第67話 死闘
警報音が鳴り響き、"ロックオン、アラート"の文字が浮かぶ。
飛翔体である光剣付きの腕が飛来すると同時に、ビルも瓦礫も灼き貫くエネルギーの光帯が奔り抜ける。
反撃がどうのこうのと考える余裕など無かった。
レンは、ひたすら回避し続けていた。
周辺に点在しているモンスターも、攻撃に巻き込まれて次々に死んでいく。
(もう、フェザーコートが……)
頼みの綱である"フェザーコート"の残量が937になっていた。
主な原因は、全てを灼き貫くエネルギー砲の余波である。
直撃は回避できても、凄まじい高熱に襲われて"フェザーコート"が削られてしまうのだ。
-72.8m
(あいつに変化は?)
廃墟の間を走りながら、レンは補助脳が観測した情報を見た。
人型のモンスターは、出現してから休むこと無く同じ攻撃を繰り返している。無尽蔵に続けられるとは思えないのだが……。
(どこかで息切れするはず)
そう思いながら、レンは懸命に回避行動を続けていた。
『ロックオン、アラート』
『ロックオン、アラート』
『ロックオン、アラート』
『ロックオン、アラート』
『ロックオン、アラート』
(えっ!?)
息切れするどころか、攻撃の手数がいきなり増えた。
(嘘だろ!)
地表すれすれを飛来する2本の"腕"を回避したところへ、斜め上方から3本目の"腕"が、真横から4本目の"腕"が襲って来た。
レンは、錆びた鉄筋で真横から飛来した"腕"を払いながら、反動を利用して大きく真横へ飛んだ。
直後、青白いエネルギー光帯が奔り抜けていった。
『"フェザーコート"が発動しました』
回避して2メートルは離れていたのだが、500ポイントを失っていた。
(……次は防げない)
レンは、乾いた地面を転がって起き上がると、汗の滲む顔を歪めながら走り出した。
立ち止まることは許されない。
『ロックオン、アラート』
『ロックオン、アラート』
『ロックオン、アラート』
『ロックオン、アラート』
『ロックオン、アラート』
"飛翔体"を表す光点が迫る。
いつか反撃の好機があると信じ、人型のモンスターを中心に円を描くようにして逃げ続けていたレンだったが、どうやら先に限界を迎えそうだ。
(……突っ込もうか)
ちらとそんな考えが過る。
その時、
バシィィ……
閃光が爆ぜ、"腕"の光剣がレンの足下を掠める。咄嗟に、その"腕"を蹴って、レンは大きく飛んでいた。
残る3本の"腕"が空を切り、間髪を入れずに太いエネルギー光帯が奔り抜ける。
今度は、破壊の光帯から7メートル近く離れることができた。
『"フェザーコート"が発動しました』
(残……80ポイント)
もう、距離を取って回避を続ける余裕は無い。
レンは、覚悟を決めて人型のモンスターめがけて走り始めた。
『"ハルシネイト"の解析が完了しました』
(えっ?)
『"ハルシネイト"は、任意の位置に精巧な幻影を出現させるスキルです』
(すぐ出したい! あいつの真後ろに!)
レンは突進を止めて、近くのビルの残骸裏へ飛び込んだ。姿勢を低くしたまま這い進む。
『出現位置を目視する必要があります』
(……視界に表示されたマップからやれない?)
『可能です』
(すぐやる! マップを!)
必死に這いずり回りながら、レンは視界に投影されている
人型のモンスターを表す光点の近くに、緑色のマークが点った。
『幻影が出ました。残数8体です』
(えっ? 9回しか使えないの?)
使用回数に制限があるらしい。
『日付の変更まで、残量の回復はないようです』
(……あいつは? 幻影に反応した?)
あれほど賑やかに聞こえていた警報音と、"ロックオン、アラート"の文字が止んでいた。
『幻影を攻撃中です』
補助脳のメッセージと共に、四角い枠に囲まれた映像が表示された。
人型のモンスターが光剣の付いた"腕"を飛ばし、太い破壊光を放つ。レンの幻影が必死に走って回避していた。まるで自律した意思を持っているかのようにレンの幻影が動いている。
期待以上の効果だった。
(幻影というか、分身? なんか、凄いな)
レンは、大きく息を吐いた。
汗と土埃で汚れた顔を拭い、周囲へ視線を巡らせる。今のうちに、次の手立てを考えないといけない。
『幻影が消失しました』
(すぐ、次を……)
レンは、先ほどより少し離れた位置を指定した。
『まだ、こちらの位置を探知できないようです』
(幻影の効果? 視覚を撹乱するだけじゃないのか?)
ビルの裏に隠れても、ロックオンしてきたというのに……。
『幻影消滅時に、探知能力を狂わせる効果を発現するようです』
幻影を生み出すだけでなく、何らかの障害を与えているらしい。
『探知されました』
(うっ……)
撹乱できる時間は短いようだ。
『探知能力回復までの時間は、30秒です』
(逃げられないな)
1分にも満たない時間、走って逃げたところで、獲物を狩るように追い撃たれるだけだ。
(もしかして……この幻影って、フレアの代わりに使える?)
ふと思い付いた。
レンがイメージした"フレア"とは、熱源を探知して追尾してくるミサイルに、偽の熱源を与えて誤誘導を誘発させる防御用のおとりである。
人型モンスターが何を探知して"ロックオン"しているのかは不明だったが、似たような使い方ができるのではないか。
『ロックオン、アラート』
『ロックオン、アラート』
『ロックオン、アラート』
『ロックオン、アラート』
『ロックオン、アラート』
警告メッセージが賑やかに表示された。
瞬間、レンは視界に表示されたマップから、人型モンスターの後ろへ幻影を出現させた。
『飛翔体が転進しました。幻影を追います』
恐ろしく反応が早い。発射された"腕"を表す光点が、視界のマップ内を急旋回し、幻影めがけて殺到して行く。
(そういう使い方ができるなら……)
反撃を行うチャンスを生み出せる。
どうせ、このまま逃げていても先細りになるのだ。"フェザーコート"の残量は80。"パワーヒット"1回分をカバーする量しか残っていない。
幻影を追い回す人型モンスターに忍び寄り、不意打ちで"パワーヒット"による一撃を叩き込む。それで斃し切れなかったら、"フェザーコート"が回復するまで逃げ続ける。
(やってみるしかない)
レンは覚悟を決めた。
相手が、こちらの意図に気が付く前にやる。
"ハルシネイト"で作り出す幻影のおかげで、人型モンスターの狙いがレンから逸れる。気付かれずに近づいて一撃を加えるくらいは可能だ。
(それで、斃せるかどうかは分からないけど)
レンは、持っている消防斧と錆びた鉄筋を見た。改めて見ると、なんとも頼りない武器だった。
(……パワーヒット頼みか)
レンは、大きく息を吸ってから、ゆっくりと息を吐き出すと、視界に表示されている
"飛翔体"が逃げる幻影を追い回している。
(当たった)
『幻影が消失しました』
(次を……)
間髪入れず、"ハルシネイト"によって次の幻影を出現させる。
3体目の幻影を人型モンスターから50メートル離れた位置に出した。
補助脳の解析通りなら、幻影の残数は6体だ。
レンは、倒壊したビルの残骸に身を隠しながら、人型のモンスターめがけて小走りに近づいていった。
『幻影が消失しました』
(……次)
新しい幻影を出現させながら、レンは慎重に距離を詰めていった。
チャンスは一度きりだ。
派手な衝撃音が鳴り響き、遠く離れた場所でコンクリート塊が飛び散っている。
そして放たれる破壊光の帯……。
『幻影が消失しました』
(次だ)
すかさず幻影を出しながら、じわりじわりと距離を縮めて、レンは人型モンスターを真後ろから観察できる場所に到達した。
-18.6m
『目視による観測を開始します』
補助脳のメッセージと共に、宙に浮いている人型モンスターの外形が微細に採寸され、次々に記録されていく。
足先から頭頂部まで172センチメートル。腕部や脚部は、痩せた女子よりも細いくらいだった。
どこを狙っても破壊できそうに見える。
(……やっぱり、頭かな?)
狙うなら、後頭部だろうか?
頭部を支える首が細くて破壊しやすそうだったが、首回りは襟のような装甲板で護られている。
"フェザーコート"の残量は、80ポイント。"パワーヒット"1回で、50ポイントをロストする。
(腕が折れる……かな)
"パワーヒット"による不意打ちが通用しなければ、その場で反撃を受けて殺されてしまうだろう。どのみち、もう逃げ回るだけの幻影も残っていないが……。
『幻影が消失しました』
(次……)
レンは、静かに瓦礫裏を抜け出ると、足音を殺して背後から歩いていった。
見つめる先で、人型のモンスターが左右2本ずつの"腕"を射出した。ほぼ間を置かず、青白い破壊光が放たれた。
-9.2m
『幻影が消失しました』
(次……)
7体目の幻影を出した。
-1.7m
レンは、人型モンスターの真後ろに忍び寄った。
待つほどもなく、光刃を伸ばした4本の"腕"が射出された。
キュウゥゥ……
微かな音が聞こえ、周囲に熱気が拡がり、幻影めがけて破壊光が放たれた。
瞬間、レンは右手の消防斧を後頭部めがけて振り下ろした。
ダギィィィ……
重々しい衝突音が鳴り、消防斧が人型モンスターの頭部を捉えた。ヘルメットのような頭部に亀裂が入り、斧刃が食い込んでいる。
完璧に不意を突いた一撃になったが……。
『エネルギーの防護膜により威力が減衰しました』
人型モンスターを何らかのエネルギーが包んでいたらしい。
消防斧の一撃は、わずかに斧刃が外殻を割っただけで止められていた。
「あっ……」
人型モンスターが物凄い勢いで振り向いた。弾みで、頭部に食い込んでいた消防斧がもぎ取られてしまった。
レンは、左手の錆びた鉄筋で向き直った人型モンスターの側頭部を殴りつけた。
「ぐっ」
レンは苦鳴を漏らした。
鉄筋を握っていた左腕が衝撃に耐えきれずに破砕した。手の甲を破って骨が突き出している。肘や肩の骨などが折れ、筋も切れただろう。
『"フェザーコート"が消失しました』
補助脳のメッセージが浮かぶ。
(まだ……こいつの腕は戻ってない)
幻影を狙って射出された4本の"腕"は無いままだ。
激痛に顔を歪めながら、レンは無事な右手で地面の錆びた鉄筋を拾おうと身を屈めた。
(あ……)
レンの目の前で、人型モンスターの胸部が左右に割れて開いた。青白い球体が露わになり、みるみる輝きを増していく。
キュウゥゥ……
光が収束すると共に、微かな音が聞こえてきた。
死が目の前に迫っていた。
地面の鉄筋を拾って殴りかかる時間は無い。直撃を避けたところで、その熱から身を守るだけの"フェザーコート"が残っていない。
(くっ!)
死をそこに感じた瞬間、レンは腰の自動拳銃を抜き撃っていた。
コンマ3秒で、
すべての銃弾が、青白い球体の上方にある楕円形の宝石のような物に命中していた。
何を撃ったのかは分からない。
ただ、そこを撃つべきだと思った。そう思考した瞬間、体が動いて自動拳銃を撃ち尽くしていた。
(……効いた!?)
人型のモンスターが痙攣したように硬直し、破壊光を放ってこない。レンは拳銃を放し、地面に落ちていた錆びた鉄筋を拾った。
(これで、最後っ!)
光っている青白い球めがけて、渾身の力で鉄筋を叩き付けた。
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レンは、スキル"ハルシネイト"の使用に成功した!
レンの両腕は、"パワーヒット"の反動でボロボロだ!
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