第66話 新種


 "試練"の空間に飛ばされてから、9日が過ぎた。


 "フェザーコート"の残量管理をしながら、"パワーヒット"頼みの近接戦闘を行う毎日だった。

 巨魚戦で取り込んだナノマテリアルにより補助脳の測定能力が上がり、"フェザーコート"の残量を数値化して視界に表示してくれるようになった。おかげで、視覚で"フェザーコート"の残量を確認しながら行動できる。


 "フェザーコート"の総量は、5000ポイント。

 "パワーヒット"による打撃時に、"フェザーコート"は50ポイント減る。

 "ミツバチ"の針が当たると、350ポイント減。

 "ブユ"の砲撃が直撃すると、900ポイント減。

 "ハンミョウ"の熱毒を浴びると、1200ポイント減。

 大トカゲに咬みつかれると、一咬み毎に500ポイント減。

 ヒルに吸い付かれると、毎秒120ポイント減。

 補助脳の観測によると、損耗した"フェザーコート"は午前0時から3時間刻みで、自動的にリフレッシュしているらしい。

 

(スキルが無かったら死んでた)

 

 レンは、消防斧と錆びた鉄筋を武器に、モンスターを撃退しながら廃墟の探索を続けていた。

 9日間で49平方キロメートルを探索し、出現するモンスターの生息領域、"ゴイサギ"の出現地点などを把握したが、未だに"試練"を終わらせるための条件を見つけられない。

 

(フェザーコートが回復した)

 

 レンは、食べかけの虫の脚部を捨てて立ち上がった。

 すぐさま、補助脳が、レンの行動を予測して視界に周辺地形図を映し、点在するモンスターの位置と距離を表示した。

 

(右の5匹を斃せば、しばらく安全に移動できる)

 

 屋上部分から縦に裂けるように崩れたビルがある。その中間階辺りに、"ブユ"が集まっていた。


 "ブユ"が反応する距離は、約50メートルだ。

 個体差があって、52メートルの時もあれば、47メートルくらいの時もある。

 補助脳の分析では、レンの体温か、体臭に反応しているらしいが、はっきりとしたことは分からない。

 

(あの壁の模様……おかしくない?)

 

 レンは、"ブユ"の溜まり場になっている半壊したビルを見た。

 砲撃を受けたような穴だらけの壁に、シミのような汚れがあった。何かの生き物が擬態しているように見える。 

 

『昆虫の死骸が壁面に付着し、乾燥した痕跡です』

 

(……死骸か)

 

 レンは、周囲に視線を巡らせつつビルに近づいていった。

 

 

-58.4m

 

 

 半壊したビルを見上げる位置までは瓦礫に隠れながら移動できた。

 ここからは、姿を晒すことになる。

 

(ブユの他に反応は?)

 

『探知範囲内に反応ありません』

 

(姿を消してるモンスターもいない?)

 

『存在しません』

 

(……そうか)

 

 レンは、ビルの透過図を見ながら、突入経路と突入後の動きを思案した。

 ビルが中途半端に崩れていて、階段の損傷が激しいようだ。本当なら、"ブユ"など相手にせずに無視したいのだが……。

 足音を忍ばせても、物陰に隠れても、"ブユ"はこちらに気づいて追ってくる。

 つい先日、回避しようとして"ブユ"の群れに気づかれ、不可視の砲弾に追い立てられた挙げ句に、大トカゲの群れとの遭遇戦になって死にかけた。

 

(2階から4階まで散らばって……何をしてるんだろう?)

 

 5匹共、床や壁に留まって動いていない。

 レンは、右手に消防斧、左手に錆びた鉄筋を握り、突入口になる非常口を見た。

 "ブユ"の攻撃手段は、エネルギーを集めて放つ砲撃と噛みついての吸血、毒付与だ。

 厄介なモンスターだが、こちらに気づいてから、飛び上がって攻撃行動を取るまでの動きは鈍い。 

 

(4番と5番からやる)

 

 レンの思考に応えて、ビルの透過図の中に、突入後の経路が青く着色された。

 

『対象に変化なし』

 

(……行くよ)

 

 レンは、瓦礫の陰から出て非常口めがけて走った。

 

『<1> <2> <3> が反応しました』

 

 補助脳のメッセージを見ながら、レンは非常口から飛び込むと、4階まで全速力で駆け上がった。

 2匹の"ブユ"が、床から浮き上がり、こちらへ体の向きを変えようとしていた。

 そこへ、レンが襲いかかった。

 右手の消防斧で1匹を殴りつけながら駆け抜けて、奥に居るもう1匹を錆びた鉄筋で粉砕する。

 

(床の穴から下へ降りる。次は1番と3番)

 

 レンは足を止めずに、4階の床にある裂け目から3階へ飛び降りた。

 ほぼ真下から浮き上がってくる <3> の"ブユ"を錆びた鉄筋で殴り潰し、床に着地するなり前方へ飛んで転がる。

 

『ロックオン、アラート!』

 

 わずかに遅れて、補助脳の警告メッセージが表示される。

 

 

 ドンッ!

 

 

 身を起こして走るレンの後方で、床のタイルが爆ぜ散って穴が開いた。

 その時には、<1> の"ブユ"に肉薄し、右手の斧を振り下ろしている。

 

(2番はどこ?)

 

 レンは、壁際へ走りながら視線を左右した。

 

『上方です。ロックオン、アラート!』

 

 警告メッセージが浮かぶ。

 反射的に床に転がって壁際へ逃れるレンの耳元を、異様な風音が過ぎていった。


(……そこか)

 

 崩れた天井の上、レンの位置から20メートルほどの空中に、最後の"ブユ"が浮かんでいた。

 

『ロックオン、アラート!』

 

(ブユの位置が分かっていれば……)

 

 真横へ飛んで立ち位置を変える。重い衝撃音と共に、先ほどまでレンが立っていた床が砕けた。

 壁越しに撃ち抜こうという知恵は無いらしく、"ブユ"は射線が通る時しか撃ってこない。


 "ブユ"が1匹なら、回避は難しくなかった。

 

(こっちの棒も届かないけど……)

 

 レンは、"ブユ"を見ながら階段口まで後退った。

 

『ロックオン、アラート!』

 

 次の警告を待って、階段へ飛び込む。

 破砕音を聞きながら一階まで駆け下りた。

 

 

-22.1m

 

 

 少し遅れて、"ブユ"が階段の外壁側へ回り込みながら追って来る。

 レンは半壊したビルの中を、"ブユ"はビルの外壁を挟んで外を飛んでいた。

 レンの想定した通りの動きをしてくれている。


 補助脳の探知情報で"ブユ"が低層まで降りたことを確かめてから、レンは再び階段を駆け上がった。

 やや遅れて外壁の向こう側を、"ブユ"が上昇してくる。


 レンが目指しているのは、階段途中にある穴が開いた壁だった。外から見上げた時に、シミがあった箇所である。

 レンを追って上昇してくる"ブユ"に速度を合わせながら、レンは階段を蹴って目的の場所まで駆け上がった。

 

 

-3.2m

 

 

 穴だらけの壁の向こうに、黒々とした"ブユ"の姿が見えた。

 

(……ここだ!)

 

 レンは、右手の消防斧を横殴りに振って鉄筋が剥き出しの壁を殴りつけた。

 

 

 ズンッ……

 

 

 ビルを揺るがす衝撃と共に、コンクリートが吹き飛び、千切れた鉄筋が外へ向かって突き出す。

 

 間髪入れず、レンは壁を蹴って"ブユ"めがけて飛びかかった。

 

 

-0.9m

 

 

 一瞬で、"ブユ"との距離が縮まる。

 吹き飛んだコンクリートの破片を浴び、"ブユ"が反応できないまま空中で静止している。そこへ、外へ飛び出したレンが殴りかかった。

 

(遅い!)

 

 レンに気づいて後退しかけた"ブユ"の頭を、錆びた鉄筋が粉砕して抜ける。

 

 

-19.4m

 

 

 測距値が大きく変化した。これは、地面までの距離だ。

 ビルの外壁を破って飛び出したのだ。空中の"ブユ"を仕留めるまでは良かったのだが……。

 

(周囲のモンスターに動きは?)

 

 レンは、空中で姿勢を整えて、足を下にして落下しながら補助脳が表示する情報に目を向けた。

 

『接近するモンスターは存在しません』

 

 視界に表示された情報通り、周辺に点在するモンスターに目立った動きは無さそうだった。

 

(……後は、フェザーコート頼みだな)

 

 レンは、足下に迫ってくる瓦礫の山を見た。

 普通なら命を落とす高さだが、"フェザーコート"によって無傷で着地できるだろう。

 

 

 ピピピピピピピ………

 

 

 不意に、小さな警報音が聞こえ始めた。

 

(なに? どうした?)

 

 久しぶりに聞いた警報音だった。

 

『探知範囲内に高濃度ナノマテリアル反応が出現しました。急速に接近してきます』

 

(えっ!?)

 

 確認済みのモンスターでは無く、別の何かが補助脳の探知範囲外から侵入してきたらしい。

 

 

-817.5m

 

 

(向こう?)

 

 レンの視界に、急接近してくる物体の位置と方向が表示された。

 

(ゴブリン……じゃない? 何だ、こいつ!?)


 視界に表示されたのは、サイバーパンクの世界から抜け出してきたような人型のモンスターだった。


 身の丈は、レンと大差ない。

 全体が光沢のある金属のような質感で、生身を感じさせる部位は見当たらない。

 ほぼ骨格のみの細い脚、人間の骨盤のような形状の腰部から伸びた多節の背骨、腹部は無く、背骨のみで支えられた小さな胴から左右に3本ずつの長い腕が伸びている。

 頭部は、後頭部が長く伸びたフルフェイスヘルメットのような形状だった。

 

(あっ……)

 

 新手のモンスターに気を取られている間に、地面に激突してしまった。

 

『フェザーコートが発動しました』

 

(どうせ、発動したし……)

 

 レンは、急いで立ち上がり、ビル裏へ駆け込んだ。

 すでに捕捉されている気はしたが……。

 

『ロックオン、アラート!』

 

『ロックオン、アラート!』

 

 レンの視界に、警告メッセージが連続して表示された。


『飛翔体が発射されました』


(飛翔体って……)


 飛翔体と聞いて思い付くのは、ミサイルだった。

 飛来する光点は、2つ。

 

(追尾してくる?)

 

 ただの砲弾なら遮蔽物に当たって止まるが……。

 素早く周囲に視線を巡らすと、レンは身を翻して走り始めた。

 

『エネルギーの収束を感知しました』

 

(あいつ、エネルギー砲も撃つのか?)

 

 レンは、倒壊したビルや瓦礫の山を遮蔽物にしながら走った。

 

『ロックオン、アラート!』

 

(くそっ!)

 

 レンは地面を蹴って、左前方にあるコンクリート塊の後ろへ飛び込んだ。

 地面に倒れ込みながら振り返った視界を、青白い光の帯が奔り抜けた。途中にあったはずのビルの壁や瓦礫の山を易々と貫通している。電柱数本分を束ねたくらいの太い光の帯だった。

 

『飛翔体が接近します』


(くっ!)

 

 飛び起きながら、レンは身を捻って消防斧と錆びた鉄筋を振り回した。

 

 

 ガッ……ガンッ!

 

 

 連続した手応えと共に、頭上と足下から迫っていた飛翔体が弾け飛ぶ。

 爆発を覚悟したのだが……。

 

『"フェザーコート"が発動しました』

 

(……腕!?)

 

 レンが打ち払った"飛翔体"は、青白く光る刃が付いた腕だった。






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補助脳は、"フェザーコート"の数値化に成功した!

 

新種の人型モンスターが襲ってきた!

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