第65話 試練の日々
どこまで行っても、荒廃した市街地だった。
無数の高層ビルが倒壊し、わずかに残ったビルも傷みが酷く、乾いた赤砂に埋もれている。地上に草木は無かったが、ビルの地下には苔や茸が生えていた。
鉄道駅は無く、バスの停留所なども見かけない。倒壊した建物には看板や表札などがあったが、読み取れそうな文字は残っていなかった。
(文字が消してある?)
根拠は無いが、そんな気がした。
試練が開始されてから2日経っている。
レンは、モンスターとの遭遇を避けつつ、荒廃した都市を慎重に探索していた。
"使徒ちゃん"のイベント時と同様、警察署で銃を入手することはできなかったが、消防署では斧が手に入った。
(ここに、人は住めないな)
道路が陥没した場所から水が流れ出していたから少し口に含んだだけで"悪疫抗体"が発動した。
大トカゲと双頭の犬の肉を食べた時も"悪疫抗体"が発動した。
(悪疫抗体のおかげで、水と食べ物には困らないけど……)
毒性は防げても寄生虫はどうだろう?
できれば焼くなり煮るなりして口に入れたいところだ。
『"ゴイサギ"が出現します』
補助脳のメッセージが表示された。
一カ所に留まれる時間が短い。のんびり焚き火など熾している時間は無かった。
(方向と距離)
レンは、瓦礫の陰へ身を入れて息を殺した。
-98.3m
視界に測距値が表示される。同時に、<<< マークが点滅して、出現方向を教えてくれる。
(……同じやつ?)
消防署で手に入れた斧を握りながら、レンは補助脳が表示する観測値を見つめた。
『別個体です』
初日に出現した"ゴイサギ"より一回り小さいようだ。
(あの鳥を斃せってことかな?)
"試練"のゴールが分からない。モンスターの討伐なのだろうと思っていたが、それが"ゴイサギ"だという確信は持てなかった。
"使徒ちゃん"のイベントは、"死"が終了条件だったが……。
(でも……あの鳥が特殊なのは確かなんだよな)
巨鳥以外のモンスターは突然現れたりせず、廃墟のあちらこちらに生息している。
二足歩行の大トカゲと双頭の大型犬、びっくりするくらい大きな
どのモンスターも、"フェザーコート"を減らしながらの戦いになったが"パワーヒット"の打撃で斃すことができた。
(スキル頼りだなぁ)
もしも、スキルが使えずに9ミリ自動拳銃だけで戦っていたら、大トカゲの群れに喰われていただろう。
補助脳によると、"パワーヒット"と"フェザーコート"だけでなく、"インファイト"によって近接戦時の判断能力と反応速度が上がっているそうだ。
他に"ハルシネイト"と"エナジーサック"というスキルを覚えているはずだが、今のところ発動していないらしい。
(新しく覚えた"覚醒" "回避" "機人化"というのは……まだ分からない?)
『情報体の深層を解析中です』
補助脳のメッセージが視界に浮かぶ。
(勝手に発動している気配は?)
『変化は見られません』
(……そうか)
他のスキルと同じように、発動させるために何か条件があるのだろう。
"パワーヒット"は、物や素手で対象を叩く時に発動する。
"フェザーコート"や"悪疫抗体"は、肉体がダメージを負う時に。
"アクロバット"は、宙返りなどをした際に感覚の乱れを防ぎ、空中での姿勢を整えてくれる。
(ハルシネイトは……何だろう?)
キララとマイマイは、相手に幻覚を見せるスキルだろうと言っていたが……。
確かめたくても、スキルの発動条件が分からない。
(エナジーサックは、そのまんま? 相手のエネルギーを吸う?)
"キメラリーチγ"というモンスターを斃して手に入れたスキルだが、あのモンスターと戦った時に、何かを吸われたような記憶はなかった。
-161.4m
"ゴイサギ"が離れていく。何か餌を見つけたのだろう。
『大型の昆虫を捕食しています』
(やっぱり……あの鳥を討伐することが試練かな?)
『不明です』
短くメッセージが浮かんで消える。
(……この廃墟の探索はどのくらいできた?)
『探索面積は、8平方キロメートルです』
(先は長いなぁ)
レンは溜息を吐いた。
(みんな、どうしてるかな?)
廃墟にはレン一人が連れて来られたが、他のみんなはどうなったのだろう?
もう、第九号島に戻されたのだろうか?
それとも、まだ宝札の空間に閉じ込められているのか?
『"ゴイサギ"の反応が消失しました』
(また消えた?)
レンは、周囲に視線を巡らせた。
あの巨大な鳥は、どこからともなく出現し、そして音も無く消えていく。
初日の夜、"ゴイサギ"が空気に溶けるようにして霞んで消えるところを目撃していた。
(移動しよう)
物陰に隠れていても試練は終わらない。とにかく行動しないと試練から抜け出すことはできないだろう。
『マテリアルの更新により、探知精度が向上しています』
(鳥の出現は探知できなかったけどな)
『"ゴイサギ"の出現波長は解析済みです。出現前に探知可能です』
視界中央に、補助脳のメッセージが強調表示される。
(……頼むよ。まだ、あの鳥とは戦いたくない)
一方的にやられるとは思わないし、もしかしたら何かの勝機を見つけられるかもしれない。ただ、かなり分の悪い賭けになるのは間違いなかった。
レンは、逃げ込める建物や瓦礫の位置を意識しながら歩き始めた。
ほぼ同時に、視界内に表示されている光点がいくつか反応して近寄ってくる。
(遅いから……
レンは周囲を見回し、右前方にある斜めに傾いたビルを見つめた。
『ビル内に、低体温の生物が多数います』
(向こうは?)
左手に半壊した競技場のような施設がある。
『大型の個体が存在します』
(……じゃあ、あっちは?)
斜め後方に、道路に大きな穴が開いて地下に入れるようになっていた。
『毒素が充満しています。スキル"悪疫抗体"で無害化できない可能性があります』
補助脳のメッセージを見て、レンは溜息を吐いた。
(近づいてくる奴で、一番小さいのは?)
『大きさ順に番号を付与します』
メッセージと共に、接近してくる光点に番号が振られた。
(なんか、変わった動きだな)
消防斧を肩に担ぎながら、レンは<1> の光点に向かった。
戦うのなら、一対一の状況を作らないといけない。囲まれると危険度が増してしまう。
身を屈めて走り、崩れた家屋の壁裏から一瞬だけ左目を覗かせる。
その一瞬で、補助脳が対象の形状を把握し、各種観測値を表示していく。
(ハエ?)
『ブユという種類です』
(ハエの仲間?)
飛んで来るのは、体長1メートルほどの昆虫だったが……。
(まあ……固くはないよな)
-41.3m
『攻撃対象 <1> の内部で、エネルギーが収束しています』
(えっ!?)
いきなりの情報に、レンは息を呑んだ。
(エネルギーって……)
ビィーーー……
頭の中で警報が鳴り響いた。
『ロックオン、アラート!』
警報音と共に、視界に真っ赤な文字が躍った。
直後、レンは壁裏を離れて、後方の瓦礫の山へ走っていた。
ドンッ!
腹腔に響く衝撃音が背後に聞こえたが、レンは振り返らずに走った。
『ロックオン、アラート!』
再び、警報音と警告メッセージが視界に跳ねる。
『攻撃対象 <2> が速度を上げて接近中』
(今度は……ハチ?)
全力で逃げるレンの斜め右から、黄色と黒の縞模様をした虫が飛んで来る。
『"ミツバチ"という種類です』
(ミツバチって、人を襲わないんじゃ?)
『ロックオン、アラート!』
(くっ……)
レンは、瓦礫の裏へ頭から飛び込んだ。
ドンッ!
50センチほど離れた地面が爆ぜて、砕けた石片を飛び散らせる。
"ブユ"のモンスターは、爆発する何かを放っているらしい。
(う……わっ!)
レンは、地面に伏せた姿勢から、そのまま横へ転がった。
防護服のどこかを硬い何かが擦って過ぎる。視界の隅を、"ミツバチ"が高速で飛び去っていった。
なかなか、嫌な連携だ。
ビィーーー……
『ロックオン、アラート!』
頭の中で鳴り響く警報を聞きながら、レンは前方へ飛んで転がった。
半身に体を起こしながら、手にした斧を振り上げる。
肩口を何かが掠めて過ぎた。
ドンッ!
ほぼ真後ろで爆音が鳴って地面が爆ぜる。
(……よし!)
振り上げたレンの斧が、襲ってきた"ミツバチ"を捉えていた。"パワーヒット"の効果で、斧刃が"ミツバチ"の腹部から頭部まで引き裂いている。
(一対一なら……)
ビィーーー……
『ロックオン、アラート!』
警報と同時に、レンは外壁だけになったビルの中へ飛び込んだ。
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レンは、"ミツバチ"を討伐した!
"ブユ"が、何かを撃ってくる!
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