャ"の吹き出しを読みながら、レンはユキ達に伝えた。

 

 "マーニャ"が姿を現して説明してくれれば良いのだが、どうやら今は他の作業に集中しているようだ。

 2頭身の"マーニャ"は、灰色のツナギを着て、ツルハシを振り回していた。

 

「それから……今後は、僕達に使徒が関わってくることはないらしい。もし、使徒だと称する存在が接触してきたら即撃退するように……だって」

 

「分かりました」

 

 ユキが頷いた。

 

「なんだか、また大変なことが起きているみたいね」

 

 ミルゼッタが苦笑を浮かべる。

 

「大変というか……まあ、いつもと同じですね」

 

 レンも苦笑した。

 

 ともかく、これまでと同じように第九号島が利用できそうだった。

 

「宇宙に資材を送ることができそうですね」

 

「まあ、もう製作を始めちゃっているから……」

 

 ケイン達は生産施設に籠もって、宇宙ステーションの製作を開始していた。

 

 まずは、惑星の衛星軌道上に居住施設を浮かべ、次に惑星の環境改造を行うのだと言っている。

 

 どう考えても無理そうなのだが……。

 

「本当にやってしまうかもしれません」

 

「なんか、そんな気がする」

 

 ケイン達のことだ。もう、マーニャやナンシー、タルミンなどに交渉をして、協力を取り付けているかもしれない。

 

「これから、どうしますか?」

 

 ユキがレンを見た。

 

「……世界が平和になるように」

 

 レンは、手元のコップに視線を向けた。

 

 "マーニャ"を相手に宣言をしたことだ。

 

 改めて口に出してみると、どこか虚ろな感じがする。

 

 具体的に何を達成すれば、"平和"になったと言うことができるのだろう?

 

 誰にとっての"平和"なのだろう?

 

 みんなが等しく享受できる"平和"が存在するのだろうか?

 

 マーニャに指摘されたように、レンにとっての世界は果てしなく拡がっている。

 

 "みんな"とは?

 

 レンが認識する全ての人間を……?

 

「みんなが穏やかに暮らせるようにしたいけど……」

 

 ユキに見つめられたまま、レンは眉根を寄せて口を噤んだ。

 

「水槽や虫籠で飼うわけじゃないのよぉ~?」

 

「不自由な中でも、人は自ら選択をして生きているんだぜ? これまでは、人類を絶滅から護るという観点で、強引な保護活動を行ってきたが、ある程度環境が落ち着いてくれば、"ナイン"の介入を息苦しく思う人間が増えるだろう」

 

「管理する者として、人間社会から距離を取る必要があるわ。そうしなければ、"ナイン"を排除しようとする地球人類と深刻な衝突が起きるからね」

 

 研究施設に籠もる前に、ケイン達が言っていたことだ。

 

「どうしたら良いと思う?」

 

 レンはユキを見た。

 

 

 

======

創造主(偽)が居るらしい!

 

レンは、少し重たい悩みを抱えてしまった!

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