第64話 試練の空間
コンクリートの高層ビルが倒壊した中を、大きなトカゲが走っている。
数は、19匹。
体高は3メートルほどだろう。ワニのような姿をした大トカゲが、後脚で立ち上がり2足で走って追いかけてくる。
『会敵まで21秒』
(この空間で……スキルは発動するのか?)
"使徒ちゃん"のイベントで与えられたスキルが使えなければ、腰の9ミリ自動拳銃と銃剣で戦うしかなくなる。
(……やってみるしかない)
何を辿って来るのか、どこに隠れても正確に追い詰めてくる。
崩れたビルが散乱した中を、トカゲ達は迷いなく追って来ていた。
『対象の測定が完了しました』
補助脳のメッセージと共に、レンの視界に追ってくるトカゲの姿が描画された。
(……2足で走るワニか)
レンが知っている地球のワニとは違い、背には大きな扇状のようなヒレがあり、後ろ脚が太く長く、全身は大人の手の平ほどの鱗がびっしりと覆っている。
相変わらず、訳が分からない生き物がいる世界だった。
『こちらを中心に包囲を開始しました』
(やっぱり、こっちの居場所が分かるのか)
いったい、どうやって探知しているのだろう?
レンは、倒壊せずに残っていたビルの2階に潜んでいる。そのビルの壁を中心にして、大トカゲ達が散開して包囲を始めていた。
レンの視界には、透過表示された瓦礫の山と大トカゲを示す赤い熱源が表示されている。大トカゲそれぞれに、<1> ~ <19> まで番号が振られ、番号の下には小さく距離が表示してあった。
(まず、パワーヒットが発動するつもりで、一撃……)
レンは、瓦礫の間で拾った錆びた鉄筋を肩に担ぐようにして振りかぶった。
本当なら、槍のような長柄の武器で突く方が良い。棒で殴りかかるより回避され難いし、長柄なら相手の反撃を受けない。
ただ、刺突という行為では、"パワーヒット"のスキルが発動しない。スキルの名称通り、叩くという行為が必須だった。
『未知の音波を探知しました』
(音波?)
『解析します』
大トカゲ達は、音波を使ってレンを追跡していたのだろうか。
ジャリ……
散らばっていた石片が擦れる音がして、身を低くした大きなトカゲが開かれた戸口から覗き込んだ。
瞬間、レンは真っ直ぐに駆け寄って鉄筋を振り下ろした。
しっかりとした手応えがあり、レンは腕に跳ね返るだろう痛みを覚悟した。
ドシィッ……
重たい水袋を叩いたような感触を残し、赤さびに覆われた鉄筋が、大きなトカゲの頭を粉砕していた。
『フェザーコートが発動しました』
(……スキルが発動した)
レンはほっと安堵の息を吐いた。"パワーヒット"の効果で、大トカゲの頭部は打撃点を中心に爆ぜ散っている。そして、鉄筋を握っていた手首や腕の損傷を防ぐために"フェザーコート"が発動した。
(スキルが使えるなら、何とかなるかも)
レンは、部屋から飛び出し、ビル内の廊下を駆け抜けた。すぐ近くまで来ていた大トカゲが重たい足音を立てながら追ってくる。
広い廊下だったが、大きなトカゲにとっては身を屈めなければいけない。
ビルの中で戦えば、数の不利は消える。
『外壁を4体が登ってきます』
(階段が狭かったのかな)
補助脳のおかげで孤独感が薄らぐ。
(中に侵入したトカゲは……4匹?)
『外壁に4、1階に2、2階に3、ビル外周に9』
(……?)
追ってくる大トカゲを肩越しに振り返ると、立ち止まって天井ギリギリまで上体を起こしていた。
(……なんか)
危険を感じ、レンは廊下沿いの部屋へ飛び込んだ。
直後、大トカゲの口から炎が噴射された。
(火? 口から?)
軽く混乱を覚えつつ、レンは床を転がって吹き込む炎を回避した。そういう生き物だと認識するしかない。
『外壁側、窓から来ます』
(窓……)
振り返ったレンの背中側にある窓を打ち破って、大トカゲが飛び込んできた。
(こいつら、探知が正確過ぎる)
咄嗟の動きで、錆びた鉄筋を野球のバットのように振り回すと、大トカゲの鼻面に命中し、軽い手応えを残してトカゲの頭部が粉々になった。
『フェザーコートが発動しました』
(……まずいな)
補助脳のおかげで、"フェザーコート"の回復は損耗率に関わらず、一定期間で
"パワーヒット"を使うと、防護のために発動してしまうから、"フェザーコート"だけを温存することができない。
『外壁側、2体上がってきます』
(廊下のやつも来た)
レンは、窓から離れて廊下側の戸口に向かった。
ゆっくり考える時間は無かった。とにかく、やれるところまでやってみるしかない。
そう覚悟を決めて、レンは錆びた鉄筋を手に廊下へ飛び出した。
ちょうど部屋を覗き込もうと姿勢を低くしていた大トカゲの頭部を一撃で粉砕し、背を登って尾の側へ降りると廊下を走って階段を目指した。
(上の階に、トカゲは?)
透過図には、トカゲの反応が見当たらないが……。
『外壁を登っている個体が、2階と3階の間に達しています』
外を登って上の階から追い込もうとする個体が居たらしい。この世界のトカゲには、それだけの知能があるということだろう。
(この試練……死んだらどうなるんだろう?)
"使徒ちゃん"のイベントでは、死ぬことでイベントが終了した。
(この試練も?)
大トカゲに殺されれば試練から解放されるのだろうか?
ちらと、そんな考えが脳裏を過ったが……。
(本当に死んでしまうかもしれない)
試してみる気にはなれなかった。
歪んだエレベーターの扉を横目に見ながら、非常階段を上階めざして駆け上がると、補助脳が表示するビルの透過図を確認する。
(中に来ていたやつが外へ出た?)
ビルに侵入していた大トカゲ達が、外へ向けて移動していた。
『外壁の個体が降下を開始しました』
(どういうこと?)
外壁を登っていた大トカゲが、ビルに入らずに降りているらしい。
『不明です』
(まだ、諦めるような状況じゃないよな?)
ビル内で3匹斃しただけだ。それだけで、残る16匹が戦意を失ったとは思えなかった。
『目視による確認を提案します』
(……やってみる)
補助脳の探知範囲外を確認するためには肉眼で目視をするしかない。
レンは3階まで上がり、部屋の一つに入って窓際へ走った。
(えっ!?)
窓から外を覗こうとして、レンは慌てて姿勢を低くした。
ほぼ同時に、窓が塞がって部屋が暗くなる。
(今の……)
『探知範囲内に、大型の個体が出現しました』
視界中央に、補助脳のメッセージが浮かんだ。
(目玉だったよな?)
窓枠の下へ身を入れながら、レンは補助脳の観測を待った。
レンの見間違えでなければ、巨大な何かがビルの3階にある窓を外から覗き込んだことになる。
補助脳の測定値が、視界の右側に並び始めた。
(……鳥?)
レンの頬が引き攣った。
補助脳が描画した新たなモンスターは、見覚えのある形状をした鳥の姿をしていた。
『全長47メートル、翼開長122メートルです』
(色は、黒かった)
レンが知っている巨鳥は紅色だった。今、ビルの外にいる巨鳥は、艶のある黒色だ。
『大型の高濃度ナノマテリアルを保有しています』
補助脳のメッセージが浮かぶ。
(いや……こんな棒じゃ斃せないから)
レンは握っている錆びた鉄筋を見た。確かに、"パワーヒット"で補正された打撃は強力だ。しかし、幼い紅鳥は 7.62×51mm 小銃弾を羽毛で弾いたのである。
(あれより大きな鳥に、ちょっと強いだけの打撃なんか効かないよ)
実験機の
『黒鳥が移動します』
補助脳がメッセージと共に周辺図を表示し、黒鳥を光点で表した。
-111.2m
ビルからの距離を見て、レンは窓枠の下から静かに顔を覗かせた。
(……山だ)
真っ黒な羽根に覆われた巨大な山が、ひょいひょいと身軽な足取りで移動していた。
(……鶴かな?)
『五位鷺に似た外見です』
(ごいさぎ?)
レンの知らない鳥の名称だった。
倒壊したビル群の間を歩き回り、時折身を追って地面に嘴を近づけている。
『先ほどのトカゲを捕食しています』
(ああ……そういうこと)
-172.9m
レンより大トカゲの方が食べ応えがあるだろう。
(あの鳥、探知できなかった?)
『出現するまで探知できませんでした』
(転移かな?)
『出現時に、エネルギーの変動は観測できませんでした』
(そうか……他にも居るかもしれないな)
この世界には、そういう生き物がいる。補助脳の探知を過信すれば死ぬことになる。
レンは小さく息を吐いた。
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取得済みのスキルが発動した!
巨大な五位鷺が出現した!
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