第69話 白銀
「とりあえず、接合因子を埋め込むわ。大丈夫だとは思うけど、容量がオーバーしたら壊れちゃうから覚悟してね」
そう言って、マーニャが消えた。
待つこと、30分……。
何の前触れも無く、レンは眩い白光に包まれた。
(これ、マーニャが?)
『転移です』
補助脳のメッセージが表示された。
直後、荒れ果てたアスファルトの上に投げ出されていた。
(ここは……)
『試練の空間です』
「あっ?」
思わず声が出た。
目の前に、大トカゲの集団が居た。身の丈が2メートルを超える二足歩行のトカゲ達が頭を傾け、表情の分からない顔でレンを見つめている。
元の試練空間に戻されたらしい。
『探知範囲内に、82体います』
大トカゲの頭上に番号が振られていく。
(……武器が無いんだけど)
錆びた鉄筋も、消防斧も失われている。腰に9ミリ自動拳銃はあったが、9ミリ拳銃弾で斃せるモンスターではない。
そっと溜息を吐いたレンの前で、大トカゲ達が牙の並んだ口を開けて威嚇を始めた。大トカゲ達も、いきなり現れたレンに虚をつかれたらしく、警戒して様子を見ている。
『フェザーコートの残量が回復していません。再充填時刻まで72分です』
(パワーヒット無しで、こいつらとやれって?)
血の気を失った顔で、レンは眼だけを動かして武器に使えそうな物を探した。
しかし、石など拾って投げたところで意味は無い。握って殴ればパワーヒットが発動する。フェザーコートが無い状態では、また腕がボロボロに破砕してしまう。
(……どうしよう)
"フェザーコート"が回復する時刻まで逃げ回ることが最良に思えるが、レンの視界に表示された
『"マーニャ"によるスキル改変が行われました』
(……なんだって?)
補助脳のメッセージに、"マーニャ"の名が出たことに驚いた。
『"エナジーサック"の吸収対象が、魔力からナノマテリアルに変更されました』
(はい?)
視界に表示されたメッセージに気を取られた瞬間、正面に迫ってきた大トカゲが牙を剥いて咬みついてきた。
危うく回避して、大トカゲの側面を抜ける。
間を置かずに襲って来た長い尾を跳んで避けつつ、レンは肩に吊っていた銃剣を抜いた。
『"覚醒スキル"発動時における精神障害が無効化されました』
(精神障害……)
リスクを伴うスキルだったらしい。
顔をしかめながら、レンは姿勢を低くして斜め前へ踏み込んだ。その肩口を別の大トカゲの大顎が掠めて過ぎる。
『"回避スキル"による回避率の上昇効果が、物理攻撃と魔力攻撃の両方に適用されます』
(……回避率って?)
『"機人化スキル"発動時における機甲侵食が無効化されました』
名称からして危険な感じのするスキルだったが、機甲というものに浸食されるスキルだったらしい。
『"アクロバット"による空中姿勢制御能力が、無重力下でも効果を発揮するようになりました』
(……無重力)
『"インファイト"による近接戦闘時に、攻撃威力だけでなく身体強度も向上します』
補助脳のメッセージが、次々に表示されていく。
(これ、全部マーニャが変えてくれたの?)
『面白くないから改変したと、メッセージが残されています』
(……とにかく、助かった)
メッセージの通りなら、レンにとって良い方向に改変してくれたようだ。
レンは、横殴りに襲って来た大トカゲの尾を手の平で払いながら跳んだ。ほぼ同時に咬みついてきた大トカゲの鼻面を銃剣の先で突きながら空中で姿勢を整え、離れた瓦礫の山にふわりと着地する。
(こんな動き……できたのか)
自分がやってのけた回避行動に、レン自身が驚いていた。
(でも、攻撃できないのは変わらないか)
"フェザーコート"が無い状態で殴り合いは危険過ぎる。
相手が一匹だけなら、片腕を失う覚悟で"パワーヒット"を使っても良いのだが……。
(マーニャさん、どこ行った?)
接合因子がどうこう言って消えたまま、いつまで経っても戻ってこない。
大トカゲに追われながら、レンは
"ブユ"を巻き込んでの乱戦を巻き起こすつもりだった。
その時、補助脳のメッセージが視界下部に浮かんで点滅した。
『探知範囲内に、"ポータルゲート"が出現しました』
(……えっ?)
一瞬、動きを止めかけ、レンは慌てて仰け反った。鼻先を不可視のエネルギー弾が奔り抜ける。"ブユ"による砲撃だった。
(そこ、さっきまで居た場所じゃないか!)
レンは目を剥いた。
補助脳が表示している俯瞰図に、"ポータルゲート"を表す ◎印が点灯していた。
あろうことか、つい先ほどまでレンが立っていた場所だ。
思わず振り返った先に、黄金色に輝く光の柱が聳え立っているのが見える。
(……変な所に飛ばされないだろうな)
一抹の不安を抱きつつ、レンは"ブユ"と大トカゲを引き連れて走り出した。
ユキほどではないが、レンはかなりの俊足だ。
次々に飛来する不可視の砲撃を視線も向けずに回避し、大トカゲと"ブユ"を引き離すと、荒れ果てた廃墟を駆け抜けて崩れたビルの裏手へ回り込んだ。
そこに、黄金色の光柱が聳えていた。
(ナメクジは?)
ポータルは、ナメクジのようなモンスターが護っているはずだ。
『存在しません』
(姿を消してるだけじゃない?)
『存在しません』
(……本当に?)
レンは、追ってくる大トカゲを肩越しに振り返ってから、周囲へ視線を配った。
(どうしよう?)
思い付く選択肢は2つだ。
・フェザーコートの回復を待って、モンスターと戦い続ける。
・罠かもしれないが、目の前のポータルゲートに飛び込んでみる。
(モンスターと戦っても、帰れるわけじゃない。入ってみるしかないか)
試練の達成条件が分からず、ひたすら廃墟でモンスターと戦い続けるだけだ。ポータルゲートが罠だったとして、即死するようなものだろうか?
(ナメクジがいないのは……あの死告騎士を斃したことでゲートが開いたから? あれがポータルを開くモンスターだった?)
可能性としては一番高い気がする。
(なんか、ポイントも多かったし……でも、表示はガーディアンじゃなかったんだよな)
レンは、"ブユ"の砲弾を避けながら、聳え立つ黄金色の光柱の周囲を回った。
(うっ!?)
嫌な感じを覚えて、レンは近くにあった崩落した壁に身を寄せた。
『"ゴイサギ"が出現します』
補助脳のメッセージと共に、行く手に影が落ちた。
(まさか……この鳥がガーディアン!?)
レンは、目の前に聳え立った黒い巨鳥を見上げた。
『ポータルゲートは起動しています』
(えっ?)
『すでに、使用可能な状態です』
(……あ)
レンは、黄金色に輝くポータルゲートへ目を向けた。
(行くしかない!)
レンは全力で走った。
"ゴイサギ"は出現して数秒は動かない。
レンは、節くれ立った巨鳥の脚の横を駆け抜けると、ポータルゲートめがけて頭から飛び込んだ。
ゴンッ……
そんな音が鳴った気がした。
「ぐっ……」
レンは顔を押さえて崩れ落ちた。
目には見えない硬質な壁に、勢いよく顔面からぶつかっていた。
******
"オープナー"の称号を確認しました!
ポータルゲートの利用が可能になります!
******
涙で歪むレンの視界に、黄金色に輝く文字が浮かんでいた。
(くっ!)
レンは、両腕で顔を庇いながら、改めてポータルゲートめがけて飛んだ。
今度は、あっさりと抜けて光の中へ入ることができた。咄嗟に振り返った視界いっぱいに巨大な嘴が迫っていたが、不可視の壁にぶつかって弾かれたようだった。
『転移です』
補助脳のメッセージと共に、周囲が光に包まれた。
(うぅ……鼻が痛い)
光の中で、レンは顔を押さえて蹲っていた。
その時、
ゴ~ン……
ゴ~ン……
ゴ~ン……
聞き覚えのある鐘の音が響き始めた。
『島主レンよ。よくぞ、"試練"を成し遂げた!』
野太い男の声が聞こえてきた。
『汝の奮闘を称え、第九号島に大いなる祝福を与えよう!』
(……終わった?)
どうやら、"試練"のイベントが終了したらしい。
垂れてくる鼻血を手で拭いながら、レンは声の主を探して視線を巡らせた。
(まだ、アイテムボックスが使えないのか)
ティッシュを取り出して鼻に詰めたいのだが……。
『第九号島の位階は<白銀> となった!』
男の声が響く。
(白銀?)
今までの<黒鉄> から上がったらしいが、何段階くらい上がったのだろう? 他の位階にはどんなものがあるのだろうか?
***
・第九号島は<白銀> に格上げされる。
・第九号島の<領空> が拡張される。
・第九号島に<防空隊> が配置される。
・第九号島に<島主の館> が設置される。
・第九号島に<商業ギルド> が開設される。
・第九号島に<ポータルゲート> が設置される。
・第九号島の創作メニューに<泉> が追加される。
・第九号島の創作メニューに<農地> が追加される。
・第九号島の創作メニューに<港> が追加される。
・第九号島の創作メニューに<居留地> が追加される。
・報奨物資として、<資源インゴット> が与えられる。
***
レンの視界を、銀色の文字が埋め尽くした。
======
レンは、"試練"を生き延びた!
第九号島が<白銀> にアップグレードした!
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