第68話 マーニャ、降臨!?

 

『前腕部、開放骨折。上腕三頭筋、肘筋、総指伸筋断裂。手根骨、粉砕骨折。肩鎖関節、胸鎖関節、破断。鎖骨、骨折……』

 

 補助脳のメッセージが、レンの視界を埋め尽くしていく。

 

(周囲に、モンスターは?)

 

 レンは、口中に溜まってくる血を吐き出した。

 座り込んだ姿勢のまま、体を動かすことができない。

 

 

-152.8m

 

 

『高濃度ナノマテリアル反応が接近して来ます』

 

 補助脳が接近してくるモンスターを拡大表示した。

 

(トカゲか……多いな)

 

 二足歩行の大型トカゲの群れだった。

 

(ハルシネイト……やる。マップを……)

 

 座り込んで俯いたまま、レンは補助脳に指示をした。

 すぐに、視界に周辺の俯瞰図が表示される。大トカゲの集団を表す光点が俯瞰図の右上から近づいてきていた。その集団の真後ろへ、レンは"幻影"を出現させた。

 これで、残る幻影は1体だ。

 

 その時、

 

 

******


 死告騎士 [ ナインティ・ワン ] を討伐しました!


******

 

 

 座り込んでいるレンの前に、銀色に光る大きな文字が浮かび上がった。


(……やったのか)


 レンは頭を振って意識を保ちながら、宙空に浮かぶ銀色の文字を目で追った。

 

 

******

 

 討伐ポイント:25,000

 異能ポイント:50

 技能ポイント:50

 採取ポイント:50

 

******

 

 

[死告騎士の宝玉 :1]

 

[死告騎士のキチン:9]

 

[死告騎士の光爪 :4]

 

[自我ある煌玉  :1]

 

 

(トカゲ……は?)

 

 意識を視界の俯瞰図へ向けると、大トカゲを表す光点が千々に乱れて、逃走する緑点を追いかけながら離れていく。

 

(……幻影が効くんだ)

 

 開放骨折をして無残な状態のレンの手からエーテルバンクカードが浮かび上がり、小さなカードを吸い込んでいった。

 その様子を、レンは虚ろな眼差しで眺めていた。


(……血が止まらない)

 

 地面に血だまりが拡がっている。すでに、かなりの量が流れ出ていた。

 両手が使えず、止血することができない。このままでは失血で命を失ってしまう。

 

『直上より、高エネルギー反応です』

 

(エネルギー?)

 

 レンは、ゆっくりと頭上を見上げた。直後、眩い光の中に飲み込まれていた。

 一瞬、死を覚悟したレンだったが……。

 

(これは?)

 

 視界が真っ白に塗りつぶされたまま回復しない。

 

『転移です』

 

 補助脳のメッセージが表示された。

 

(転移? 黒いゴブリンがやってたやつ? あっ……)

 

 いきなり視界が晴れて、レンの体が固い床の上に投げ出された。

 

「ぐぅっ」

 

 くぐもった苦鳴が漏れる。

 

(探知を……)

 

 痛みに顔を歪めながら、レンは力を振り絞って横向きに転がった。

 攻撃を受けることを予想して、回避行動を取ったつもりだったが……。

 

(……えっ!?)

 

 レンは、大きく目を見開いた。

 そこに、身長20センチメートルほどの、白衣を着た女性が浮かんでいた。紺色のビジネススーツの上に白衣を羽織った二十歳前後の女性である。

 

『ハロ~、マイチャイルド! また会えたわね!』

 

 白衣の女性が笑顔で、ひらひら手を振った。

 

「……マーニャ?」

 

『びっくりするくらい壊れてるわね。どうしちゃったの?』

 

 マーニャが腕組みをして、レンの裂けた腕を眺める。

 

「試練というのを……やらされているんです」

 

 レンは、寒気に耐えながら答えた。失血が酷く、意識を保つのがやっとだった。

 

『試練? ああ……アポスなんとかって、頭のおかしい連中の遊びね?』

 

「……すいません、ちょっと……なんか、ぼんやりして……」

 

 すでに意識が遠退きかけている。限界が近づいていた。

 

『あら? もう生命活動が停止しちゃうの? 脆いわね』

 

 マーニャが呆れ顔で溜息を吐いた。

 

『まあ、いいわ。先に救命措置をしちゃいましょう』

 

(きゅ、きゅうめ……)

 

『君に埋設してあった救急コールが鳴ったの。だから、リモートで救命空間に誘拐したんだけど……これ、ちゃんとした訳になってる? というか、私の声は聞こえてるの?』

 

(……た……たすけて)

 

『ちゃんと、私の施設まで来てくれないと、マテリアルの交換ができないのよ? 遠隔じゃ、簡単な修復処置しかできないんだからね?』

 

 ぶつぶつと呟く声が次第に遠くなっていく。

 

(たすけ…て……)

 

『あいつらの粗悪なマテリアルが入り込んじゃってるわね。なんだか、面白くないわ。改変してやろうかしら?』

 

 意識が途絶える寸前、不満そうなマーニャの声が聞こえた気がした。

 

 

 

 

(……あ?)

 

 レンの意識が覚醒した。

 

『ハロ~、マイチャイルド! やっと意識が戻った!』

 

 明るい声と共に、白衣を着たマーニャが現れた。

 

「僕は……?」

 

 レンは、白い部屋の中で仰向けに倒れていた。

 天井も、壁も床も、真っ白だった。

 

『改造手術を行いました』

 

「……改造?」

 

 レンの顔が曇る。

 

『修復するだけだと退屈だから、現状のマテリアルで可能な改変を行いました。マイナーチェンジというやつね』

 

「え……っと? どうなったんでしょう?」

 

 レンは、上体を起こして自分の体を見回した。

 

(……腕が治ってる)

 

 両腕には傷一つ無い。方々の筋が断裂し、骨折をしていたはずだが……。

 腕だけでなく、体から痛みが消えていた。

 

『君の体に、複数種の特殊アビリティ……スキルという呼称なのよね? そういうのが追加されていたので、君用に最適化しておいたわ』

 

「あの……マーニャさんは、ゾーンダルクの神なんですか?」

 

 まともには答えてくれないだろうと思いつつ訊ねてみた。

 

『かみ? ちょっと、訳が変だわ? かみって何なの?』

 

 逆に、マーニャが訊き返してくる。

 

「ゾーンダルクを創造した……存在?」

 

『違うわよ? ちゃんとした訳になるかどうか不安だけど……私はただの思念体よ。そういうのをかみとは呼ばないんじゃない?』

 

 マーニャが首を傾げる。

 

「え……っと?」

 

 レンは困惑顔で口を噤んだ。

 

『君達の文明は、思念宇宙を知覚してる?』

 

「思念宇宙?」

 

 レンの知らない用語だった。

 

『う~ん、まあ……いいわ。同一次元、同一宇宙に別の法則の宇宙が存在する……そう考えてみて』

 

「パラレルなんとかってやつですか?」

 

『君の世界からは観測できないと思うけど……まあ、別の宇宙から来たと思ってくれればいいわ。深く理解する必要なんかないでしょ?』

 

 マーニャが肩を竦めてみせる。

 

「じゃあ……マーニャさんは、宇宙人?」

 

『私は、思念宇宙から渡って来た思念体よ。そう言ったわよね? 君達の概念では、人類にならないんじゃない?』

 

「……なんだか、僕には難しいみたいです」

 

 レンは溜息を吐いた。ここに、ケイン達が居てくれたら良かったのだが……。

 

『ついでに説明しておくと、ゾーンダルクというのは、特異な残留思念群の総称よ。君が見ている物質世界は、ゾーンダルクが生み出した造作物だからね』

 

「残留思念……」

 

『たぶん、分かってないわよね?』

 

 マーニャが、レンの顔を覗き込む。

 

「はい……僕には難しいです」

 

 レンは素直に言った。

 

『まあ良いわ。それより、いつになったら、私の施設に来るの? いつまで待たせるつもり?』

 

「場所が分からないんです。どこにあるんですか?」

 

『だから、ゾーンダルクだって言ったじゃない』

 

「ゾーンダルクのどこですか? 広過ぎて……何か目印なんかはありませんか? せめて、浮遊島か、陸地か……海の中とか。おおよその位置を教えてください」

 

 当てもなく、広大な世界を彷徨い歩くわけにはいかない。

 

『ああ、そっか。君達の文明は……時間と距離が問題になるんだったわ。失念してた』

 

 マーニャが難しい顔で考え込んでしまった。

 

「……僕が行ける場所なんですよね?」

 

 不安になってくる。

 

『ごめんなさい。不可能だったわ』

 

 マーニャが首を振った。

 

「えっ!?」

 

『ちょっと待ってね。これじゃ、私が嘘を吐いたことになるじゃない。いつ来ても良いように、ちゃんと換装用のマテリアルを用意して待っていたのよ? 本当なんだからね? 無理難題を言ったつもりはないのよ?』

 

「そうなると……僕は……この体は、あとどのくらいなんでしょう?」

 

『待って! ちょっと次善策を考えるから!』

 

 マーニャが腕組みをして顔を俯けた。そのまま、ぶつぶつと呟きながら唸り始める。

 

『そうね。もしかしたら……』

 

 しばらくして、マーニャが顔を上げてレンを見つめた。

 

『ゾーンダルクが作ったプログラムを利用しましょう』

 

「……え?」

 

 マーニャがふわりと舞って顔の前に来ると、レンの額に手を伸ばした。

 

『うん、空きはいっぱいあるわ。そうよ! 施設ごと転移融合させればいいのよ!』

 

「あの……?」

 

『君に引っ越すわ!』

 

 マーニャがレンを指さして宣言した。

 

 

 

 

 

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レンは、マーニャに救助された!

 

マーニャが、レンに引っ越すらしい!

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