第190話 処刑執行人



「木が凄いですね」

 

 ユキが素直な感想を口にした。

 

「うん……前より茂ったかも」

 

 レンはかつての面影を探して視線を巡らせた。

 

(ちゃんと建ってる。古いのに凄いな)

 

 場所は、新宿。

 ふと思い付いて、かつて祖母と暮らしていた古いアパートを訪ねてみたのだが……。

 

(……さすがに誰も住んでいないな)

 

 補助脳の探知情報を見ながら、レンは押せば倒壊しそうな古いアパートに向かった。

 

(壁が剥がれ落ちたのか……)

 

 古びた外階段の周りに剥がれた壁材が散乱していた。

 [たきも荘]と書かれた表札の傾きを修正し、赤錆だらけの階段をそろそろと上がると、手前から二つ目の扉を見つめる。

 

 "柿谷"の表札のままだった。

 

(ふうん……)

 

 レンは両隣の部屋の扉を観察してから、もう一度、祖母と暮らした部屋の扉を見た。

 

「どうして、こんなところに?」

 

 疑問を口にしながら、レンは廊下を歩いて扉の前に立った。

 

 部屋の中に、何かが居た。

 

「……開けるよ?」

 

 声を掛けると、ユキが無言で頷く。

 

(罠……なんだろうけど)

 

 レンは、無造作に扉のノブを握ると右に捻った。

 

 

 ギィッ……

 

 

 蝶番より先に、扉板がしなって音を鳴らす。記憶にある通りの安っぽい合板の扉を引き開けて、レンは暗い部屋の中に目を向けた。

 

 そこに、少女が座っていた。

 まだ5歳くらいだろう。どこか、イーズ人を想わせる端正だが、作り物めいた雰囲気がする容貌をしている。

 

「やあ!」

 

 足を投げ出すようにして座った幼い少女が、笑みを浮かべて片手をあげた。

 

 

 ダンッ、ダンッ、ダンッ、ダンッ、ダンッ!

 

 

 ユキが抜き撃ちで5発、50AE弾を撃ち込んだ。

 

「いきなり、酷いじゃないか」

 

 少女の形をした物が、仰向けに倒れたまま喋る。銃弾に撃ち抜かれた四肢と腹部は小さく穴が開いただけで、血液らしきものは見られない。

 

「混ざったのか」

 

 レンはじっと見つめていた。

 

「さすがに良い目をしている。いや、良い目を与えられたと言うべきだな」

 

 少女の声が老人のものに変わった。

 

「ゼインダ……かな」

 

 レンはゆっくりと少女に近づいた。

 

「不用心だな」

 

「用心する必要が無いから」

 

「ふむ。大胆というより無謀……いや、粗暴なのか」

 

 仰向けに天井を見上げたまま少女の口だけが動く。

 

「何か用事?」

 

 レンは身を屈めて、少女の額に手を置くと、真上から少女の目を覗き込んだ。

 

「……迂闊だな」

 

「そう?」

 

「この形代が罠だと思わなかったのかな?」

 

「どんな罠?」

 

 少女の頭を掴んだレンの指がめり込み、儚い破砕音と共に握りつぶした。

 中身は空っぽだった。

 

「……なるほど」

 

 頭部を失った少女が、口だけを動かして喋る。

 

「どうして、この部屋を選んだ?」

 

 訊ねるレンの右腕が大きな鋏に変じてゆく。

 

「昔を懐かしむ想いが、精神の護りを解く……と言っていたな」

 

「ルテンが?」

 

「ああ……あれは愉快であることを尊ぶ道化者だった。愚にもつかないゲームとやらを捨てきれず、己の存在意義を賭けて遊んでいた」

 

「ゲーム……か」

 

 レンは小さく嘆息を漏らした。

 

「実に、楽しそうだった。羨ましく思えるほどに……」

 

「まだ残っているみたいだけど?」

 

「そう、残っている。それだけだ。最早、ゲームを遊ぶことすらできん……ぼんやりと微睡まどろんでいるだけの思念体だ」

 

「でも、何年か……何十年かしたら蘇る」

 

「あの雌犬だな。ペラペラと、いらん情報まで喋りおって……」

 

 少女が舌打ちをした。

 

「遊び足りないなら、別の星に行ったらいいのに」

 

「……この星の文明は、星を壊す」

 

「だから?」

 

「星を……惑星の悲鳴が聞こえるのだ。助けを求めているのだ」

 

「惑星は喋らないよ」

 

「ものの例えだっ! そんなことも分からないのか!」

 

 喚くゼインダを、少し離れた位置からユキが冷ややかに見つめている。

 

「ああ、これが思念体……これは、ルテンかな」

 

 レンは床の少女から目を離し、薄汚れたアパートの天井を見上げた。

 

「何だと!? いったい、何なのだ……お前は何なのだ」

 

「僕は……勇者だ」

 

「……何だそれは?」

 

 ゼインダが訊ねる。

 

「さあ?」

 

 レンは苦笑を浮かべて首を振った。

 

「優位に立ったつもりだろうが……この領域内には、強力な自壊因子を集めてある。物質よりも精神体の破壊を目的としたものだ。この身も塵に還るが……」

 

「僕とユキも塵になる?」

 

「そのはずだ」

 

 ゼインダの語気が弱まる。

 

「ここは、婆ちゃんと暮らした場所だ。僕のたった1人の家族だった婆ちゃんの部屋だ。勝手に上がったら駄目だろう?」

 

 レンの右鋏ライト・シザーズが少女の首を挟んだ。

 

「こちらの世界では強力な武器なのだろうが、そのような物では……いくら切断されたところで我を滅ぼせんよ」

 

「存在を知覚できないと……ね?」

 

「……む?」

 

「なんか、もっと見えるようになった」

 

「見える……こんな次元の生命体が、我を知覚できるというのか?」

 

「距離とか、関係無いんだね」

 

 レンは、わずかに目を細めながら少女の右手側を移動するものを観察していた。

 

「……ありえぬ。我と……同じ世界の者ですら、我を知覚することはできないのだぞ」

 

「そんなの知らないよ。でも……なんだ、それ? 粘土?」

 

 レンは虚空に視線を留めて首を傾げた。

 

「ありえぬ……ありえぬ……」

 

「本当は、魔王に言ってやるつもりだったんだけど……」

 

 呟いたレンの周囲が薄暗くなり、大きなアナログ時計の文字盤が浮かび上がった。

 

 

 チッカッ……チッカッ……チッカッ……

 

 

 規則正しく時を刻む機械音が聞こえ始める。

 

「これは……?」

 

「やっと使い方が理解できた」

 

 レンの左手が大きな鋏に変じた。

 

「……いったい、何を……」

 

「こうするんだ」

 

 レンの左腕レフト・シザーズが、水に沈むかのように虚空へ消えて見えなくなる。

 直後、

 

「ぐっ!」

 

 床の少女が声を漏らして仰け反った。

 

「や、やめろっ!」

 

 声を上げて暴れようとするが、首をレンのシザーズで抑えられ、背と尻で床を叩くばかりだった。

 

 

 シャッキッ!

 

 

 涼やかな切断音が鳴り、レンの右鋏ライト・シザーズが少女の首を切断した。

 

 

 ダァン!

 

 

 ユキが、天井付近を漂っていたたルテンの残滓のこりかすを撃ち抜いた。

 

 

 

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レンとユキは、"たきも荘" を訪れた!


"たきも荘" で、魔王ルテンが待っていた!

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